女勇者、バウンティーハンターになるってよ

藤原 司

廃業勇者

「なっ……ななな……なっ──っ!?」


 仕事案内場のギルドにて、叫び声を上げる五秒前の溜めである。


「なんですってぇーっ!?」


 その叫びはギルドどころか街全体に響き渡り、木霊していたのだとか。


「よく見なさいアタシ……勘違いの可能性だってあるわ 深呼吸するのよ」


 そんな馬鹿なと、真っ先に女は自分の目を疑う。一旦心を落ち着かせ最後までしっかりと文章を確認する。


「ええとナニナニィ? 【魔王サタン見事討伐 討伐者は異世界から来た二代目の聖剣使い】……ですってえ!?」


 何度目を通しても内容が変わる事は無い。


 先程の叫びで周りの注目の的であるにも構わず、女は掲示板に貼られた記事を食い入るように覗き込む。


 黒いスーツ姿に荷物はアタッシュケース一つという、如何いかにもな怪しい見た目。

 サングラスの下からは琥珀の瞳を覗かせ、深紅の髪が美しい、"黙っていれば美人"の部類の残念な逸材の正体は、皆がよく耳にする職業の者であった。


「この史上最強の『勇者』を差し置いて──この『テイル・ドレッドノート』を差し置いてですてぇーっ!?」


 コレが勇者である。


 魔王が人々の平穏を乱し、世界征服の企みを阻止すべく彼女が立ち上がったまでは良かった。


「アタシ結構魔王軍ぶっ殺したわよね!? アタシ結構名を馳せたつもりだったんですけどー!?」


 だが、悠長に魔王軍狩りをしていたらこの様である。

 毎度毎度相手にするのは有象無象の塵芥ちりあくた、雑魚ばかりだったのだ。


「それが……異世界だかなんだか知んないけどぽっと出の聖剣使いが倒しただあーっ!?」


 この勇者、決してサボっていた訳では無い。

 ギルドに依頼が回される前からずっと、積極的に魔王軍と戦い、着実に戦果を挙げてはいた。


「普通被害与えまくってたら大物の一匹や二匹! 場合によっては魔王直々のご挨拶に出向くんじゃ無いの!? 何だって無反応だったわけ!?」


 しかし問題があったのは考え方である。


 とにかく倒しまくっていれば、その内痺れを切らした魔王が姿を現すだろうと、いささか能天気過ぎたのだ。


「もう駄目よ……お終いよ……勇者だなんて名乗れるのは魔王がいてくれる間だけなのに」


 若干落ち込む理由がおかしいが、とにかく本人にとっては重要な事である。

 その場にへたり込んでしまったテイルを、生憎と周りは落ち込む時間は与えてくれなかった。


「申し訳ございません……他の方のご迷惑になりますのでそろそろ立ち上がって頂けますと……」


 掲示板前を占拠するテイルに誰も情けはかけない。


「ちょっと受付嬢! アタシのどこが迷惑なのよ!?」

「その場所を独占してるのが……」

「アタシの存在自体がですって!?」

「そこまでは言ってません」


 かなり面倒な絡まれ方をされ、対応がしょっぱくなる。


「良い度胸ね……このアタシに喧嘩を売るだなんて無事で済むとお思い?」


 うるさいとのクレームを理由に、無事にテイルはギルドを追い出された。


「少しぐらい慈悲は無いの!?」


 そんなものは無い。


「でも……これで良かったのよね」


 世界は祝日気分だというのに、テイルは一人厄日気分におちいっていた。


 周りから才能を認められ、勇者と持て囃されたのも束の間。突如現れた異世界転移者の手によって世界は救われ、勇者は何も果たせず役目を終えてしまった。


「──そもそもアタシ呼ばれてないんですけど?」


 魔王軍との最終決戦となったのは、秩序機関『ギアズエンパイア』という場所である。

 機械帝国とも呼ばれるその国は、"テイルが所属する"ところでもあるのだ。


「そもそも何だって大事な局面にアタシが呼ばれないのよ!? こうなったら問い詰めてやるわ!」


 取り出したのは通信機。世界にようやく浸透し始めた機械技術であり、いつでも連絡が取れる優れものである。


「よーしスイッチオンッ! 覚悟しなさい上層部! 上が連絡してくれなかったから悪……うん?」


