第86話 今年の生贄は

「贄ってどういう事だ?」


 ゼルトが爺さんに聞いた。贄といえば生贄だが、漁の安全のためにそこまでするのだろうか?


「この内海うちうみには100年程前から主が住み始めたのですよ。主は『ここで獲物を獲りたければ一年に一度、を寄越せ』と言ってきたのです。」


「この場所以外に住むことはできなかったのか?別に他の場所でも住むところはあるだろ?」


 あ、素で話してしまった。かぶった猫が剥がれるのは早かった。


「ここには元々我々の里があったのです。200年前のエルフ王と暴君の戦いの余波で跡形も無く消えてしまいましたが、ここは我々の里なのです。ここを離れることはできませんよ。」


 え?もしかして、カルデラかと思えるほどの湾は戦いの跡だっていうのか?確かに首都ミレーテから南の方に底が見えない程の池はあったぞ。しかし、ここの湾の規模は桁違いだ。空から見た感じ、直径5kmはあったんじゃないのだろうか。

 そう言えば爺さん我々の里って言っていたな。見た目は白髪の人族の爺さんだが、違うのだろうか。


「じゃ、ここに住み続けるために、生贄を出しているのか?主ってヤツを倒すことはでいなかったのか?」


 爺さんはなぜかブルリと震え


「あれの姿を見たらそんな事を言ってはいられない。」


 どうやら、見た目が恐ろしいモノらしいな。しかし、一年に一度として生贄の求めて交渉をしてくるものなんて、それなりの知性があるのだろうが、一体どういうモノなんだろうな。


「そういやあ。さっき、贄って言っていたが、今年の贄ってヤツは決まっているのか?魚か何かか?」


 ゼルトが爺さんに聞いているが、この集落の雰囲気から贄が魚ってことはないだろう。


「今年の贄ですか・・・それを今から決めるのですよ。この籠の中の物を使って・・・。はぁ。コレばかりは、何年経ってもなれないし、嫌なものですな。」


 そう言って爺さんは籠の中を見るように見る。籠は木の蔓の様なもので編んだ両手で収まる籠を同じ様な籠で蓋をしてるので、中身が見えるわけではない。ただ、先程からガサガサと音がしているので、生き物が入っていることは確かなようだ。


「なぁ。それはよそ者が見ても構わないか?」


 ゼルト!これ以上関わるとろくな事にならんぞ?ゼルトの中では贄は魚かもしれんが、俺はそうじゃないと思う。


「構わないですが、後悔しないでくださいよ。まあ、ソルラファール様がいらしゃるから大丈夫でしょう。」


 俺は、ここに来た事を後悔してきたぞ。好奇心で、首を突っ込んで良いことじゃないだろ?ここの集落のしきたりによそ者がいて良いことなんて、絶対ないって!


「それでは、私はこれで失礼します。もうすぐ選別の義が始まりますので。」


「ああ、教えてくれてありがとうな。」


 ゼルトが爺さんにお礼を言っているのを聞いて、爺さんは頭を下げて、海の上に張り出した木の板がある方に向かって行った。


「おっさん。早くここから出るぞ。」


「何言っているんだ。エン。今から祭りが始まるってお爺さんが言っていたじゃないか。」


「やばいだろ?どう聞いてもさっきの話はダメだろ。早く集落から出るぞ。」


「そんなに慌ててどうしたんだ?エン。」


「ソルもあの爺さんの話はヤバいってわかったよな。」


「何がだ?」


 ダメだこいつら、何で贄がここの集落の人から選ばれていることに気が付かないんだ?どう聞いても人柱を選別するって俺には聞こえたぞ。

 いや、もともとそういう考えがないのか?もしかして、俺の頭が腐っているだけなのか?贄は魚なのかもしれない。籠の中のモノが魚を獲って来るのかもしれない。


「エン。何か始まったみたいだから、あの人が集まっているところに行ってみようぜ。」


 そう言うソルに抱えられてしまった。

 はっ!ちがーう!絶対に贄は魚じゃねーよ!俺は帰る!


 人が集まっているところに連れてこられてしまった。俺の意見は通らなかった。しかし、集まっている人たちを見ると見た目は人族そのものだ。ただ、うっすらと鱗が見える。なんの種族だ?

 ゼルトも蜥蜴人なので鱗はあるが、太い尾に鱗があるぐらいだ。

 しかし、ここの住人は肌の一部が鱗肌になっている。それ以外は、人族なんだが、海といえば魚人しか頭に浮かんでこないなぁ。

 魚に手足が生えた・・・キモいな。


『今年もこの時期が来てしまいました。』


 拡声魔術で拡張された声が響いてきたが、俺には人垣に阻まれ前方は何も確認できない。


『皆もわかっているとは思いますが、選ぶのはこの鳥です。恨むことは許されません。』


 鳥?俺の耳には『アホー』と鳴いている声しか聞こえんが、そんな鳥に選ばれるのは嫌だな。っていうかコレを爺さんが運んでいたのか?


『さあ。今年の生贄を選んで来なさい。』



 そして、俺の頭の上に『アホー』と鳴いている九官鳥に似た鳥が留まっていた。

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