第4話(1)
人目を避けて込み入った話をできる場所など限られている。ましてや、本当に人に聞かれてはいけない話をできる場所なんて、外にはないと思ったほうがいい。
というわけで結局、星奈はエイジと幸香を連れて自宅アパートに戻るしかなかった。
「は? ちょっと待って……ちょっと待って、わかんない!」
星奈の部屋に上がって、出されたお茶を飲みながら幸香は黙って星奈の話を聞いていた。そして放った第一声が、これだった。
ちなみに、ショッピングモールから駅への移動中もモノレールに乗っているときも一切口を聞かなかったから、かなり久しぶりに発した言葉がこれだったということになる。
「ちょっと待って」を二回繰り返すあたりに彼女の動揺がよく現れていて、星奈は何だか申し訳なくなった。
「あのさ、星奈……あたし別に、怒ってるわけじゃないんだよね。意気消沈して二週間も連絡取れなくて、久しぶりに会ったと思ったら親友のあたしを差し置いて知らん男と一緒だったのは正直モヤッとした。でも別に怒んない。……怒んないからさぁ、『この人は開発中のロボットで、私は彼のモニターのバイトを引き受けたの』とかよくわかんない嘘をつかないでくれる!?」
怒らないからと言いつつ、幸香の口調は激怒そのものだ。でも、無理もないと思う。星奈も幸香と同じ立場だったら、怒らなくとも盛大に呆れると思う。
「……で、本当は何なの? 出会い系? それともレンタル彼氏? よくこんなに瑛一に似てる人を見つけたよね」
大きな溜息をついたあと、幸香の鋭い視線は再びエイジに注がれる。
三人で囲むには小さすぎるテーブルに向き合っているため、エイジはその視線から逃れることができない。ドーナツ屋にいたときは無表情だったものの、さすがにこの距離で睨まれると居心地が悪いのか、居たたまれない様子でやや目を伏せている。
「信じてもらえないのは仕方がないけど、本当にロボットなんだよ。出会い系とかレンタル彼氏とか、そんなんじゃないんだよ……」
どうやったら信じてもらえるだろうかと悩んで、星奈は真野たちと交わした書類を見せることにした。口外についてエイジに確認を取ると、「セナに任せる」と言われてしまっている。どのみち幸香をどうにかしなければ、モニターを続けることも難しい。
高校からの親友で、大学もバイト先も同じ幸香。
瑛一が事故に遭ったと聞いたとき、真っ先に助けを求めたのは彼女だった。すぐに駆けつけてくれた幸香は、星奈が落ち着くまでずっとそばにいてくれた。一緒に泣きたいのを我慢して、ずっと星奈の面倒を見てくれた。
そんな大切な親友を
「嘘でもなくて、おかしな話でもなくて、本当にエイジはロボットなの。これがモニターを引き受けたときの説明と、私に不利益がないように研究所が保証してくれてる書類ね」
「……本当に大丈夫なの?」
まさか書類が出てくるとは思わなかったのだろう。にわかに信憑性が増したのを感じたのか、幸香は恐る恐る星奈から書類を受け取った。
「これを見る限り、確かに星奈に不利益はないと思う。おまけに、最先端のめずらしい体験ができる上にお金までもらえるなんて……まあ、面白いよね」
「でしょ。でね、エイジがロボットだっていうのは、これを見てもらったらわかると思うんだけど」
「えっ!? は? ……はあ?」
人間ではない証を見せようと、星奈はぺろんとエイジのトレーナーをめくってみせた。
突然見知らぬ男の上半身裸を見せられて幸香は混乱して目をそらそうとしたものの、そこにあったのがただの裸体ではないと気がつくと、今度はまじまじと凝視した。
「何これ? 継ぎ目? ……ロボットって、マジだったんだ」
「マジだよ、マジ。そんなことマジじゃなくて言ってたら、私、頭おかしいみたいじゃん」
「いや……だって、おかしくなっても仕方ない状況でしょ。だから、てっきりおかしくなったのかと……」
幸香はどうやら、信じてくれたらしい。でも、まだ受け入れることは難しいようで、今度はエイジのことを様々な角度から見つめている。
「でもさ、これって都合がよすぎない? 恋人を亡くして傷心してるところに、その恋人にどことなく似たロボットが現れるなんて……」
エイジのことをロボットと認めるしかなくなっても、幸香はそこが気になって仕方がないようだ。それは星奈も思ったから、気持ちはよくわかる。
「都合がいい気がするよね。仕組まれてる気がするっていうか……。でも、私はたとえそうであってもいいと思ってるんだ。エイジが来たおかげで食事も摂れるようになったし、外にも出られたわけだし。全部、なし崩し的にだけど」
言いながら、星奈はエイジを見た。エイジも、星奈を見ていた。
心なしか不安そうに見えて、安心させるように微笑んでみる。本当は、自分だって不安なのだ。だからこそ、エイジを見つめて笑ってみせた。
「ちょっと、やめてよ……あたしは別に、二人を引き離そうとか思ってないから。ただ、まだ警戒するし、星奈のことを心配してるだけ。でも、感謝はしてるよ。星奈が元気になるきっかけだったみたいだし……」
見つめ合う星奈とエイジを見て、幸香は脱力するように言う。
「にしてもさあ、本当に瑛一に似てるよね」
「そんなに似てる? あ、研究所の人が言うには、平均的な男子学生っぽさは意識したって言ってた。だから似てるって感じるだけで、たぶんそんなに似てないよ」
