1-3 帰れない召喚獣

「それじゃあ自己紹介も済んだことですし、さっそく契約しましょう」


 リリアと名乗った少女はそう言うと、持っていたワンドを軽く振るう。すると、何もない空間から突然一枚の紙が出てきた。


「えーと、ではまず……」


「ちょっと待て」


「はい? 何ですか?」


 リリアは持っていた紙から目を離すと、日々也に向き直る。


「これ、どういう状況だ?」


「え、っと? どういうことですか?」


 何を言っているのか分からないといった様に小首を傾げながらリリアは訊ねた。だが、自分でも何が起こっているのかよく分かっていないのに一体何を聞けば知りたいことを教えて貰えるのか分からない。そこで日々也は少しずつ疑問を解消することにした。


「えっと……まず、ここはどこだ?」


「ここはハクミライト魔法学園の女子寮の私の部屋ですよ」


「は?」


 質問に答えてもらったはずなのに、日々也は余計訳が分からなくなった。聞いた事もない学校の名前を聞かされたのだから無理もない。しかも、魔法学園などと日常生活ではまず聞かないような単語が混ざっていた。冗談でも言われたのかと思ったが、そんな様子はない。頭を抱えて唸っている日々也を不思議そうにリリアは見ていたが、暫くすると日々也に声をかけた。


「えーっと、そろそろ契約に移ってもいいですか?」


「まっ、待った! どうして僕はここにいるんだ?」


「それは、私があなたを召喚したからですよ」


 リリアはさも当然そうに答えたが日々也の頭は余計こんがらがるだけだった。


「それにしても、不思議な召喚獣さんですね。まず身の回りの状況を確認するなんて。モンスターさんは生まれつき召喚についての知識を持ってるって授業で習いましたけど、あなたは違うんですか?」


「なっ!? 誰がモンスターだよ! どこからどう見ても人間だろ!」


「え? 私の召喚魔法で出てきたんですからあなたはモンスターさんなんでしょう?」


「だから! 人間だって言ってるだろ! っていうか、さっきから召喚だの契約だのって何なんだよ!?」


 モンスター扱いされ頭にきたのか、またイライラしだした日々也が語気を強くしだしたがリリアは相変わらずのほほんとしている。


「召喚は召喚ですよ? 他の世界にいるモンスターさんをこっちの世界に呼ぶんですよ。契約って言うのは、召喚したモンスターさん、つまり召喚獣さんと召喚者がお互いの利害が一致するようにする決めごとのことです」


「つまり、ここは異世界だって言いたいのか?」


「ヒビヤさんからすればそうなりますね」


 バカげている、と日々也は思った。異世界だの魔法だのがあるとは思えなかった。だが、リリアの言っていることが本当なら一応つじつまも合っている。


「それで、その契約の話なんですけどね」


 日々也からの質問が途絶えると、リリアはさっきからしようとしていた契約の話を持ち出してきた。


「実はもうすぐ召喚魔法の試験があってですね」


「試験?」


「はい。私今まで召喚魔法が成功したことが一度もなくて、一体も契約済みの召喚獣さんがいないんですが、その試験で上手く魔法が使えないと再試を受けなきゃならないんです。だから再試を回避する為にも、ヒビヤさんには是非とも私の召喚獣になってもらいたい。と、言うことなんですっ! お願いしますっ!」


 リリアは日々也にペコリと頭を下げた。その顔は真剣そのものだった。日々也は微笑むとリリアに言った。


「お断りします」


               そして、現在に至る


「大体、動機が不純すぎるだろ! 何だよ再試を回避したいって! たったそれだけの理由で召喚される相手の身にもなってみろ!」


「い、いえ! もちろん、第一目的は再試の回避ですけど、契約して頂けるんでしたらこれから生活していく上でも色々とお世話になることは多々あると思いますよ?」


 日々也に指摘されてリリアは慌てて弁解する。だが、何と言われようと答えを変えるつもりはなかった。


「ハァ……。まぁ、いい。とにかく僕を元の世界に戻せ」


「うぅ……やっぱり契約してくれないんですか?」


「当然だろ? 戻らないと明日香…僕の妹が心配するし、僕には僕の生活がある」


 てっきり契約してもらえるものとばかり思っていたのだろう。リリアは露骨に肩を落としていたが、グシグシと涙を拭うと魔法陣を指さしながら言った。


「う~………分かりました。それじゃあ魔法陣の真ん中に立ってください」


「ん~と、ここでいいのか?」


「はい。いいですよ」


 日々也が魔法陣の真ん中に立ったのを確認し、リリアはコホンと咳払いをして杖を両手で持つとその先端で魔法陣をコンコンと叩き、


「契約中止。我、この者が元の世界に帰することを望む」


「………」


「………あれ?」


 しばらく目を瞑ってジッとしていたリリアが唐突に首を傾げた。


「お、おい。どうしたんだよ?」


「え、え~と。ちょっと待ってください」


 そう言って何度かリリアは杖で魔法陣を叩いてみたが何かが起こる様子は無い。


「魔法陣が反応しない……と言うか、魔法陣とヒビヤさんとのリンクが切れてる……」


「え? あの、いまいち意味が分からないんだけど?」


 日々也がそう言うと、リリアは顔を引きつらせながら言いづらそうに言った。


「え~っとですね、簡単に言うと……その………元の世界に戻せません」


「なっ! 何いいぃぃぃぃっ!?」

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