21. 少女は訪ねる


 プリシラと二手に分かれた後、私はとある屋敷を訪ねていた。


 ……訪ねていた、は違うか。

 正しくは不法侵入?


 プリシラと二手に分かれた後、私はとある屋敷に不法侵入していた。


 ……やっぱり訪ねていた、にしよう。

 その方が怪しくない。


「まぁ、怪しさ満点ではあるけれどね」


 闇に紛れやすい真っ黒な服と、大量に隠し持っている暗器。これで怪しくないと言うのは、少々無理があるだろう。


「にしても、相変わらず手入れされていないね、ここは」


 屋敷はゴンドルの別荘だ。二階建てでそれなりに大きいけれど、どこか古びている。深夜とかに幽霊が徘徊していそうな場所だ。


 奴はこの屋敷の場所を巧妙に隠していて、奴の配下と『シャドウ』にしか場所を教えられていない。その配下とシャドウだろうと中に入るのは禁止されていて、元エースだった私も中に入るのは初めてだ。禁断の場所に足を踏み入れる感じがして、ちょっとなんか、こう……ワクワクする。



「──ってことで、時間ピッタリかな?」


 門を潜って庭に入ると、横の方から人の気配を感じた。

 私はそちらに視線を向けながら、軽く挨拶するように手を挙げた。


「ああ、時間通りだ……ったく、よりにもよってここかよ」


「何かあるとは思っていたけれど、本当にここにあるのかしら?」


 待ち合わせ場所に居たのは、バッカスとアメリアだ。

 アメリアは私の様子を見るために、バッカスは私の言葉が真実であるかどうかを確かめるために。二人して私の証明に付き合ってくれるみたいだ。


「何個か候補はあるけれど、一番可能性がありそうなのはここだよ」


 そう思ったのは、この屋敷がゴンドルの別荘だからという理由だけではない。


 奴が本館としている場所と、この屋敷は地下通路で繋がっている。……ちなみにこれはシャドウの誰も知らない。多分、奴の配下も知らないだろう。


 一度目で暇潰しに気配を隠しながら、ゴンドルの屋敷を適当に彷徨っていたら偶然、別荘に繋がる地下通路の扉を見つけたのだ。当時はバレたら家族を殺されると思って入るのを躊躇したけれど、もう私の家族は殺されているとわかっているのだから、もしもの時を躊躇う必要なんて無い。


 ──だからって、わざと見つかるようなこともしないけれど。


「おいノア。わかっていると思うが、お前の言っていることが嘘だとわかった瞬間、俺はお前を殺すからな」


 明確な殺気。

 バッカスは本気だ。


「怖いよアメリアぁ」


 わざとらしく泣き真似をしながら、アメリアに抱きつく。

 すると、彼女はノリに乗って私を受け入れてくれた。


「おー、よしよし。ちょっとバッカス。こんな小さな子を脅すなんて、大人としてどうなのかなと私は思うけれど?」


「うっせぇ。……アメリアだって不安がっている癖に、俺をおちょくっている余裕があるのかよ」


 私を抱きしめるアメリアの体は、微かに震えていた。


 ──この屋敷の中に家族が居るかもしれない。

 それは捕らわれている家族を助け出すような、感動的な再会ではない。


 家族はすでに死んで、魔法で永久保存されている。つまり、もう二度と家族と話せない事実を突きつけられる、最悪の再会となる。


 不安な気持ちでいっぱいになるのは、皆同じことだった。




「それじゃ、行こうか」


 錆び付いて固くなった扉を押し開き、私は先頭を切って中に入る。


 開けられた瞬間にアラームが鳴るような仕掛けはないし、ゴンドルの元に知らせが入るような仕掛けもない。そこは入念に調べたので、安心だ。


「うっわ、カビ臭っ……」


 一切手入れがされていないのか、中は誇りだらけで所々カビが生えていた。伯爵貴族ともあろうものが不衛生だ。まるで奴の体みたいに不衛生だ。


「気を付けろ、ノア。この屋敷、罠の数がエゲツない」


 後ろを歩くバッカスが、神妙に言葉を発する。


「あれ? 心配してくれているの?」


「そ、そうじゃない……! お前が呆気なく死んだら証拠も何も無いだろう。だから、最後まで死ぬんじゃねぇってことだよ!」


「「男のツンデレって、気持ち悪い」」


「うぉぃ! 二人して酷いな!?」


 三人で話しながらも、誰一人として油断は一切しない。


 バッカスの言う通り、この屋敷には罠が張り巡らされている。侵入者が私達でなければ、あっという間にあの世へと逝っていただろう。


 アメリアは魔法で周囲の反応を探ることができる。巧妙に隠されている罠だろうと、彼女ならば一瞬で見分けてしまうので、彼女がいる限り安心して進むことができる。


 バッカスは罠の組み立てはもちろん、解除も得意としている。私も罠の解除はある程度できるけれど、同じ技術を持っている二人でやった方が先に進む効率が良いし、何より安全だ。ツンデレだけど、そこだけは仲間として信頼している。


「ノアちゃん。五歩進んだ先に罠。目視では確認しづらいから注意して」


「……確認した。この程度なら簡単に解除できるけれど、」


 私は周囲をぐるりと見渡し、横にある何の関係もなさそうな罠から先に解除した。


「目の前の罠を先に解除したら、それを合図に罠が作動する罠だった。危ないね」


「大口を叩くだけあって、そこに気付くとは流石だな。……だが、相手も本気だな。警備目的じゃ普通はここまでしないぞ。ここにある罠はどれもこれも殺傷性がありすぎる」


「何とも、あの男らしいわね」


「だからこそ、わかりやすい。……これは一発目から当たりを引いたかもしれないね」


 気を抜けば死ぬ。それだだけでも脅威なのに、ここには動きを阻害する物や、わざと罠に誘導するような罠が仕掛けられている。


 注意深さだけ国内一なのが、ゴンドル・バグだ。この屋敷は奴の性格の全てが出ていると言っても過言ではない。



 ──それだけ、奴はこの奥を見られたくないということだ。



「油断せずに行こう。屋敷には誰も来ないから、時間はたっぷりある」


 二人はゆっくりと頷き、それぞれの役割に専念し始めた。

 言葉の通り油断せず、無限に続く罠の道を避け、時には解除しながら慎重に進む。




 ──屋敷に入って約三十分。

 私達の前には、見るからに怪しい扉が立ちはだかっていた。



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