第7話(2)
***
合コンは大学の前期の講義の受講登録などが落ち着いた、四月の中旬に開催されることになった。
名目上、幹事は篤志と星奈ということになっているけれど、店選びや女子側の人選は幸香がやってくれた。ずっと前川に片思いしていたとはいえ、合コンに呼ばれれば数合わせに参加していたらしく、なかなか慣れている感じだった。
「星奈ちゃん、久しぶり〜。ちょっと痩せた? でも、ちゃんと大学来てるみたいでよかった」
最後の講義が終わり、待ち合わせの駅に行くと、今日の合コンの女子メンバーが来ていた。幸香が呼んでくれたメンバー二人のうちひとりは顔見知りの優子で、星奈を見ると心配そうな顔をした。
「優子ちゃん、久しぶり。うん。気持ちも生活ぶりも立て直しまして、何とかやれてます」
この人にも心配してもらっていたなだなと思って、星奈はペコッと頭を下げた。それを見て、優子はようやくほっとした様子になる。
「よろしいよろしい。あ、この子は同じサークルの千鶴」
「どうもー。牧村さんは知らないかもだけど、実は去年の後期に同じ講義取ってるよ。イギリス文化史のやつ」
「千鶴の趣味は他学科の講義をこっそり聴講することなの。これも縁だから、マイナーな講義への潜入とか付き合ってあげてね」
「わかった。よろしく」
幸香がいろいろ考えて呼んでくれたメンバーなだけあって、優子も千鶴も気さくで付き合いやすそうな人たちだった。
合コンという不慣れな場でも、この人たちがいれば楽しめそうだと星奈は安堵した。
「もうひとり、今向かってると思うんだけど……」
「遅くなってすみませんでしたっ!」
夏目のことを説明しようとしていると、タイミングよく本人が駆けてきた。改札を出てすぐに星奈の姿を見つけたのだろう。手にはまだIC乗車券を握っていた。
「夏目ちゃん、こちらは優子ちゃんと千鶴ちゃん」
「どうも。夏目薫子です。わあ……女子大生だ」
呼吸を整えると、夏目は礼儀正しくお辞儀をした。それから、感激した様子で優子たちを見ている。
「何? そんなに女子大生が珍しい?」
「私、専門に通ってるんで、周りのみんなファッションが個性的というか何というか……だから、いい匂いがしそうな女子大生のお姉さんたちを見て嬉しくなっちゃってます」
「ちょっとー。男子を釣る前に可愛い子が釣れたよ。上々だね」
どうやら千鶴は夏目を気に入ったらしい。ニコニコして、今にも肩を組みそうな雰囲気だ。女子メンバーの相性はなかなかよさそうで、千鶴の言うように上々という感じだ。
「夏目ちゃんも、今日すっごく可愛いよ。気合い入ってるね」
「はい。可愛いって思われたいので……」
夏目は普段、アシメのショートカットにストリートファッションという、個性的な見た目をしている。でも今日は、ガーリーな服装に身を包んでいて、いつもより可愛い雰囲気に仕上がっている。そのことを星奈が耳打ちすると頬を染めるのも可愛らしい。
「じゃあ、行こうか。楽しもうね」
「おー!」
仲良く掛け声を上げて、星奈たちは待ち合わせの店へと向かった。
女子たちが和気あいあいとしているため、合コンは和やかな雰囲気の中で始められた。
男子から女子の順に自己紹介をして、最後にエイジが「見学者のエイジです」と自己紹介すると、その場はどっと沸いた。
「見学者がいる合コンとか初でウケるんだけど」
「でも、留学生が興味持ってくれるっていいね。グローバルだ。これが、ジャパニーズコンパだよ」
「いやいや、ゲイシャとかフジヤマみたいか教え方すんなって」
篤志が声をかけて連れてきた男子は、とにかくノリがいい松田と、何となくナルシストな雰囲気の坂本という二人だった。
ツッコミを入れつつイレギュラーな存在のエイジを受け入れてくれているあたり、いい人なのだろう。
「……夏目、何でこんなとこにいるんだよ」
「奇遇だね」
