事件にはねえ、ならなかったんですよ。被害者のおうちが⚪︎⚪︎さん家と揉めたくねえっつってね。ひでえ話しでしょ。でもこれ地獄みてえに閉塞的な田舎の話なんで、マジです。うちん家は……おかんはもうめちゃくちゃ怒りまくってました。うちの氏子にそんな犯罪者がいるなんて知らなかった、絶対に逮捕させて法の裁きを受けさすべきだ、ってあいつのお母さんの手を取ってね、泣きながらね。でもあいつのお母さんは首を横に振るんです。これ以上息子に恥をかかせたくないって。恥だなんて。


 ⚪︎⚪︎さんの親もうちに来ましたよ。そんでおかんとばばちゃにぺこぺこ頭下げてね。どうにかならないでしょうかって、どうにもなんね、なるわけねっておかんはまたキレてた。その下げる頭あの子の親に下げたのかって怒鳴るおかんに、⚪︎⚪︎さんの父親も母親も黙っちゃって、俺はおとんとその様子を黙って見てました。台所から。そんで「へぇ駄目ど、ありゃ」っておとんが言いました。「駄目ど、ウチの手には負えね」って。どういう意味だか良く分からなかったけど、その時俺は、宗教じゃ駄目なんだなって思ったんですよ。人間の心の拠り所にはなれるかもしれないけど、実際にこういう……取り返しのつかない事態になった時に、神社なんてあまりに無力です。おばけが見えたって無駄なんです。だから俺、その日のうちに両親に言いました。県外の高校に進学して、大学もできるだけそういう勉強ができるとこに行きたいって。市岡を末代にしちゃってごめんねって。


 おねえさん、水割りもういっぱいください!


 ああ皆さん真顔ですねぇ。でもここまで話したんだから最後まで喋らせてくださいね。高校、大学と志望校に進学した俺はその後きちんと資格を取って弁護士になりました。最初に勤めた事務所はなんていうか……家庭環境に恵まれない子どもについての案件を主に扱う主義のとこで、ほんとに勉強になりました。何よりね、ああいう事務所にいると、まあ見えるんですわ。何っておばけですよ、決まってるでしょう。無念を抱えた女の人や子どもたち……みんなが俺を見るんです。俺に「見られてる」って気付いてからは尚更、救いを求めるような悲しい目でね。俺にはなんにもできないのに。できなかった。その時は。付いてた先生に「あいつは悪人だから絶対檻にぶち込みましょう」って発破かけるぐらいしか。先生、あ、あなたも知ってますよね、梅宮先生、有名でしょ、本もいっぱい出してるし。あなたが務めてる大学でも先生をやってる。


 梅宮先生がいなきゃ、俺たち知り合えなかったんですよねぇ。いやあ、持つべきは恩師ですわ、ほんと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る