第14話

 家に帰った夏月は、自分よりも太一のことを知っている人を呼び出した。


「夏姉、来たよ」


 そう言って家に上がり込んできたのは、太一の妹である美帆。太一の変化を知るなら、身内である美帆から聞きだすのが最適だと思った。


「美帆ちゃん。今日はごめんね」

「大丈夫。私も夏姉に協力したいと思ってるから」


 玄関口で靴を脱いだ美帆は慣れたように階段を上っていき、夏月の部屋に入っていく。その後を追うように、夏月も自室へと入った。


「夏姉の部屋って久しぶり」

「そうだね。美帆ちゃんが小学生の時に来てくれたのが最後だっけ?」


 夏月が中学二年生の時。太一と美帆が夏月の誕生日を祝うために家に来てくれた。夏月にとって忘れられない誕生日だ。


「あっ、お兄ちゃんが夏姉にプレゼントしたクマのぬいぐるみ」


 美帆は枕元に置いてあったクマのぬいぐるみに手を伸ばすと、頭を撫でた。どこかクマのぬいぐるみも嬉しそうな表情をしているように見える。


「今でも私の大切な宝物なんだ」


 クマのぬいぐるみは、太一がくれた初めてのプレゼント。夏月にとってなくてはならない存在だ。


「それで、夏姉が聞きたいことって?」


 ベッドに腰を下ろした美帆は、足をばたつかせて夏月に視線を向ける。


「太一のことなんだけど」

「お兄ちゃん?」


 美帆に頷いた夏月は本題へと入る。


「最近の太一、何か変なんだよね。いつもの太一じゃないというか……」

「私も夏姉と一緒。特に彼女ができてからのお兄ちゃんは、何か変」


 美帆も同じことを思っていた。その事実にほっとする。


「美帆ちゃん知ってたんだね。太一に彼女ができたこと」

「うん。だって先週の金曜日。学校から帰ってきたお兄ちゃん、やけにニヤついてて。正直気持ち悪かったし、何か良いことがあったってすぐにわかった」


 美帆は少し寂しそうな表情で語るとゆっくりベッドに倒れ込み、話を続けた。


「でもお兄ちゃんがニヤつくのも少しわかるかも。紗雪さん、すごく美人だったし」


 美帆の発した言葉に夏月は違和感を覚えた。金曜日は柊と付き合っていたはずだ。それなのに美帆は今、たしかに紗雪と言った。


「名前……知ってるんだね」

「うん。昨日会った時に名前聞いたから」


 美帆はクマのぬいぐるみに手を伸ばすと、ギュッと抱きしめた。


「夏姉の匂いがする」


 太一と同様、昔から美帆ともよく遊んでいた夏月は、本当の妹のように美帆を可愛がっていた。一人っ子の夏月にとって、太一と美帆の関係は羨ましくもあった。


「他に変わったことってなかった?」


 美帆の頭をなでながら夏月は聞く。


「うーん。昨日、一昨日と続けてお弁当を残したってことかな。あとは……」


 言葉に詰まった美帆は突然起き上がると、頬を真っ赤に染めてクマのぬいぐるみに顔を埋めた。


「美帆ちゃん?」

「な、夏姉が知らなくていいことを思い出しちゃった」


 そう言われると、余計気になってしまう。


「教えて美帆ちゃん」

「……言いたくない」

「太一にとって大切なことかもしれないの」

「……大切?」


 美帆は顔を上げると夏月に視線を向けた。恥ずかしいのか、クマのぬいぐるみで半分顔を隠している。


「うん。太一を理解するために知りたいの。本当のことを」


 今のままでは太一が隠していることに気づけない。わかったこともあるけど、もし美帆の言いたくないことが太一の異変に関係しているのなら。夏月は美帆が口を開くまで問いつめるつもりだった。


