六花のカラオケ
クラスは今日も平穏である。
俺はこんな平穏が大好きであった。だって、頭に変な機械をつけてテストを受けたりしない。死にそうになるような運動はしない。ぬるま湯みたいな生活が大好きだ。
クラスメイトの声が聞こえてくる。
「ねえ、山田テストどうだった?」
「マジ最悪……絶対赤点だぜ!」
「イバんなよ! てか俺の勝ちだぜ! 今日のカラオケおごれよ」
こんな風にテストで一喜一憂できるのはすごい事だと思う。
……俺もいつかクラスメイトと普通の会話をしてみたい。口下手な俺はその一歩が踏み出せないでいた。
勇気を出して話しかけても俺はいつも失言をしてしまう……。
子供だましみたいなテストだったけど、俺は高得点を取って目立つのが嫌だから適当半分埋めて、あとは空白で提出している。
だから俺の成績は平均点あたりだ。
特に取り柄もない人畜無害な生徒。
「よっ! 先生、テストどうだった? 君の事だからどうせ真面目に受けなかったんだろ?」
クラスの委員長の
友達がいない俺に話しかけてくる唯一のクラスメイト。
俺は話しかけてくる理由を知っている。
でも、俺にとって普通の学校生活を感じられるファクターになっていた。
さり気なく俺の肩に手を置く道場。
気さくで明るい道場は、クラスの誰からも好かれていた。そして、クラスの男子の大半は道場の距離感の近さに惑わされていた。
こいつ絶対俺の事気があるよっ、って言う言葉をよく耳にする。
「失敬な、俺は真面目に受けている。……努力が足りないだけだ」
「ははっ、絶対嘘でしょ。だって、君、絶対頭良いもん。あ〜、なんか隠す理由とかあるの? まいっか、ねえ、今度クラスのカラオケ行こうよ! いつも一人なんだからさ、たまにはいいでしょ!」
俺も他のクラスメイト同様、道場の距離感の近さに戸惑うことが多い。
以前、道場が昼休みに図書室で一人で勉強している時、俺は見るに見かねて勉強の口を出してしまった。
それ以降、俺が道場の勉強を教えるのが日課となっていた。
道場曰く『藤堂の教え方ってすごくわかりやすい!』との事だ。
実際、道場は学年トップレベルまで成績をあげた。今でも勉強会は続いている。
……まあ、昼休みに図書室に通う生徒は全然いないからみんな知らないけどな。
道場と一緒にいると明るくて楽しかった。
口下手な俺でも会話をしてくれる。それだけで好感を抱いてしまった。
「――善処する」
「ぷっ、善処って――おじさんじゃないんだからさ。あっ、そういえば花園さんと別れたんだっけ?」
「元々付き合ってない。というか、俺と彼女はただの幼馴染なだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
道場は意味深な笑顔を浮かべた。
「ふ〜ん、じゃあ……私が立候補しちゃおうかな〜。ねえ、カラオケさ……二人で行かない?」
「……いや、遠慮しておく」
道場は大切なクラスメイトだ。変な誤解をされても困るだろう。
「――え、遠慮しておくって。……ちょっとムカつくね。ねえ、二人っきりが嫌ならさ、今日のクラスメイトとカラオケ行く約束してるんだけどさ、君も来てね。来なかったらもう……話しかけないからね」
結局、俺は道場に強引に誘われてカラオケに行くことになった。
テスト明けにクラスメイトと行くカラオケ……ちょっとだけ、俺は楽しみであった。
今日は土曜日であったから、一度家に帰ってからカラオケボックスの前で集合となった。
俺はいつもよりもおしゃれをして集合場所に向かった。ウキウキである。
集合場所につくと、時間が早いのか、誰もいなかった。
俺は辺りを観察しながら待つことにした。
都心のカラオケ屋だけあって、行き交う人々は様々な格好をしていた。
なぜか俺の事をチラチラ見てくる人が多い。
まあ、俺も見ているからお互い様だな。
集合時間はとっくに過ぎていた。いつまで経っても道場が来ることはなかった。
二時間が過ぎた頃だろうか。一人でずっと待っているのはとても寂しい。
俺が時間を間違えたのか? 集合場所を間違えたのか? 不安になってくる。
――間違えるはずはない。俺は場所と時間を聞いたらすぐメモを取った。
「……帰るか」
帰ろうとした時、今まで道場から返信が来なかったスマホが鳴り響いた。
道場からの着信である。
「もしも――」
「ああ!! 藤堂!! あんた場所間違えてるよ!! きゃははっ! もうどうしようもないんだから。早く来なさいって、みんな待ってるよ!!」
電話が切られた。
……これは……騙されたのか? 俺が間違えたのか? ……なんにせよ今後、道場と円滑にクラスで過ごすためには行く必要がある。
俺は道場が指定した場所へと向かった。
