第10話
授業は何事もなく進み、お昼休みになった。太一は机の上に美帆が作ってくれたお弁当を広げる。きゅうりとにんじんが入ったポテトサラダ、豚肉の生姜焼き、真っ赤なプチトマト、焦げ目のない綺麗な黄色の玉子焼き。妹特製のお弁当は、いつも太一のお腹を満たしてくれる。だけど今日のお弁当には好物のから揚げが入っていなかった。
「あれ、から揚げ入ってないじゃん」
一緒に食べていた手塚が、太一のお弁当を見て言う。
「ちょっと喧嘩して。から揚げ抜きにされた」
「美帆ちゃんのから揚げは絶品なのにな。それでどうして喧嘩したんだ?」
手塚はコンビニで買ってきた焼きそばパンにかじりつきながら、太一に返答を促す。
「まあ、色々とあって」
「ふーん。詳しく聞かせてもらおうか」
手塚はそう言うと、太一のお弁当の玉子焼きを勝手に奪い取った。
「おい、俺の玉子焼き」
「いやー、美帆ちゃんの料理の腕上がったよな。最初は炭の味がしたり、卵の殻が入ってたりしてたけど」
手塚の言う通り、美帆の料理の腕は確かに向上していた。二年間、料理に洗濯、掃除と家事全般をこなしてきた賜物だろう。美帆の家事スキルはかなりのものになっている。
「俺、美帆ちゃんをお嫁さんにもらいたい」
「ふ、ふざけるなよ手塚。お前みたいに適当な奴に美帆は任せられない」
太一も美帆が作った玉子焼きを口にはこぶ。甘みのある味が太一の口に広がる。当時に比べて本当に成長したなと、兄として感慨深い気持ちを抱く。
「月岡君。ちょっと」
ポテトサラダに手をつけようとしていた太一は、声のする方に視線を向けた。
「森川……」
「一緒に来て」
そう言うと、紗雪はバッグを抱えたまま教室を出て行った。太一は朝の出来事を思い出す。
「手塚、俺行ってくるわ」
「おう、ちゃんと頑張ってこいよ」
何を頑張るのかわからなかった太一は、とりあえず手塚のエールに手を挙げて応える。そして紗雪の後を追った。教室を出た太一は既に歩き始めていた紗雪の元へ駆け寄る。
「ごめん。すっかり忘れてた」
「高野先生との約束も忘れてたんでしょ」
「あっ……」
紗雪の一言に太一は開いた口が塞がらなかった。
「そ、それより森川は何の用? 先生の所にもいかないといけないんだけど……」
「ついて来ればわかるわ」
淡々と語った紗雪は太一の一歩前を歩いて行く。太一は紗雪の後をついていくしかなかった。
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