篤志に無理を言って連れてこられた様子の金子は不機嫌そうに夏目に小声で声をかけ、そこだけ不穏な雰囲気だ。
とはいえ、まずまずの滑り出しという感じだ。
それからは自己紹介を掘り下げて、趣味やサークルの話で盛り上がった。
松田は落語研究会に所属しているらしく、有名な落語のさわりの部分を披露してくれた。坂本は旅行バドミントンというサークルに入っているけれど、実際はただの飲みサークルなのだという実情を面白おかしく語った。篤志は趣味の話ではなく、なぜかお好み焼きについて熱弁を振るう。
意外はことに男女共に食いつきがよかったのは、金子のアウトドアな趣味の話だった。金子自身が心底楽しんでいるからか、ただキャンプ場でお湯を沸かしてインスタントコーヒーを飲むだけで楽しそうで、すごくおいしそうに聞こえた。
その話に便乗し、エイジも焚き火グリルで焼き鳥を焼いたことがあると話し、そこからバーベキューの話へと発展していった。
女子たちも趣味の話を掘り下げなければならないのかと星奈は少し嫌だったのだけれど、男子たちは火起こしスキルや好きな肉の話で盛り上がって、そういった話題が出ることはなかった。
「星奈ちゃん、大変だったね」
「え? ……ああ、うん」
優子たちがお手洗いに席を外した隙に、松田が星奈の隣に移動してきた。意味ありげに言われ、星奈は一瞬意味がわからなかった。でも、意味がわかっても、どう返答していいかわからない。
「五島くん、亡くなって二ヶ月だっけ? もう立ち直れた?」
「うん、まあ……」
「立ち直ってなきゃ、こんなとこ来ないか」
同じ大学というだけあって、どうやら松田は瑛一が亡くなったことを知っているらしい。そして、星奈が恋人だったということも。
松田の顔には笑みが浮かんでいて、口調も柔らかだ。
「俺は何とも思わないけどさ、彼氏が亡くなって二ヶ月で合コンとか来るのをよく思わない人も多いだろうから、もうやめといたほうがいいよ」
おそらく、責められているわけではないのだろう。
それでも、星奈は言い知れぬ居心地の悪さと気持ち悪さを感じていた。
「まだ若いしさ、寂しいのはわかるから……俺にしとかない?」
松田はそう耳元で囁いて、意味深に手を握ってきた。それがあまりに不快で、星奈は思わずその手を払いのけた。
「やめて!」
一瞬で、全身の血が沸騰するかのような心地がした。久しぶりに、怒りに心が支配されるのを感じた。
「ちょっとちょっとー。他の女子がいない間にお触りとか、引くんですけど」
「星奈ちゃん、こっちにきれいなおしぼりあるよ」
折よく、優子たちがお手洗いから戻ってきて、すぐに星奈のフォローしてくれた。星奈が声を上げたことで、それまで自分たちの話に夢中になっていた他のメンバーも、ようやく松田の行動に気づいたらしい。
金子を中心に坂本やエイジたちはせっかくキャンプの話で盛り上がっていたから、そこに水を差したようで申し訳ない。夏目も、自然な感じでその会話に参加できていたのに、完全にその和やかな空気を壊してしまった。
「そんな目で見んなって。俺はただ、彼氏が死んで二ヶ月しか経ってないのにこんなことに来るなんて寂しいんだろうと思って、慰めてやろうとしただけ」
自分に対して厳しい視線が注がれているのに気づいて、松田は笑ってごまかそうとした。でも、ジョークのつもりで口にした言葉が最悪だった。それを聞いて、戸惑い混じりだった場の空気が、一気に松田への怒りと軽蔑に染まる。
「二ヶ月“しか”って言うけどさ、星奈さんはいつまで落ち込んでたらいいわけ? 傷ついた人は、周囲の気が済むまで傷ついたまま落ち込んでなきゃいけないって言いたいの?」
篤志が、怒りを抑えた様子でそう言った。日頃はハキハキして明るい彼の声が低く凄みのあるものになっているのを聞いて、どれほど怒っているかわかる。