 今、この通信機は初めて・・・スイッチを入れられた・・・・・・・・・・


「電源……入れてなかったのね」


 問い詰める前に問題は解決された。電源がついていなければ、当然連絡を受信する事は無いのだ。


「チクショウメーッ!」


 支給されていた通信機を感情のままに天高く投げつける。何の罪も無いが、手元にあったのが運の尽きであった。


「イテェ!?」


 そして関係の無い屈強な一般人の頭に降りかかる。


「アラごめんあそばせ? お怪我は無いかしら?」


「テメェ……オレの頭にモノぶつけるたぁどういう了見だコラァ?」


 自業自得ではあるが、見るからに強そうな男とその連れに絡まれてしまう。


「だから謝ってるじゃない」


 これは謝る態度では無い。


「もっと誠意を見せてもらわなくちゃな?」

「ヘヘヘッ……」

「とりあえず酒でも飲みながら話でもしようや」


 男達はテイルを囲んで逃がさない。関わってしまったのが運の尽きであろう。


「アタシまだ未成年なの 三年後にまた誘ってくださいな」


「つれねーなぁ? オレらと仲良くしようって提案してやってんだぜ?」


「──アタシ自分より弱い男に興味無いのよね」


 彼女に関わってしまった"男達の運が悪い"のだ。


「ああ!? 舐めた口聞きやがって!」

「コッチが下手に出てりゃつけ上がりやがってよう!?」


 テイルは掛けていたサングラスを外す。鋭い眼光はまるで獲物を捉えた虎の如く、男達を睨みつける。


「アタシに喧嘩を売るだなんて良い度胸ね 少しだけ相手してあげる」


「調子に乗ってんじゃあねえよこのアマァ!」


 男が振りかぶった拳は軽くなされ、お返しとばかりにテイルの拳が叩き込まれた。


「随分遅いわね? 運動不足かしら?」


 連れの四人でさえ理解出来ない。余りにも刹那の出来事だったのだ。


「コイツただモンじゃねえ!?」

「こんの……ぶっ殺してやらぁ!」


 感情に任せ、懐に忍ばせていたナイフで襲う。テイルの目線は倒れた男を向いている。不意打ちをするなら今しかなかった。


「……ウッソ!?」


 だがそれは普通の相手・・・・・だった場合である。


 見てもいないのに防がれた。たった指二本で挟まれただけで、ナイフはこれ以上進めない。どれだけ強く押し込んでも届かない。


「安物ね 買い替えたら?」


 テイルがほんの少し指に力を入れると、挟まれたナイフは真っ二つに折られる。


「覚悟しなさい……アンタ達は"虎の尾を踏んだ"のよ」


「「ヒッ!?」」


 彼女を知る者は皆口を揃えてこう言った。"恐れ知らずのテイル"に関わる事勿れ。然もなくば"畏れを知るだろう"と。


 その戒めの意味はこの強さが物語っている。


 万夫不当ばんぶふとう痛烈無比つうれつむひなる彼女の前に、誰も敵う筈無いのだから。






「──それで? お姉ちゃんの職業は?」


 ただし、権力には屈する。


「勇者……です」

「職業不詳……っと」


 男達は全治三ヶ月。街で暴れていると通報を受け、テイルは屯所へと連れて行かれてしまったのだ。


(どうしよう……前科持ちの勇者だなんて知れ渡りでもしたらもう生きていけないわ!)


 遅かれ早かれこんな事になりそうではあった。


「今回は厳重注意だね もう暴れちゃ駄目だよ」

「へっ? 豚箱じゃないの?」


 ところが予想と違い御用される事なく、見逃される事となった。


 本人にも自覚はあったが、今回の一件はテイルに非がある。事の発端はテイルにあり、過剰防衛にも程があった。


「お姉ちゃんが病院送りにした奴らさ 此処らで悪さしてた手配犯だったんだよ」


 何の罪も無い一般人かと思われていた男達は、最近この辺りを騒がせていた強盗集団だったのだ。


「この書類ギルドに持っていけば報酬が貰えるよ 良かったね」


 最後に「もう来るなよ」と釘を刺されて屯所を出る。


「……娑婆の空気がおいしいわ」


 大して拘束されていなかったというのに、そんな台詞を吐きながらサングラスを掛け直す。


(貰えるなら貰おうかしら)