「夏姉がそこまで言うなら」


 美帆は息を吐くと、夏月の目を見て話した。


「一昨日の夜。お兄ちゃんの部屋にお弁当箱を取りに行った時、お兄ちゃんが……エッチなサイトを見てたの」

「エッチなサイト……」

「うん。私に見せられないくらい、すごい内容だったって」


 そこまで告げた美帆は、また顔を赤く染めた。


「そう……だったんだ」

 夏月は美帆の言葉に疑問を抱く。妹のことを誰よりも思っている太一が、そんなことを言うとは思えなかった。


「お兄ちゃん、その日はすごく落ち込んでたから。だからエッチなサイトを見たのかなって。でも流石に変態なお兄ちゃんに呆れて。だから昨日のお弁当、から揚げ抜きにしたんだ」

「から揚げ抜きかー。太一、相当ショックだったかもしれないね」

「当然だよ。お兄ちゃん、デリカシーの欠片もないんだから」


 言い終えて気持ちが楽になったのか、美帆はクマのぬいぐるみを枕元に置いた。


「私も夏姉に聞きたいことがあったんだ」

「何かな?」

「夏姉はお兄ちゃんのことが好きなんだよね? だから今日、私を呼んでくれたんだよね?」


 確信をもって聞いてくる美帆に、夏月は何て答えるべきかわからなかった。

 美帆の言う通り、太一のことが好きだ。好きだからこそ、太一の変化が気になって仕方がなかった。紗雪との関係、太一の変化。家族ぐるみの付き合いをしていると言っても一緒に暮らしていないのだから、夏月が知ることができる情報にも限界がある。だからこそ美帆を呼んだ。


「太一のことは好きだよ……だって幼馴染だし。それに家族のような関係だと思ってるから、放っておくことなんて私にはできない」


 美帆の頭を撫でた夏月は、自分が発した言葉に後悔を覚えた。

 どうして美帆の前でも本当の気持ちを隠してしまうのだろう。幼馴染という言葉がこんなにも便利だなんて思わなかった。太一との幼馴染という関係をどうにかしたいのに、今の自分は幼馴染という言葉に縋っている。そんな自分が本当に情けなかった。


「そっか。でも私は、お兄ちゃんには夏姉が一番だと思ってるから」

「美帆ちゃん……」


 美帆は満面の笑みをみせていた。偽りのない笑顔。そんな笑顔に夏月は救われた気がした。


「それじゃ、もう帰るね。そろそろ夕食作らないといけないから」


 美帆はベッドから立ち上がると、大きく伸びた。


「今日はありがとう」


 玄関口で改めて美帆にお礼を言った。


「夏姉の力になれるなら、いつでも協力するから」


 そう言い残して美帆は隣にある自分の家へと戻っていった。美帆を見送った夏月は玄関のドアを閉め、自分の部屋へと戻った。

 美帆との会話で夏月はさらに確信する。

 太一はやはり何か隠している。身内である美帆にも言っていないことがあるみたいだ。隠しているということを考えると、太一の隠していることはかなり重要なことだと夏月は思った。

 それに太一は美帆の作ったお弁当を残している。いつもの太一なら、美帆のお弁当は残さずに食べているはず。から揚げを抜かされたからといって、可愛い妹の手料理を食べない性格ではない。

 美帆の教えてくれた太一の変化を考えると、やはり気になることが二つ浮かび上がってくる。

 一つは紗雪と付き合ったこと。そしてもう一つはゼロ型について。

 夏月はボンドについて、ある程度の知識を持っていると自負している。皆が言うように、父はボンドを見つけて世間に広めた張本人。色々と父からボンドについての話をされたことがあった。

 でも夏月自身、そこまでボンドに興味がなかった。だからボンドについての情報はうろ覚えで、幻のボンドとも言われているゼロ型の知識など、持っていないに等しかった。

 どうして太一がゼロ型なのか。そもそもゼロ型は本当に存在するのか。

 夏月は初めて自分から、ボンドについての質問を父にしようと決心した。

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