それだけで、星奈は十分に溜飲が下がった。それは周囲も同じだったらしい。
「時間もちょうどいいし、今夜はそろそろお開きにしようか。幹事の横山くんは責任とって、今夜のリベンジ会の企画をよろしくね!」
「任せといて! 頑張って男子側のグレード上げるんで」
千鶴が笑顔で篤志を小突いたことで、その場に笑いが生まれた。それに篤志も元気に応じるから、険悪な空気がかなり和らいだ。
「あの、帰るんなら駅まで送りますよ」
「じゃあ、よろしく。ささ、女の子たちは連絡先交換しとこうよ。で、今度飲もう」
金子が駅に行くよう促してくれたことで、スムーズに店を出ることができた。優子が女子たちの結束を強めようと言ってくれた言葉がありがたくて、星奈は会計を篤志に任せてあとを追った。
「さっきはごめんなさい。私のせいで空気が悪くなっちゃって……」
追いかけていって星奈が頭を下げると、優子と千鶴はあわててそれをやめさせた。
「謝んないでよ。空気を悪くしたのは、あの男だからね。星奈ちゃんは、怒ってよかったんだよ」
「そうそう、優子ちゃんの言う通り。傷ついてる女の子がいたらお持ち帰りできるかもって考え、キモすぎでしょ」
「てか、そうでなくても盛り上がってる話の腰を折るとか、あいつちょいちょいウザかったからね。千鶴と二人でトイレに行ったときに、『あいつウザいからもう帰ろっか』って話てたんだよ」
優子と千鶴は言葉を尽くして、気にするなと言ってくれている。それがわかって、星奈の気持ちはずいぶんと軽くなった。幸香が考えてくれた人選なだけあって、二人ともいい子だ。そのことに星奈は救われる。
「私ら、恋愛的な収穫はなかったけど、星奈ちゃんとは仲良くなれたし、次のコンパにつながりそうな坂本くんという人脈はゲットしたし、料理はおいしかったし、まあまあな夜だったかな」
「くっついた二人もいるみたいで、それだけは救いかな」
千鶴が今夜の総評を述べ、付け足すように優子が言った。そして、少し離れたところを歩く金子と夏目を、こっそり指差す。
二人は元々知り合いだとか、今は仲睦まじいわけではなくどうやら金子がお説教しているっぽいとか、そういうことは言わずにおいた。
篤志と歩くエイジも楽しそうにしているから、とりあえずよかったと言えるだろう。
「私も、今夜は優子ちゃんと千鶴ちゃんとご飯できて楽しかった。また今度、幸香も交えてご飯行こうね」
星奈が言うと、二人は笑顔で頷いてくれた。そして、ニヤッと肩越しにそっと背後を見る。
「メンバーのチョイスがアレで幹事としてはいまいちだったけど、横山くんっていいね」
「何かが一歩及ばずモテ路線からは外れちゃってるけど、松田を黙らせたのはかっこよかったと思う。星奈ちゃん、脈ありそう」
「そ、そうなのかな……」
優子と千鶴に冷やかすように言われ、星奈は困惑した。そして、他の女の子たちの目に篤志がそんなふうに映っているのだということに、少なからず驚いた。
(そっか。やっぱり篤志くんは、魅力的な人なんだ。……だったら、あんなふうに言ってもらって何も返事をしないままでいるのは、よくないよね)
モノレールに乗り、優子と千鶴がひとつ手前の駅で降りていき、星奈とエイジと篤志の三人が残された。
篤志の横顔をこっそり見て、星奈の胸に生まれたのはときめきではなく罪悪感だった。
「篤志くん、さっきはありがとう。かばってくれて、ああ言ってくれて、嬉しかった」
「そんな……当然のことだし」
駅からの帰り道、何気ない会話の合間に星奈は言った。篤志は照れくさそうに笑ったけれど、星奈の様子に真顔になった。星奈が何を言おうとしているのか、悟ったのだろう。
「それで、この前の、お花見のときに言ってくれたことなんだけどね……嬉しいけど、ごめんなさい。私まだ、誰かの気持ちに応えられる余裕がないみたいなんだ」
