第一章‧要塞の中に(В Твердині) 後半

 天笠紀序の視界(точка зору Норіцуня)


 安全ゾーンの尉官たちは、進化者が集団的に他の生存者を襲うと聞いた後、まだ情報を調査していて、すぐに部隊を派遣しないけど、安全の為に民兵を動員して、木を伐らせたり、道路防塞を作らせたり、強固な防衛努力をする。

 あいにく僕も民兵の一員だから、今日はまる六時間働いて、家に戻った時疲れて死にたいほどだった。

 「紀序くん、私は病院で色んな重要な情報を得たわ。」

 スヴィタ姉の嬉しそうな様子を見ると、彼女は橋本さんから何か贅沢品を買ったと思った。

 「先ずはお風呂に入って良く休みな、後で討論しましょう。」

 「はい、情報でもっときつい仕事が増えないことを望むけど。」

 「ところで、どうして服にそんなに木屑と葉が付いてるの?山へ巡邏に行った?」

 私は小刻みに手を振り、スヴィタ姉に答える。「これはきつい仕事なんだ。来るかもしれない侵略者を防衛するために、僕たちは木でそれぞれの防塞を作ってた。お風呂に行くよ、足も手も凝って折れるようだ。」


 お風呂から上がった後、スヴィタ姉は一杯のソーダ水をくれた。普通のソーダなのに、今は眠気覚ましと元気付けの効能がある。

 「ソーダは人類の偉い発明品だ!日本の工場が速くソーダの生産を再開してほしいと感じずにはいられない!」

 「実はね、ソーダは自分で作れるよ。ベーキングソーダ、砂糖、ジュースがあればできるもの。」とスヴィタ姉が笑いながら答えた。

 今は九月の初秋で、夜になっても蒸し暑いけど、スヴィタ姉は家での着こなしは自由過ぎると思う。彼女がホットパンツにキャミソールを着ると、盛りの谷間が僕をどきどきさせる。

 「スヴィタ姉、平山は何を伝えたの?」

 「先ず、彼女は確かにウイルスに感染した進化者の一員だ。私の思った通り、特殊能力は五感強化だ。変なところは、彼女がゾンビに咬まれたことはないと言っていたことだ。なぜ感染したかわからない。」

 「それなら、医者は何言った?」

 「もう聞いたよね。ゾンビの咬み方からみれば、彼女は咬傷あったなら、傷跡が残るはずだけど、見つからなかった。でも、傷がうまく癒えた可能性も除外できない。」

 「五感強化か、この世界で生き延びたいなら、敵の動きが見切れるのは、確かに実用的な能力だね。」

 「そうだけど、今まで平山はどこまで能力を生かしたのか、誰も知らないわ。」

僕は時々進化者が羨ましいが、ウイルスは不確定な部分が結構あるから、命賭けて英雄になる機会を取るのは引き合うと言えない。

だが、スヴィタ姉はウイルスをエデンの園の知識の実と思う。彼女の観点からすれば、ウイルスは災いの元とはいえ、人類を斬新で未知の領域にも進めさせた。

 「スヴィタ姉、もし政府がもっと進化者を見つければいいね。抗ウイルス薬のキーポイントは、進化者の体で発見できるはずだ。」

 「なぜそう思う?」

 「ある民族出身の人は、特定の疫病に対して免疫力が一層強いと言ってた。例えば、鎌状赤血球を持つアフリカ人がたくさんいる。それでマラリア原虫は彼らの血液で生殖しにくい。進化者たちもウイルスの分裂を抑え、症状を和らげる遺伝子を持つかもしれない。」

 「そうね、賢い子だもの。私が教えたことをよく覚えているね。」とスヴィタ姉は僕の頭を撫でる。気分がいいけど、少し恥ずかしいとも感じる。

悲しいことには、この時、逝った家族を思い出した。

 偶々両親と兄と喧嘩したことがあるけど、仲は悪くない。もし大疫病が発生する前、家族ともっとしゃべったり、家事の手伝いをしたりすればよかったのに…と後悔してやまない。今、私の母も兄も亡くなって、父と他の親類は行方不明。自分と家族の繋ぎが切れて初めて、思考できる人間としてこの世に生きるのは孤独だと気付いた。

