第36話 そう、変革だ

ジェームズside 2

 俺はエン少年がトロスに向かったことを聞き、騎獣に乗り向かうことにした。アルティーナは俺が直接行くことに反対したが、何でも自分で確認しなければわからないことがあると言って強引に出てきた。


 日が暮れてからトロスのフィーディス商会に着くと、そうそうゼルトが詰め寄って来て


「大旦那、エンっていうガキすっげー面白いぞ。」


 暑苦しいから、興奮したまま詰め寄ってこないで欲しい。


「これ、見てみろよ。この時期にこんな果実見たことないぞ。一個は食べちまったが荷台に乗せてくれたお礼だと言って三個もくれたんだぞ。それに果実が冷えていたんだ。この暑い夏の時期にだ。鞄から出したように見せかけて、あのガキはアイテムボックス持ちじゃないか。そうなら、中々用心深くて頭がいいな。」


 そう言いながら、ゼルトが俺に赤い果実を渡してくれた。確かに見たことがない果実だった。


「多分、まだ時間かかると思うぞ。あと3日ぐらいじゃないか?俺が今日拾って8刻16時ぐらいに次の町に送って行ったからな。」


「で、ゼルト。仕事はどうした?」


「そんなもの大旦那が面白そうなことをしてるから、別のヤツに任せた。多分、そいつがその次の町に送って行くだろう。俺は大旦那に報告のために飛んで来たんだよ。」


 獣人を従業員に雇うと時々こういう弊害があるから困ったものだ。楽しいそうなこと、興味を惹かれるものがあるとそっち側に引き寄せられてしまうことがある。本当に困ったものだ。



 3日後、エン少年がトロスに到着したと連絡を受け、ゼルトに後を付けるように言うと、どうやら商業ギルドに向かったようだ。急いで、向うとやはり問題になっていた。ああ、貴重な白い砂糖が火にあぶられている!俺の心の声と受付の女性の声が重なった。

 はっ。少年が出ていく前に声をかけなければ。


「ボウズはミレーテのギルドマスターが交渉を失敗したというエンと言う名前の子供で合っているか?」


「合っていようが、間違っていようがここでは取引しない。」


「じゃ、俺のところで取引しよう。」


「ん?」


「俺はジェームズ・フィーディス。この国で1番古いフィーディス商会の会長だ。」


 エン少年と無事に接触することができた。商会に連れて行き、話をしてみると何かがおかしい。まるで、やり手にの商人と取引をしているような、おかしな感覚に襲われる。

 契約書を交わすときもそうだ。この国で一番と言っていいフィーディス商会の見習いになるとなれば、直ぐに契約書にサインをする者がほとんだというのに、少年は契約事項の確認をしてきた。一年無給というところで噛み付いてきたが、役に立たない見習いに給料を支払うことはしない。最低限の生活の保証はしているのだ。金を払ってまで業務内容を教える意味がわからん。その代わり、商会のためになることをすれば報酬として払うが。


 エン少年が納得してくれた契約書を作るために一旦部屋をでる。そこには青鳥人のキアナが立っていた。

 彼女の種族は種族同士で念話が使えるので、主要都市に一人は青鳥人を配属しているのだ。


「ジェームズ様、アルティーナ様からの伝言です。本日、上客のコーリンズ伯爵がお見えになる予定ですがどうされますか?と」


「ああ、そうだったな。アルティーナに任せるよと伝えてくれ。」


「かしこまりました。」


 遠くに居ても直ぐに指示が出せるというのはいいものだと、こういうときにはよく思うよ。


 契約書を作り応接室に戻り、エンに契約書を渡せば契約書が読めないから他の人に読んでほしいと言ってきた。確かに、専門用語が多く普通には読めない。読めない契約書にはサインはできないか。本当にこの少年は面白いな。


 呼び鈴を鳴らし従業員を呼び出す。部屋に入って来たのは先程のキアナだった。

 キアナが契約書を読みながらフルフルと震えていた。まぁ普通ならありえない契約内容だ。読み終わった契約書をエン少年はキアナから取り、代わりに何か小さな物をキアナに渡した。

 あれはなんだ?すっごく気になる。少年が食べ物だと言うのでキアナが包み紙を剥がし口の中に入れた。ど、どんな味がするのだろう。

 直ぐに無くなってしまったのか、キアナがもう一つ催促してきた。キアナはかなり食にはうるさい。そのキアナが何も言えず、もう一つ欲しいと言ったのだ。とても気になる。一つ1000Gガートだと!買うに決まっている。


 エン少年から10個購入し、一つを食べてみた。これは今まで食べたことがないぐらいに甘い。これは先程の砂糖を使って作ってあるものか!そうだとすれば、これは売れる売れるぞ!


 結果的に無理だった。いろんな意味で無理だった。代わりに砂糖を使った普通のクッキーのレシピを渡され、エン少年はまた明日来ると言って去っていった。子供を一人にするわけにはいかん。直ぐにゼルトに後を追うように指示を出す。


 しかし、話してみても普通の子供ではないことがよくわかった。よくわからない違和感を感じる。

 そう、この感覚は懐かしい感じだ。俺たちを導き、人からもエルフからも迫害されていた獣人たちの希望の光だったあの方と話しているようなそんな感覚だ。どのような種族でも差別なく生きることができるような国を作ろうと、夢話のようなことを実現してしまったアマツ様と話しているような懐かしさを少年に感じた。おかしな事だと我ながら思ってしまう。


 それからもエンは色々なことに変革をもたらした。一番変わったのはキアナだろう。仕事第一だった彼女が食べ物のことになると素直になって・・・自分の欲望に負けてエンに言い寄っている姿を目にすることが多くなった。最近は、借金をせずにエンに要望の物を引き出させる技を付けたようだ。


 食品部門も大きく様変わりした。廃棄処理が多かったのだが、それも少なくなり業務がうまく回るようになった。


 そう、変革だ。今までの酷い扱いを受けていた者たちからすれば、それを伝え聞いた者たちからすれば、今の現状にとても満足しているのだ。だから、これ以上何かを変えようとは思ってもみないことだったのだ。それがエンという変革をもたらす者が入ることで、大きく事が動いて行く。これも懐かし感覚だ。これから何かが起こる。未知なる未来に希望が見いだせるそんなワクワク感だ。


 これからは流通の運用も変わってくるのであろう。今回の商品運搬業務が通常よりどのように変わってくるかがわかれば、他も運搬業務も収納鞄を用いたものにしていくことだろう。


 しかし、あのアルティーナがエンに白猫のぬいぐるみを渡すなんて、エンは何も知らずに受け取っていたが、『私は付いて行けないから代わりに連れて行って』という旅をする恋人に送るものだ。本当に笑えてくるなぁ。


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