篤志がどれだけ真剣かも、一生懸命なのかも伝わっている。松田の発言に対してお茶を濁すこともできたのに、星奈のために真っ向からかばってくれたのもわかっている。だから、星奈はどう言えば伝わるだろうかと悩んで言葉を選んだ。
「篤志くんは優しいし、周りのことがよく見えてるし、働き者だし、かっこいいから、私じゃなくても、他にもっと素敵な子を見つけられると思う。だから……」
不意に、篤志が立ち止まった。うつむいて、肩を震わせている。泣いているのかと心配になったけれど、ゆっくり顔を上げて、そうではないとわかった。
「他の子の話とか、しないでくれよ。星奈さんが俺じゃだめなように、俺も他の子じゃ嫌なんだ」
「篤志くん……」
篤志の目にかすかに傷ついた色がにじんでいて、星奈の胸は痛んだ。どうあっても彼を傷つけることしかできないのがつらい。
「星奈さんが亡くなった彼氏のことを忘れられないのはわかる。忘れろなんて、言えない。だから、好きなだけ、気の済むだけ、想っててもいいと思う。俺もさ、勝手に星奈さんのこと、好きでいるだけだから。彼氏のことを忘れてとか、俺の想いに応えてとか言わないから、勝手に好きでいることは許してくれないかな?」
篤志は、笑顔を作って言う。でも、その笑顔が必死に貼りつけたもので、何かあれば瞬時に消え去ってしまうものだというのはわかる。だから、星奈は頷くことしかできなかった。
「少しずつ元気になってるのは、そばで見ててわかるんだ。でも、しんどいときがこれからもあると思う。そんなときは、俺を頼って」
星奈が頷いたからか、篤志の笑顔は少し明るくなった。それなあまりに優しいから星奈は泣きたくなってしまって、唇を噛み締めた。
「……そんなずるいこと、できないよ」
「ずるくていい。てか、星奈さんはずるくない。ずるいのは、俺のほうだ」
「……ありがとう」
ついにはこらえきれなくなって、星奈は顔を伏せた。
その肩を、篤志がためらいがちにポンポンとした。その手が一瞬、背を撫でようとしたのを感じただけに、肩に触れるに留まってくれたことをありがたく思う。どさくさにまぎれて抱きしめることもできただろうに。
「あ! エイジ、目の前でこんなやりとり見せちゃってごめんな」
そうして二人きりの世界にいたつもりだったけれど、ふと篤志がエイジの存在を思い出した。
「いや。参考になった」
「エイジの国では日本人がどういうイメージかわかんないけど、情熱的な男もいるんだって覚えててくれよ」
篤志に言われて、エイジは笑って頷いた。でも、何だか寂しそうに星奈には見えた。
「じゃあ、俺はあっちだから」
「うん、またね」
気を取り直して再び歩きだして、星奈のアパートが見えてきたところで、篤志は手を振って駆けて行った。
きっと今になって、いろいろなことが照れたのだろう。その気持ちは、星奈にとわかった。でも、何とか自分の家までは持ちこたえる。
アパートに入り、階段を上り、玄関に入ってやっと、星奈はその場にへたり込んだ。
「セナ、泣いていいよ」
「……うん」
エイジの言葉が引き金となって、涙は次から次へと溢れ出した。胸が痛くてたまらなくて、涙が止まらなかった。
傷ついたのは、悲しいのは、間違いなく篤志のほうなのに、胸が痛い。
「忘れられないのも、好きなのも、仕方ないんだよ」
星奈の心の痛みがわかっているのかいないのか、エイジは星奈をそっと抱きしめた。抱きしめるというよりももっと穏やかな、覆うような包み込むような、そんな仕草だ。
だから、星奈は錯覚をしてしまった。そこに瑛一がいるような、彼の腕に包まれているような、そんな錯覚を。
違うとわかっているのに、いけないことだとわかっているのに、そこに瑛一の温もりを感じてしまった。
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