 一応言われた通りギルドへと向かい、受付に書類を渡す。するとほんの数分で確認は終わった。


「こちらが報酬です 賞金首の確保ありがとうございます」


「……お〜」


 テイルは内心あんな雑魚退治でこんなに貰って良いのかと聞こうとも思ったが、額が減りそうなのでやめた。


「──決めたわ!」


 テイルは気づく。自分にはこれしかないと。

 そうだ、賞金稼ぎバウンティーハンターになろうと。


 勇者廃業を余儀無くされたのなら、一番手柄を立てられるのはこれだと考えたのだ。


「受付嬢! 今一番報酬が高い依頼って何かしら!?」


 高難度の依頼を達成すれば、名を轟かせるのも夢では無い。


「こちらなどは如何でしょう」

「【大蛇出現 石化の瞳に注意されたし】……へぇ〜面白そうね」


 この文面で面白そうと思うのは彼女ぐらいであろう。


 内容は"蛇竜 バジリスク"の討伐。強力な毒を吐き、眼を合わせてしまえば最後、身体は石となって一呑みにさてれしまうという。


「もしかして一人で行かれるんですか? この依頼は最低でも十人は居ないと厳しいかと……」

「え? この依頼足手まといが必要なの?」


 そもそもこの性格では誰も仲間にはならない。


 以前勇者一行としての仲間が居たが、この傍若無人の性格が災いし、早々に一人旅になったのは彼女にとって黒歴史トラウマである。


「でも流石にお一人では……」

「報酬用意して待ってなさい!」


 言う事も聞かず、そう言い残してギルドを飛び出す。


 たかだか蛇風情に遅れをとる筈が無いと、意気揚々と陽が登っている内に、バジリスクの出没地へと向かったのだ。






「──デカイわね」


 想像を逸脱した大きさであった。


 体長約三十メートルの長大な蛇。森の木々が小さく見えてしまう圧巻の長さに加え、顔や胴から分かるように、熊程度なら一呑みしてしまうだろう。


「流石に素手じゃ無理そうね」


 当然である。


 本来であれば討伐隊を組んで挑む程の獰猛な魔獣である。


 誰もが無謀な挑戦だと思うであろう。大蛇の討伐に、たった一人で立ち向かうなど自殺行為だと。


〈──ッ!〉


 バジリスクはテイルを視界に入れる。その一睨みで多くの者を葬ってきた石化の蛇眼に、テイルは眼を合わせてしまった。


 意識だけは残る身体。こうなってしまえば最後、身動きは取れず、ただ黙って丸呑みにされるのを待つしか無い。


「──効かないんだなぁコレがっ!」


 テイルのサングラスはただの紫外線対策では無い。


 相手からの魔力干渉を防ぎ、昼夜問わず視認出来る優れ物なのだ。


「おっと!」


 しかしバジリスクの武器は蛇眼だけでは無い。


 長大な身体に毒の牙、毒は相手に向けて吐き出す事も可能であると、蛇眼一つ対策しただけでは意味が無い。


「好戦的ね! 嫌いじゃないわ!」


 吐き出された毒を浴びた木は跡形も無く溶かされる。

 擦りでもして体内に侵入されてしまえば、毒に蝕まれて死ぬ事など容易に想像出来るだろう。


「アタシに目をつけられた事が運の尽きね……アタシってば超強いから!」


〈シャーッ!〉


 獲物を喰らう為に、大蛇はテイルに牙を剥く。


 戦う準備を整える。今彼女に一番必要なのは武器である。


「──武装展開 声紋認証開始……我が名は『テイル・ドレッドノート』である!」


 アタッシュケースの施錠が解除され、中にはとある『武器』が眠っていた。


 勇者には勇者に相応しい武器が有る。古代より伝わる宝剣か、それとも伝説の名刀か。


 彼女の武器はどちらでもない・・・・・・・。人の手に造られた『近代の剣』である。


 それは科学の力で生み出した決戦兵器。だが誰にでも扱える代物では無く、余りの力に常人には扱えなかった失敗作。


「起動せよ……『機械剣 マーベリック』」


 出来損ないの烙印が押された剣を、彼女は握る。


 人の手に負えないと判断された剣。誰にも持ち上げられず、たとえ使えても反動で腕が吹き飛び兼ねないと、人類にはオーバースペック過ぎた。


「出力最大展開── "太陽の騎士を此処に再現する"ッ!」


 何故誰にも制御出来なかったのか。それは"逸話を再現する力"に、誰もがついていけなかった為である。


 聖剣魔剣宝剣妖刀。その全てを集約させた剣など、勇者でも・・・・無ければ扱えない・・・・・・・・


「"擬似聖剣解放イミテーション 忠義を示す日輪の剣ガラティーン"ッ!」


 テイルの魔力と太陽の光を吸収し、全ての熱量を相手へぶつける奥義である。


 灼熱の一撃を浴び、蛇竜は消し炭と化す。


「……戦利品残すの忘れてたわ」


 依頼達成の証すら、残さず消しとばしてしまった。


「もう! あれこもこれも全部聖剣使いが悪いわ!」


 理不尽な怒りを聖剣使いにぶつける。二人が巡り会わない限り、この怒りは収まらないだろう。


「お金稼ぎながらもっと強くなるんだから! 覚悟しなさい聖剣使い!」


 テイル・ドレッドノート。ヒーローにもヒロインにもなれなかった哀しき勇者の名である。


 いつか聖剣使いに出逢えると信じ、"勇者は賞金稼ぎバウンティーハンター"となったのだ。

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