 幸い、スヴィタ姉は私を可愛がって世話してくれているので、生存を諦めることまでは至らない。

 僕はスヴィタ姉との関係は姉弟のようだと言っても、彼女の家庭についてよくわからない。彼女の父は生物学者、母は医者で、裕福な家庭のお嬢様らしい。でも、彼女はあまり自分の過去を語らない。

 逃亡していた時、僕たちはスヴィタ姉の冷静さと非情さで、災難から乗り越えた。しかし、僕は時々怖さと感じていた。彼女の両親は自分の娘にそんなに強い意志力を持たせるなんて、一体どんな教育の方法を使ったの?

 「明日、あなたたちは防衛の工事をやりつづける?」

 「はい、工事は明後日に終わる予定だ。どうかしたか?」

 「そうか、時間があれば、橋本さんのところに行ってくれる?注文したいものあるから。」

 スヴィタ姉は封筒をあけた。「封筒には買い物リストがある。直接渡していいわ。」

 概して言えば、彼女は買い物リストを封筒に入れることは、二つの原因しかないーー欲しいものが多すぎる、或いは何かの「禁制品」を買いたい。

 「転ばぬ先の杖」という諺の通り、誰にも安全ゾーンの中は絶対に安全だと断言できない。自分への必要な物資を構えて当たり前だから、何も質問しなかった。


 次の日、僕たちは二時間働いた後、三人の自衛官――沢城三尉、加藤一尉、あと能登三佐は工事現場を視察に来た。

 「自衛官たちが来たか。進化者が組んだ強盗団はどのぐらいの怖さなの?」と僕は独り言を言う時、工事の責務を負う桜井一曹に呼ばれた。

 「天笠、ちょっとこっちに来て、上官たちは用事があるよ。」

 なんだか不安感を抱いて、まさか彼たちは僕とスヴィタ姉が「禁制品」を裏で取引をしているってもうわかった?

 「紀序くん、私たちに二日の前あなたが巡邏に行った時の状況を説明してくれる?」加藤中尉が微笑んでいるけど、僕は緊張感を抑えられない。

 僕はスヴィタ姉と巡邏した後、明瞭な報告を書いたのに、なぜ自衛官たちは疑問がある?

 三人の自衛官は私を検問所に連れていて、わざと他の民兵を遠ざける。

 「二日の前に、竹島さんと哨戒任務に行っていて、二体の刃鎌と奴らに追われた平山さんに遭ったでしょう。」

 「はい、金網柵を出てから十分ぐらい、敵を発見しました。」

 「もっと詳しく話してもらえますか?大切なのは、平山さんはどうのように怪物と戦っていたことだ。」

 能登三佐は勤勉で真面目な四十代の男だ。彼が平山さんの特殊能力を追究したいことは、意外的ではない。

 「僕たちは連絡道路を歩いていた時、平山さんは突然森から現れました。彼女は二体の刃鎌の攻撃を避けて、軍用ナイフで反撃しました。彼女は何回も敵を切った上に、敵に傷つけられなかったです。」

 「刃鎌は最後まで平山さんを傷つけられませんか?」

 「厳密に言えば……彼女は服が破りましたけど、肌に擦り傷しかありません。病院の診断書にもそう載っているはずです。」

 怪物に引っかいて服が破って平山の様子と思い出すと、ちょっと顔が赤くなってしまった。彼女の体はスヴィタ姉ほど豊満じゃないが、いいスタイルを持っている。殊にくびれた腰は忘れられないきれいだった。

