少女は二度目の舞台で復讐を誓う

白波ハクア

第1章

0. 少女は復讐を誓う




 気持ち悪い。


 王族の上っ面だけの笑顔。

 ニヤニヤと下卑た目で見てくる貴族。

 正義を盾にした偽善者。

 人を値踏みするような視線。

 肉を斬る感触。

 降り注ぐ血の雨。



 ──全てが気持ち悪い。



 何度、私自身が嫌になったか。

 何度、そんな自分に吐き気を催したか。




「──だったらやめるか?」


 ある男が言った。

 そいつは豚のように肥太った伯爵貴族だった。


「やめても構わんぞ。その代わり、お前の家族がどうなるか……わかっているだろう?」



 私は、この男に脅されている。

 ここで逃げたら家族を殺される。


 だから、やるしかない。


 もう一度、あの幸せだった生活に戻るために…………。






        ◆◇◆






「なん、で……」


 極限まで擦り切れた声が、私の口から溢れた。


 視線の先。

 そこには見知った顔が四つ、首だけの状態でテーブルに並べられていた。



「なんで、とはおかしな話だな」


 座り込む私の横から、伯爵貴族の声がかけられる。


「お前が望んでいたのではないか。家族に会いたい、とな」



 その首たちは、私の家族のものだった。



「……お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」


 もちろん、返事はない。

 震える足を無理矢理動かして、家族だったものに近寄る。


「お父さん、お母さ──あぐっ!」


 バランスを崩した私は、前のめりに倒れてテーブルにぶつかった。




 ゴロン、と私の前に何かが転がる。




「おいおい、折角会えた家族なのだ。大切にしなければ可哀想だろう?」


 嘲笑うように男が言う。

 直視したくない現実を、無情にも突きつけられる。



「……ああ、あ、あぁああぁあっ!」


 なんでこんなことに。


 なんで、なんでなんでなんでどうして!


「ふんっ──死ね」


「ァああアああァ──ガッ! ……ァ?」


 胸に感じた鋭い痛み。


 じんわりと熱を帯びて、すぐさま許容できない激痛が全身を支配する。

 口内に鉄臭い液体がこみ上げてきて、上手く息ができない。


 そこでようやく、胸を刺されたのだと理解する。


「なんで……どう、して……!」


「ふむ、そうだな。ここまで頑張った褒美に教えてやろう。お前は邪魔になったのだ」



 それはとても単純で明解だった。



「最後だから教えてやるが、お前の家族は、もう十年前からこの状態だった」


「…………へ?」


「聞き分けのないガキだ。お前はこの十年、すでに死んでいる家族のために動いていたということだよ。ふっ、人質となった生首を脅しにかけた時の、お前の表情……笑いを我慢するのが大変だったのだぞ?」



 家族は、すでに死んでいた?

 じゃあ、私がずっと頑張ってきた意味は、必死に生きていた意味は……?



「よかったな。これで愛する家族の元に逝けるぞ」


 胸から凶器が乱暴に抜かれ、体の支えを失った私は、地面に倒れる。


 体から何かが抜けていく。

 意識を上手く保てない。



 ──ふと、薄れゆく視界に、お父さんの首が映った。



「……あ、あぁ……うぁ…………」


 限界を迎えた体を必死に動かして、手を伸ばす。

 首を掴んで、それを大切に抱きかかえる。


「……ごめ、ん、ね…………」


 もし人生をやり直せるなら。

 もし神様が最後にチャンスをくれるなら。





 ──殺してやる。





 皆殺しにしてやる。

 私の、私達の人生を狂わした奴らを、最も残酷な方法で──確実に殺す。



「うふっ、あはは──アハハ、ごふっ! ハハハッ!」


 血を吐き出しながら、私は高らかに嗤う。


「なっ!? まだ生きているのか!」


 憎き男が喚いている。

 その声を聞くだけで、私の中に燻る復讐心が、憎悪の炎を巻き起こす。


「あぁ、皆、殺してやる────」


 こうして私の、ノア・レイリアの生涯は幕を閉じた。


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