1-4 そうですか、よろしくお願いします。

 それからしばらくして戻ってきたシオンが見たのは、大の字で眠る美織の姿だった。

 美織はしばらく寝っ転がっているうちに眠ってしまったようである。


「おい、何時間眠れば気が済むんだ」


 人が苦労して色々持ってきてやったというのに。シオンは大量の荷物を抱えたまま美織に近づく。


「おいっ、そこの寝癖!! 折角色々持ってきてやったんだから起きろ!」


 シオンは美織の頭上から大声を出した。


「……ん……あと10分」


 シオンは間抜け顔で呟く美織を叩き起してやろうかと拳を握った。

 だが、気持ちよさそうに眠っている美織の顔を見るとどうしてもその気になれない。


「はあ……やっぱり寝袋で十分じゃないか。寝袋なくても寝れてるし」


 持ってきた毛布を美織に掛けながらシオンは荷解きをはじめる。

 ふと顔を上げると、画面の映像が変わっていることに気がついた。


「こいつ、勝手に触ったな……まあかまわないが」


 これで美織の元の世界が上手くいっていることが分かっただろう。さっさと異世界転生してもらいたいものである。



(さすがにそろそろ起きないとまずいかな……)


 シオンに起きろと言われてから既に30分くらいは経っているはずだ。まだ寝ていたい気持ちはあるものの、段々とシオンへの申し訳なさが勝つようになってくる。


「しゃーない起きるか……あれ……?」


 美織が仕方なく体を起こすと、自分の上に毛布がかかっていることに気がつく。いつの間にかけてくれたのだろう。


「やっと起きたか、ホッキョクグマかお前は」


 座椅子に座ったシオンは顔だけ美織に向けた。その眉間には不機嫌そうに皺がよっている。


「ごめんなさい。ちょっと寝すぎました……」


 美織は肩をすぼめて素直に謝った。寝すぎたのでさすがにバツが悪い。なぜホッキョクグマなのかとは思ったが。


「まあ疲れてたんだろ」


 シオンは眉間の皺を取るとサラリと流した。これ以上怒る気はないらしい。


「それよりか見ろ! この完璧な幸せ快適暮しセットを! 力作だぞ!」


 大きく両手を広げ自信満々に見せてきた場所には、座椅子とコタツが置かれていた。机の上や横には枕や毛布、煎餅やカップラーメンなどが置かれている。


「わ! コタツってこっちにもあるんだ……!」


 美織は少し驚きながらもコタツの方へ歩いていく。

 部屋は丁度良い温度のためコタツの必要性は感じないが、癒しの象徴であるコタツを見るとホッとした。


「ああ、冬と言えばコタツだよな……」


 シオンはみかんを剥きながら目を細めた。いつの間にか白いスーツから部屋着に着替えている。

 美織の世界でも季節は冬だったため、四季も変わりがないようだった。


「そうね……っていうかシオンさんもここにいるわけ?」


 美織はコタツに入りながら聞いた。シオンは先程まであんなに帰りたそうだったのに、今は自分の部屋かのようにくつろいでいる。


「色々考えたんだが……

 お前を早く異世界転生させるために、俺もここにいることにした。仕事の大変さを力説してやる」


 ただ仕事の愚痴を聞いてもらいたいだけではないのだろうか。美織は首を傾げながらコタツの中で足を伸ばす。


「いやまあ別にいいけど、約束とか……へっ!?」


 美織は足に何か触ったのに驚いて足を引っ込めた。足に触った物体はもふもふしていた気がする。


「ああ、中に猫がいるから気をつけろ。引っかかれるぞ?」


 シオンはみかんを食べながら肩肘をついて、コタツの中を指さす。


「猫!? 猫をここに連れてきたの!? 」


 美織はコタツ布団をめくって中を覗く。そこには灰色の毛に黄色の目の少し太った猫がいた。


「こいつはグレって言うんだ。数日間、餌をやるやつがいないから連れてきた」


 食べ終わったみかんの皮を紙袋に捨てながらシオンは説明する。グレは肝が座っているようで、コタツの中で既にうとうとしていた。


「飼い猫まで連れてくるなんて……本当にここにいるつもりなのね」


 美織はグレに足が当たらないように、くつろぐ体制を取る。


「ああ、リリーとの食事も断ったしな」

「リリー?」


 美織は聞き返した。シオンの友達だろうか。

 

「リリーは同僚だ。部署は違うがな」


 忘れかけていたが、異世界転生は企業が担っていたのだった。異世界転生の会社にも部署があるのか。

 だとしたらシオンは違う部署の方が良いのではなないだろうか。寝袋だけ渡してどこか行こうとするし。


「へえ……よかったの? 約束してたんでしょ?」


 別にここにいろと頼んだわけではないが、自分のために約束を断らせたのなら申し訳ない。


「ああ、別にいいんだ。どうせまた彼女との惚気話だ」


 シオンは急に無表情になって言った。どうやら何度も惚気話を聞かされているらしい。


「そ、そう……ならいいんだけど。じゃあよろしくね」


 美織はシオンに同情しながら手を差し出して握手を求める。


「ああ、よろしく。

 ところで、一つ気がついたんだが……」


シオンは手を軽く握り返しながら、真っ直ぐと美織を見つめた。


「何?」

 

 美織に気になるようなことがあったのだろうか。シオンの顔はやはり整っていて綺麗だ。


「お前、いつもあんな寝方してるからベッドから転がり落ちるんじゃないか?」


 シオンは真面目な顔をして美織に言った。


「…………ソウデスネ」


 大きなお世話である。

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