カラオケ屋につくと、俺は指定されたボックスに入る――そこには知らない高校生の男女がいた。ガラが悪くてチャラそうである。道場やクラスメイトの影も形もない。
「ああん、なんだてめえ!! 部屋間違えるんじゃねえよ!」
「あっ、ちょっとまって、藤堂君じゃん! 丁度いいからジュース買ってきて!」
「なんだ、
「知り合いっていうか、バイト仲間? イケメンだけど常識ないから面白いよ。まあどうでもいいじゃん。ほら、ジュース、ジュース」
「ちっ、じゃあてめえ買ってこいや」
……色々言いたいこともあるが、俺は事を円滑に進める為にとりあえずジュースを買って来ることにした。
あそこにいたチャラいギャルの女の子は同じバイト先で勤めている田中波留だ。
俺はジュースを買って、田中の部屋の奴らに渡す。
「藤堂ありがと〜! またね!」
「ちっ、ありがとな。おい、金忘れてんぞ」
適当に別れを告げて、俺は道場がいるはずのボックスを探す事にした。
どのボックスを探しても道場はいなかった。
……せっかくクラスメイトと交流できると思ったのに。
俺は口下手で人付き合いが苦手だ。だからカラオケに誘われても、こんな自分が行っていいのか? と思い、断ってしまう事が多かった。
道場を通してならクラスメイトと喋れると思ったけど……きっともう帰ったのだろう。
――カラオケ……経験してみたかったな。
俺はトボトボと歩いて、カラオケ屋を出ると、そこにはクラスメイトの男女と道場の姿があった。
そして、俺を指差して笑っていた。
――なんだと?
「あいつ騙されてやんの。陰キャなんか誘うはずないのにな」
「ていうか、ほとんど話した事ないやつとカラオケなんか行くの?」
「良くもまあ二時間も待ってたね、大丈夫なの?」
「……あいつってあんな感じだっけ? な、なんか私服だとイメージが……」
「大丈夫よ、あいつ絶対私に惚れてるから……、ふふん」
小声だから聞こえてないと思っているのだろう。
俺は耳が良い。聞こえているよ。
――俺は……普通に同級生と行くカラオケに憧れていた。だから、本当は道場に誘われて嬉しかった。
なのに……俺は馬鹿にされただけだったのか?
俺の中でクラスメイトに……道場に抱いていた同級生としての好意が――
そうだ、リセットすればいい。なかった事にすれば心が傷まない。
俺は胸のうちで頷いた。
気持ちを切り替える。言葉通りの意味だ。
関係ない人間から受けた悪意は流せばいい。関係がある人間から受けた悪意は悲しいものだ。
勉強を一緒にして、成績が上がって喜んでいた道場の顔が思い浮かぶ。
とても魅力的で……可愛くて……。
俺の胸の奥が痛む。
――俺は今までの道場との関係をリセットした。
胸の奥の痛みは一瞬で消えて、俺はフラットな状態に戻った。
どや顔の道場が俺の前に出る。
「ははっ、ただの冗談だよ。ほら、みんなで次のカラオケ屋に行こうね! みんな君を試したかったんだよ。あっ、そうだ、みんなにも勉強教えてあげてほしいな。私の成績の秘密を話したら食いついてきてね――」
「そうそう、早く行こうぜ!」
「道場さんから聞いたぞ? 本当は頭良いんだってな!」
「カラオケしようぜ!」
こんな人を馬鹿にした親睦なんて必要ない。
「――俺は帰る。君は……同じクラスの道場さんだよね。俺は――あそこにいる田中に頼まれてジュースを買いに来ただけだ。誘ってくれて申し訳ない」
ちょうど良く店に出てきた田中を指差す。カラオケでストレス発散したのか、さっぱりとした顔であった。俺を見て手を振っている。
道場は唖然とした顔をした。
「え、ええ? な、なんで? 怒ってるの? た、ただの冗談だよ? ほら、先生、勉強教えてよ」
「すまない。俺はもう二度と君と関わらない」
「ちょ、ちょっと待ってよ!! 不器用な君のためにみんな集まってくれたんだよ! ねえ、空気読みなよ……」
空気を読む。現代高校生に必須な項目だ。どうやら俺の成績は最底辺らしいな。
「ああ、君らの都合を考えずに帰ってしまう俺が悪い……。大変申し訳ない。……それじゃ、道場さん」
「と、藤堂! ちょ、ちょっとまってよ!! あ、謝るからさ!!」
人は調子に乗ってしまうものだ。
仕方ない事である。まだ俺たちは高校生だ。たかが17年しか生きていない。
だから人を傷つける事に躊躇しない。それが本当に傷つけるとはわかっていないから。
謝るのだって、勉強を教えてもらいたいだけだろ?
ただの都合の良い男だろ?
だったらそんな関係は消してしまえばいい。
俺は道場の言葉を無視して、街に向かって歩き出した。
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