「いやいやいや。何ていうか、そっくりってわけじゃないけど、希釈された瑛一、みたいな。ほら、カルピスの原液も水で割ったカルピスも、どっちもカルピスでしょ?」
「確かに、薄めてもカルピスはカルピスだけど……」
幸香に言われて、星奈は薄めたカルピスもといエイジを見た。
エイジの中に瑛一っぽさを見出そうとしていたからそう見えていたのかと思っていたのだけれど、幸香も似ていると感じるのなら、きっとそういうことなのだろう。
何となく不本意だけれど、星奈はそう納得することにした。
「ドーナツ屋で見かけたときはさ、瑛一の幽霊かと思ったくらいだもん。かつて瑛一だったものが薄まってそこにいる、みたいな。あんたたち、何の会話もしてなかったしね」
「幽霊……」
幸香は何気なく言ったつもりだったのだろう。でも、その言葉に星奈はハッとなった。
亡くなって四十九日の間は、魂は現世に留まってさまよっていることがあるという。
それなら、瑛一の魂は今どこにあるのだろうか。バイク事故によって、突然命を奪われた瑛一の魂は。
迷いなくあの世に行くことができたのだろうか。もし行けていなかったとしたら、どこをさまようのだろうか。
そんなことを考えると、星奈は体温がスッと下がる気がした。
唐突に、今自分がしていることが馬鹿らしくて、おかしなことのように思えてくる。瑛一が見たら何と思うだろうか、なんて考えると、もうだめだった。
「ごめん、星奈。幽霊とか言ったら怖がらせちゃった? てか、不謹慎だよね。ごめん……」
「幽霊なんていない」
星奈の様子の変化に幸香があわてて言い繕おうとすると、エイジがやや語気を強めて言った。そのきっぱりとした物言いに、星奈も幸香も驚く。
「だ、だよね。さすがロボットが言うと違うね。説得力があるー。うん、いるわけない。大丈夫だよ、星奈」
渡りに船とばかりに、エイジの言葉に乗っかって幸香はこの場を収めようとした。
「そうだね」
雰囲気を悪くしたかったわけではないから、星奈もとりあえず笑ってみせた。エイジがなぜ強く言葉を発したのか気になったけれど、表情がないからわからなかった。
「それにしても家庭用ロボットのモニターかあ。使い心地を確かめるって、あれ? 『エイジ、○○って検索して』みたいなのをさせてみるの? エイジ、明日の天気は?」
幸香はエイジのことを何とか受け入れようとしているのか、唐突にそんなことを言い出した。
何か違うのではないかと星奈は思ったのだけれど、案の定エイジも首を傾げていた。おまけに心なしか口元は歪んでいる。
「自分のスマホで調べたらいいだろ。俺はスマートスピーカーじゃないんだぞ」
「何よその言い方! あー何かめっちゃ今の瑛一っぽいわー」
「ぽいとかぽくないとかよくわからないけど、とにかく俺はスマートスピーカーじゃないからな」
幸香に言われたことがよほど嫌だったらしく、エイジはあからさまに嫌悪感を示していた。研究所からやってきて三日目で、初めてのことだ。
「気分的には、外国人留学生を受け入れるホストファミリーみたいな感じでいいって。異文化交流の中で人間的な感情の変化が生まれるのが目的らしいんだ。あと、情緒の面で欠けてるなって部分を感じたら報告して欲しいって」
幸香とのやりとりを見て、まさに異文化交流だなと星奈は思った。エイジの変化を見ると、幸香と会わせたのはよかったのかもしれない。
「ホストファミリーかあ。そういうことなら、何か理解できた気がする」
「あとね、エイジは自分で“やりたいことリスト”を作ってるから、それを実現するための手伝いをするのが、このモニターのバイトの主な内容だと思う」
星奈は冷蔵庫にマグネットで貼っておいたリストを取ってきて、幸香に渡した。
「何これ。一個目からして変なの。『お好み焼きを食べてみたい』って、外国人かよ」
リストを目にした幸香が、早速つっこんだ。
二人のバイト先であるお好み焼き屋さんには、わりと外国人観光客が来る。留学生も来る。お好み焼きが食べたい外国人の気持ちがよくわからないから、つっこみを入れた幸香の思いは理解できる。
「食べてみたいものがお好み焼きでよかったよ。天ぷらとか食べたいって言われても、私作れないもん」
「だよね。てかエイジのやりたいことってさ……何か可愛いね」
「でしょ」
リストを見て、幸香も星奈と同じことを思ったらしい。エイジのやりたいことは、どれもささやかで、そして何だか可愛らしい。
これがロボットのやりたいことだというのが、心をくすぐるのだ。研究所から出るに当たって、エイジがこのリストを真野や長谷川と相談しながら考えたのだと想像すると、優しい気持ちになる。
「なるほどねえ。だったら全部、叶えてあげたいよね。で、星奈だけじゃなく協力者が増えれば、それだけうまくいきやすくなるってことでしょ?」
俄然やる気になったらしい幸香が、そう言ってニカッと笑った。それを見て、エイジはキョトンとする。
それはキョトンとしか表現できない顔だ。目を軽く見開き、口も半開きになっている。顔を合わせてしばらくはずっと睨まれていたのだから、そうして驚くのも無理はないだろう。
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