第73話 異質なヴィーネによく似合う
「弁当の話は別にして、獣人の尻尾は触っていいのか?」
「・・・俺は構わんが他の奴にはそんなこと言うなよ。」
「どういう意味だ?」
「そう言う意味だ。」
全然、意味がわからない。取り敢えずソルは大丈夫ということか。俺は犬猫用のブラシを取り出す。
「伯爵夫人にお勧めしたい商品はこのブラシになります。ソルで実験・・・実演させていただきます。」
「おい、実験って言ったよな。」
「ちょっと言葉を間違えただけだ。」
「ソルラファール様が?」
夫人が戸惑うように俺とソルを見ている。ああ、そう言えばそんな名前をどこかで聞いた事があったな。
俺はソルの尻尾を持ち上げ、ブラシで梳くがもしかして奥の方にも毛玉があるのか!
「おい、いつから梳いていない。」
「さぁ?気まぐれにアマツが梳いてくれたぐらいか?」
「あ゛?」
「はぁ。天津かぁ。」
ルギアから濁った声が聞こえたが無視をする。やはり天津もこの毛玉だらけの尻尾が気になったらしい。
「これは根気がいるな。せめて、毎日とは言わんが、程々に梳けよ。」
時間はかかったが、ソルの尻尾は綺麗になった。毛玉も無くなり、俺の横には大量の抜け毛の塊が出来上がった。見た目も半分とは言い過ぎだがスッキリとし、艷やかな毛並みとなった。ソルはスゲースゲーと煩いが、夫人は目を輝かせてソルの尻尾を見ている。
「夫人。伯爵夫人。」
夫人は俺の呼びかけに気が付き、ソルの尻尾から視線を外し、姿勢を正した。
「夫人は宝石で飾る事を好まれているようですが、夫人の美しさとはなんですか?その輝く金の髪に金の尻尾を美しく見せることではないのでしょうか?たかが宝石では夫人の真の美しさには敵わないのではないのでしょうか。」
「ええ。そのとおりです。宝石如きでは私の美しさには敵いません。」
「ですので、夫人にはこのブラシをお勧めいたします。宝石は髪飾りとして添える程度で十分でしょう。この様に」
そう言って、俺は近くにいたヴィーネの髪に夫人の為に出したであろう髪飾りを付けてみる。
「そのブラシをいただくわ。さぁ。帰って直ぐに私を美しくするのよ。」
そう言って夫人はさっさと店を出ていった。その後ろ姿は外からの光を反射して、とても目に痛かった。これで、少しは目に優しくなるだろう。
「ソル。突然、来てもらって悪かったな。」
「おう、焼き肉弁当な。それとそのブラシをくれ。アマツが創ってくれたブラシに似ているよな。どっかの黒豹が嫉妬して壊してしまってから、そのブラシ以上のものに出会わなくて困っていたんだ。」
やはり、天津は犬猫用のブラシを創ってソルの毛玉だらけの尻尾を梳いていたのか、それにルギアが嫉妬したと。
「ルギアはなんでソルに付いて来たんだ?まだ、書類の山が残っていたはずだが?」
「唐揚げ弁当。」
それだけか!それだけの為にソルに付いてきたのか!
「ジェームズ。どこか部屋を貸してくれ。」
ルギア、ここで食べて帰る気か。
「わかった。用意をさせよう。」
「ヴィーネさん。それは商品ですので返してください。」
うん?どうした?
「嫌なの。エンがくれたの。」
「ですから、それは夫人に見せる為に付けられただけで、その髪飾りは商品なんです。」
俺が先程ヴィーネに付けた髪飾りを返さないと言っているらしい。確かにヴィーネの髪に髪飾りを付けたが、あげたわけではない。
「ヴィーネ、それは商品だから返す物だ。」
ヴィーネは俺を見て
「エンが付けてくれたの。だから、ヴィーネのもの。」
意味がわからん。はぁ。俺はネットで検索し、花の形をしたスワロフスキーの髪飾りがあったのでそれを購入する。それをイベントリーから取り出し
「それとこれどっちがいい?」
俺が付けた髪飾りは夫人に似合うものだったので、派手な赤や金が多く使われていた。その髪飾りだとヴィーネには浮いてしまって似合っていないのだ。
ヴィーネは髪飾りを外し、赤い髪飾りと花の髪飾りを交互に見ている。そして、赤い髪飾りを従業員に渡し、俺に向かって頭を差し出してきた。つけろということか。
髪飾りをヴィーネにつけてやる。
「これで、キアナとアルティーナに自慢されなくてすむの。ヴィーネもエンからもらったの。これは絶対に返さないの。」
そう言ってヴィーネは中庭に出る扉から外に飛んで行った。キアナとアルティーナに何を自慢されたんだ?
両肩に圧迫感が・・・何だと後ろを振り向けば、ジェームズが俺の肩を掴んでいた。
「ジェームズ、何だ?」
「さっきのヴィーネに渡した物は宝石か?」
「クリスタルだ。」
「クリスタルとは虹色の宝石か?」
クリスタルが存在しない?ああ、透明度が低いのか。ガラスは窓に使われているからガラスは存在しているが歪んでいる。
「透明度の高いガラスだ。それを複雑にカットすることで虹色の光を反射するんだと。氷の花のようでヴィーネに合うだろ?」
氷の花。溶けない氷の花だ。雪山にしか住まないという氷の精霊が街にいる異質なヴィーネによく似合う。
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