27. 少女は迷宮に挑戦する
「ハァアアア!」
気合の入ったプリシラの叫びが迷宮内に響き、彼女が放った拳がゴブリンの頭を吹き飛ばした。
断末魔の叫びすら上げられずに、緑色の血を噴き出しながら、ゴブリンは絶命する。
「ふぅ、──っ!?」
ヒュンッ、と風を切り裂く音がした。
気を抜いたプリシラの脳天目掛けて、正確無慈悲な矢が飛来する。
それに気づいたプリシラは咄嗟に身を捻るけれど、反応するのが遅かったため、すでに矢は目前まで迫っていた。
別の場所で戦いながら戦況を見ていた私は、左手に持っていたナイフを投擲した。それは飛来した弓矢に当たり、プリシラに当たるギリギリでどちらも地に落ちる。
すぐさま矢が飛来してきた場所を辿る。
岩の影から二射目を放とうとしているゴブリンが見えた。
「させない……」
弾かれるように駆け出した私は、一瞬で敵に肉薄。
勢いを殺さぬままナイフを振り抜き、ゴブリンが咄嗟に防御した弓ごと、奴の頭を真っ二つに切り裂いた。
「迷宮では気を抜かない」
「申し訳ありません!」
注意するように言ったら、めちゃくちゃ勢いよく頭を下げて謝られた。
「いや、次から気をつけてくれればいい。私でも助けられない時はあるから」
「……はい…………」
眉を下げ、見るからにしょんぼりしているプリシラ。
そんなに反省されると、逆にこっちが気まずいな。
「それに、今は魔法を封印しているから、本気を出せないのも仕方ない。本気のプリシラなら、こんな奴ら相手にならない。そうでしょう?」
「ご主人様……はいっ! もちろんです!」
最初に迷宮に潜った時、まずはプリシラの実力を見せてもらった。
はっきり言って、プリシラは強すぎた。
正確に言うなら、彼女が得意とする『空間魔法』が強すぎた。戦いの様子を見ていた私はそれを見つめながら、プリシラを怒らせないようにしようと心に決めたくらいだ。
彼女の空間魔法は、その名前の通り空間を操る魔法だ。
その中で一番危険だったのは、『空間湾曲』という技。
それはプリシラの目にある視界全てを自由に捻じ曲げるというもので、彼女の前に立ったが最後、空間と共に体を曲げられ、抵抗する術もなく絶命する。
空間湾曲は他の用途にも使えて、魔法や投擲武器を叩き落とすことはもちろん、空間を振動させて地割れを起こしたり、水がある場所では津波を起こしたりと、『天変地異』をいとも容易く実現させてしまう。しかも空間同士を捻じ曲げ重ねることで、視界内限定の転移も可能にしてしまう。
つまり、視界に広がる全てが、プリシラの独壇場となる。
……いや、本当に何この力? と私が呆れたのは当然の反応だろう。
でも空間湾曲にも弱点はある。
それは消費魔力の量だ。
まだ完全な状態ではないとしても、戦い始めて僅か一分でプリシラは魔力が枯渇した。
これでは連戦に使えない。
いくら強くても一分というのは短すぎる。
そのため、プリシラには魔法を封印という形で、戦闘訓練を始めた。
魔法に頼らない戦い方をしてほしいし、いざという時に体の身のこなしを覚えておいて損はない。それに体力が上がれば魔力保持量も上がる。今のプリシラには最適だ。
彼女だけにやらせるのは悪いので、私も自分の能力を使わないようにしていた。
傀儡に索敵をさせ、魔物が集まっている狩場で効率良く稼いでいるけど、戦闘で使っているのは持参したナイフ数本のみだ。
ずっと動き回っていたおかげか、一度目の半分くらいは動けるようになった。
それに加えて油断できない状況が続くので、集中力が上がる。
たまには『縛り』というのも悪くないかもしれない。ただし迷宮でのみの話だ。
「……そろそろ休もうか」
迷宮の通路の端に寄って、糸で安全地帯を作る。
この中なら魔物が襲ってきてもすぐに対処できるので、安全だ。
「ほら、プリシラもおいで」
なかなか入ってこないプリシラに、手招きして許可を出す。
「お、お邪魔します……」
慎重に入ってくるプリシラを見て、私は苦笑した。
「そんなに慎重にならなくていいよ。これ、見た目よりも頑丈だからさ」
「いえ! ご主人様のスキルを疑っている訳ではなく、本当に私が入っていいのか遠慮してしまって…………」
「いいんだよ。私が許可しているんだから、堂々と入ればいいの。わかった?」
「はい。……やっぱり、ご主人様は優しいです」
「そうかな?」
「ええ、そうです」
お母さんにも、アメリアにも、同じことを言われた。
でも私は、私のことをそう思わない。
人の醜さと残虐さを知っている。人は自分のためなら平気で他人を陥れる。そして自分の至福のため、人を不幸に陥れる。そういう奴らを見てきたから、私は他人に対して優しくなることはできないと思っている。
アメリアやシャドウの皆は、私の大切な仲間だ。
プリシラは換えの効かないただ一人の従者で、理解者だ。
だから優しくしているだけで、誰にも優しくするわけではない。
「それでも、私は嬉しいです」
「……物好きな従者だなぁ」
「こんな私に優しくしてくれるご主人様こそ、物好きです」
「ははっ、違いないや」
戦闘時のような緊迫した雰囲気はなく、ただゆったりとした時間が過ぎていく。
小腹が空いたので、貯めてある干し肉を口に咥えながら、両手で糸を操ってぬいぐるみを作る。少しした休憩時間でも、繊細な作業を怠らない。
その間、プリシラは私の作業をじっと見ていた。
「…………見ていて面白いものじゃないでしょ」
「そんなことありません。次々と可愛らしいぬいぐるみが出来上がるのは、見ていて楽しいです。手先が器用なのは羨ましいです」
「そういうものかねぇ……」
魔族にとって52歳は、成人したばかりの人間と同じだ。
プリシラもまだ可愛い物には興味あるのかもしれない。
「それじゃあ、これあげる」
だから、一番出来の良い物を渡した。
可愛いクマちゃんのぬいぐるみだ。強化された糸で作っているので、きっと長持ちするだろう。多少は乱暴に扱っても問題ない。
「──いいのですか!?」
「うん。いつも頑張ってくれているから、私からのプレゼント。大切にしてね?」
「あ、ああっ、ありがとうございます! 家宝にします!」
「いやいや、そんなに貴重な物じゃないから」
「私にとっては貴重なんです!」
「お、おおぅ……」
グイッと近寄って力説してくるプリシラに、私はそんな反応しかできなかった。
彼女はずっとクマちゃんを抱きしめ、嬉しそうに微笑んでいる。
暇潰しに作った物だから、そこまでやられると恥ずかしいけれど、まあ……あんなに喜んでくれているのな、こちらも悪い気はしないかな。
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