第5話
「失礼します」
太一の声が静寂に包まれている職員室に響きわたる。部活の時間ということもあり、多くの先生達が席を外しているからなのかもしれない。人がいる気配を全く感じられなかった。
太一は職員室の入口から、離れた場所にある高野先生の席へと向かう。
高野先生は部活の顧問をやっていないのだろうか。普段から男勝りな態度で生徒に接してくる先生。運動部の顧問とかお似合いな気がする。
そんなどうでも良いことを考えていた太一の視界に高野先生が映る。高野先生はマグカップに口をつけつつ、束ねられた紙を眺めていた。
「先生」
「おっ来たな。月岡」
高野先生は笑みを見せると、隣の席の椅子に座るよう促してきた。太一は高野先生に軽く頭を下げてから、椅子に腰を下ろす。
「それで、話って何ですか?」
高野先生はマグカップを置くと、机に置かれた資料を太一に渡した。
「これって……」
「君のボンドについて。この情報は知ってるだろ?」
高野先生が渡してきたのは、ネット上で公開されている、ボンドについての情報をまとめたものだった。
「単刀直入に聞くけど、月岡。君はクラスメイトに自分のボンドを吹聴したのか?」
「まさか。そんなことしないですよ。第一、俺は今日学校に来るまで個別サイトにアクセスしてないですから」
「それじゃ、どうして情報が流出したか。聞いた話が本当なら、生徒に画像が送られてきたそうじゃないか」
高野先生は腕組みをして考え始めた。
「セキュリティが甘かったんじゃないですか?」
「学校側のセキュリティは万全のはずだ。外から攻撃を受けた形跡もない」
「それなら、学校内の人ってことになりますよね」
太一の返答に高野先生が頷く。でも、いったい誰が太一の情報をばらまいたのか。
「それも含めて、気になることがあるんだ」
「気になることですか?」
「ああ。君の情報だけが盗まれたことについてだ。もし情報を盗むのなら、大量に盗むのが普通だと思わないか?」
そう言われると、太一もそんな気がしてきた。どうして自分だけが狙われたのか。
「やはり、君のボンドが異常だったからか?」
「……俺もそう思います」
ゼロ型という今まで見つかっていないボンドが出た。この情報を何かしら悪用しようとした人がいたのかもしれない。
「だから公開はやめてほしいって言ったんだ」
「先生もボンド反対派ですか?」
「当然だ。ボンドによって、たしかに不倫や離婚と言った問題は減ったかもしれない。でも私は迷惑してるんだ。特に最近は友人からボンド見合いに誘われる日々が続いて。無駄な出費は増えるし、ボンド見合いで結婚する友人も出てきた。正直、頭痛い」
太一は高野先生の話を笑って聞き流すしかなかった。太一達学生にはわからない、大人の事情があるみたいだ。
「そういえば、月岡。彼女に振られたそうじゃないか」
「どうしてそれを……」
「私の情報網を舐めてもらっては困る。生徒の噂なんてすぐに耳に入る。学校という空間にいる限りな」
高野先生は太一に笑みをみせる。どんな情報でも持っているという姿勢だ。少し感情的になった太一は、高野先生に噛みつく。
「そういう先生は、彼氏つくんないんですか? もうすぐ三十路――」
高野先生の素早い腹パンが太一のお腹に入った。太一は前かがみになって、痛みを堪えるようにお腹を押さえる。
「女性の年齢を口にするとは、教育がなっていないようだな。親の顔が見てみたい」
「す、すぐに手を挙げる先生の親の顔も見てみたいですね」
「ほお。言ってくれるじゃないか。君にはあくまで教育の一環として手を出したまでだ」
あくまで、と再度口にした高野先生はマグカップを手に持つと、コーヒーを口に運んだ。
「まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく月岡は自分のボンドを皆に吹聴していない。誰かがデータを盗み出し、生徒に画像データを送ったってことか」
「……はい」
「とりあえず私の方で色々と調べてみる。君は暫く静観しておくように」
「どうしてですか。これは俺の問題です。俺だって――」
高野先生の鋭い睨みに、太一は途中で言葉に詰まった。
「君が動きたいのはわかる。だけど、今動いても嫌な気分になるだけだ。暫くは君の噂が校内中に広まる。それに耐えてくれ」
そう言い残した高野先生はマグカップを持って席を立つと、給湯室の方に向かって行った。どうやら話はお開きらしい。
太一は高野先生の言葉を胸にしまい、職員室を後にした。
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