 「彼女は戦闘の技が良いですか?」

 「僕は武術に優れていないけど、プロとアマを区別できます……平山さんは反応が早くてすばしこいとはいえ、武術のレベルは恐らく初心者だけです。」

 「あ~あの子は進化者だとしても長い時間で訓練しなけりゃならないから、即戦力になれない。」と言った沢城さんは二十五歳の三尉だ。彼女は美人だけど、民兵を指導する時はかなり厳しい。彼女がいなかったら、みんなは自衛隊と警察の死傷者が多い状況で安全ゾーンを防禦できなかった。

 「あの…平山さんは退院した後、沢城さんたちはすぐ彼女を訓練して特殊作戦群に参加させますか?」

 「できれば、彼女にここに留まってもらいたいですね。もう一人の進化者がいれば、一層安全になる。」

 「でも、平山さんは仲間を心配しているので、私たちはできるだけ生存者を助けたほうがいいです。」

 「天笠くんも知っているでしょう。私たちは救援の任務を行えます。ただ、派遣の人数と死傷の可能性について考えないといけません。」

 一尉が決まり文句を並べていないと分かった。毎回の軍事任務で彼たちは重い責任を負う。それでも少し腹立たしい、人命の救援は一刻も待てないことだから。

「私たちを信じてください。自衛隊はなるべく多くの人民の命を守ります。」

 能登三佐は部下を率いて数え切れない戦闘で勝ってきた。したがって、疑うなんて悪いと感じた。暫く彼を信用するほかがない。

 「それはそうと、竹島さんと一緒にあの子を世話してほしいです。彼女は独りで逃げてここに来たから、危惧と寂しさを抱いているに決まっています。よかったら、彼女を安全ゾーンの見学に連れて行ってください。」

 加藤一尉は相変わらず優しくて、若者を見守る。

 「はい、僕とスヴィタ姉は平山さんを付き合います。友達ができれば嬉しいですね。」と笑顔で加藤一尉に答えた。


 仕事が終わり、買い物リストも橋本兄貴に渡した後、僕は湖の岸に来て、静かに湖と山を観ている。

 「一体何のために生きてゆくのか?」僕は毎週自分にそう問い掛けている。何十年の後、世界は改めて幸せで美しくなるかもしれないけど、あの世界と会えるか?僕はずっとゾンビと怪物の列に入って、みんなに忘却される犠牲者になるということを恐れている。

 でも、そうはいっても、もしこの世界の凄惨さが変わらないなら、いくら長生きできても、苦しい目に遭うしかないだろう?

 「おい、その黒い湖の岸に、若いコザックが立っている……」

 澄んで少し哀しげな歌声が僕の耳に響いて、僕は音源に目を向けた。その輝かしい金髪は毎日見ているけど、風で揺れ動くと、幻影ほどの美しさを僕に感じさせる。

 僕はスヴィタ姉の歌を中断したくなくて、このウクライナの民謡を聞き続ける。

 「少女が歌っていて、ウクライナのコザックは深思している。おい、おい、おい、隼よ!山、森、谷を飛び越える!ベル、ベル、ベル響いて、私の草原の雲雀!」

 歌が終わったとたんに、スヴィタ姉は僕へ向ってくる。とっくに僕に気付いていたようだ。

 「スヴィタ姉も湖岸を散歩に来た?」

 「実は、あなたを捜しに来た。安全ゾーンに定住してから、午後は常に湖岸に来ていろんなことを思考している。でしょう?」

 「そうだね、スヴィタ姉も知ってるんだな。」

 「紀序くん、美景を見ると、心は平穏になるの?」

 「いえ、大疫病が起こって以来、平穏っていう言葉は蜃気楼のようだ。」僕は心苦しげに微笑んだ。「だけど、スヴィタ姉の歌声を聞く時、いつも治癒される感じがする。この歌はウクライナにポーランドの民謡『おい、隼よ!』。でも、スヴィタ姉は時折自分で新たな歌詞を作るね!」

 「そうね、湖岸で深く考える紀序くんを見て、歌であなたのことを描いた。」


 初めて彼女の「おい、隼よ!」を聞いたのは、学校の美術と音楽ビルの屋上にいた時だと覚えている。私はウクライナ語が分からなくても感動的に聞いていた。でも、あれは何年前の出来事?

 災いが起きた前の出来事は前世の記憶のようだが、こんなに鮮明に…

 「でも、僕はコッサク人じゃないよ!」

 「前の言った通り、コッサクの意味は『自由人』だから、私たちがいつでも理想を抱いて自由を求めるなら、コッサクにもなれる。」

 「死者と怪物が人世を塞いでも、僕たちはあきらめてはいけないでしょう!」

 「今は長い夜だ。しかし、夜明けの世界は斬新な顔をする。」とスヴィタ姉は私を抱いて頭を撫でている。「紀序くん、私はきっとあなたを新世界まで連れていて見せてあげる。」

 僕は彼女の懐に潜り込んで甘えている。多くの悲しみと痛みがあったが、彼女はいつも僕に暖かく接する。

 「紀序くん、ちょっと頼み事があるよ。」とスヴィタ姉は囁いた。

 「スヴィタ姉の話なら、何でも従う。」

 「平山さんに進化者の暴力団に抗える力を与えるために、武器を贈ろうと思う。もちろん、銃器と弾薬がほしいなら、闇市からしかない。」

 私は不安で疑う顔でスヴィタ姉を見て、詳しい説明を待っている。平山さんは可哀想だが、スヴィタ姉の行動は大変な結果をもたらす可能性もある。

 「気づいたか…安全ゾーンの自衛官たちは積極的にもっと生存者を助けるつもりはない。というか、助ける余裕はない。」

 「スヴィタ姉、今日、私は加藤一尉たちを聞いた。『救援任務は行える。だが、考える時間が必要だ。信じてください、自衛隊はできる限りに人々の命を守るから。』って言っていた。ちょっと待ってもいいね?」

 「本当に自衛官たちを信用しているの?彼たちの会議が終わるまで待てば、やくざはもう山梨県に着くかも。」

 「加藤一尉は嘘をつかないはず…」一尉より、スヴィタ姉のほうを信用すべきだと知っているが、二日も待てないかな?

 「火が自分を焼く前に、城壁の外で消さないと。これは私が平山さんを助けたい理由だ。もし幾つかの銃器に何十枚の弾で、ここの安全をきちんと守れるなら、お得な取引じゃない?」

 「でも、僕たちは逮捕されて前線に送られる恐れもある。その時、千体以上のゾンビと怪物は僕たちを迎えて全然安全じゃない……」

 「私たちが逃亡していた時、ずっとあなたを守っていた。私の能力も疑うのか?」とスヴィタ姉は腕を組んで不満で冷たい目つきで僕を見る。

 「すみません。そういう意味はない。」

 「ならば、私の話に従って。もう武器の販売者を見つけた。明日、商品を取ってきて、頼む。」

 「はい……」

 「橋本兄貴に連絡した。彼はあなたを取引場所に連れていって、場所は私たちの『住所二号』だ。相手が交換したいものなら、食べ物と薬だ。」

 「はい、じゃ、夜に準備しておく。」

 「取引の細目は、後で紀序くんの携帯に入力する。」

 「すみませんが、また質問が…」と私は勇気をもって聞いてみる。

 「何か?言い訳を探して任務を逃れないほうがいいわ。」

 「たとえ武器を買って平山さんに渡すのは問題なくても、彼女がどうやって安全ゾーンを離れるの?」

 平山さんはもうウイルスに感染したので、容易に政府に開放されるわけがない。政府は彼女の病況が悪化すれば、ウイルスが伝播することを予防すべき。その上、彼女をゾンビと怪物に対抗する兵士として使いたい。

 「安心して…私たちは平山さんを手伝って乗り物を見つけたら、彼女は必ず長野に戻る方法があるわよ。たぶん自分の逃亡道路を覚えているから。」

 この計画には未知のリスクが沢山あるけど、スヴィタ姉がもう決定したので、いやいやながらこの任務を受けた。

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