才能
風の試練が開始して数分。
『お姉ちゃん! 左!』
ティアの声に反応して身を屈めると左側からシュッと緑のオーラを纏った風が吹き抜ける。
避けるのが精一杯の私はティアの足を引っ張ってるように感じる。
ティアを見ると楽しそうに顔を綻ばせていた。
精一杯の私とは違いこの試練を楽しんでいるんだろう。
『集中しろ』
魔人シルフから私にだけ向けられる声。
ティアには聞こえていないのか、私だけがシルフに目線を飛ばす。
この感覚は知っている、夢の中で追い越せない強敵として登場する銀髪の少年と一緒だからだ。
私を強くしようとしてる? なんのために?
自分の中で答えが出ないままに私は風を避け続ける。
ユリアは風の刃に苦戦しているが既にティアは精霊神との距離を詰めていた。
『ミドリお姉ちゃん! これ楽しいね!』
精霊神のミドリに向かって堂々と声をかけるティア。
ミドリはティアの発言に疑問を覚える。
『楽しいですか?』
『うん!』
この異様な雰囲気をミドリは知っていた。
ミドリの視線の先のティアの姿が剣の勇者だった頃のクレスと重なって見えてくる。
ミドリは初めてクレスとの出会った頃を思い出していた。
誰の助けも来ない岩山の頂上。
頑丈な鎖に縛られて身動きすらも取れない。
魔力で作り出した風の刃で鎖を切ろうとした事もあったが自身を傷つけるだけで鎖には傷一つ付かない。
もう何もかもを諦める程の時間が経ち、私を鎖で拘束した人族を恨んでいた、そんな時だった。
『お前、そんな所で何してんの?』
黒髪黒目が特徴的な剣の勇者のユウ様が現れた。
『黙れ人族! 少しでも私に近づいてみろ……細切れにしてやる!』
ユウ様は私の憎悪の声を聞き流すと、笑顔で私の方に歩いてきた。
意味が分からなかったけど、私は警告した通り風の刃でユウ様に攻撃をした。
精霊神の能力は制限されていたけれど、それでも魔力を纏ってない人族が受ければ全てが致命傷に匹敵する攻撃のはずなのに。
笑顔を絶やさずに身体の至る所に深々と傷を付けながら歩いてくる人族に私は恐怖すらした。
『な、何が狙いよ!』
目の前に来たユウ様は右手に黄金の光を纏う黒剣を召喚して私の鎖を断ち切るとやっと声を出した。
『えぇと、ミリアードっていう国の場所教えてくんね?』
それが私とユウ様の出会い。
笑顔で何かに立ち向かえる人はユウ様以外……私は知りませんでしたよ。
さすがユウ様の子供という所ですか。
私は魔人シルフと名乗るユウカに視線を送る。
『シルフ、ごめんなさいね』
ティアちゃんは私に向かって両手を広げてきた。
逃げる事はせずに受け止める。
『私はティアちゃんにもう攻撃は出来ません』
『ミドリお姉ちゃん?』
この試練……もしかしたらリリアとユウカが二人で考えたのですかね。
リリアが発案してそうですけど、ユウ様を倒す為に精霊神の力を使うのですか。
『貴方には精霊神から贈り物をあげましょう』
私はティアちゃんの腕に契約の魔法を付与した銀のブレスレットを召喚する。
ブレスレットの窪みに風の精霊神の魔力が淡く光る。
『私の力を少しだけ与える仮契約の魔法です』
『貰っていいの? ありがとうミドリお姉ちゃん』
ユウ様の娘はもう一人居ましたね。
ユリアちゃんにも。
『なにコレ! 腕に!』
ユリアちゃんは驚いているけど、私はそれを無視して風の刃を全て消滅させる。
『それでは試練は終わります』
『えっ? でもシルフさんにタッチしてないよ!』
ティアちゃんは驚きの声を上げる。
『試練クリアはただクリアするだけではダメなんですよ』
小さい頃からユウ様と一緒に見守って来たユウ様の子供達に精霊神が甘いのは事実ですが、ユウカとリリアにはまんまと嵌められましたね。
『それではこの神殿は崩壊させます』
「ミドリお姉ちゃんまたね〜」
ティアちゃんは私からすぐに離れてユリアちゃんのもとへ行くと姉妹は一緒に神殿を後にした。
崩れゆく空間に漂う二人。
『ユウカ……これで満足ですか?』
『うん、普通の手段ではクレス君に勝つのは無理だから精霊神全員あの娘達の味方になって貰おうかなって』
『でもそれは』
『そう仮初の力だね。でも精霊の力は絶対に必要になるんだよ。そしてあの娘達がどちらかけてもクレス君には勝てない』
仮面を外してユウカは転移陣を構築する。
『ユウ様がもしも私達に手を貸すなと言うようならユウ様の子供でも手は貸しませんよ』
『クレス君がそんな事言うわけないのは誰よりも精霊神が理解してるはずだよ』
ユウカは転移陣を起動すると家に転移して帰って行った。
一人になったミドリは優しく微笑む。
『ユウ様と敵対ですか、考えた事もなかったですが……ティアちゃんとユリアちゃんはユウ様に似てるのに可愛いのでしょうがないですよね』
ユウカとティアが扉から出ると突風と共に神殿は崩壊した。
ティアは精霊神から貰ったブレスレットを見つめながらユリアに声をかける。
「これで一つだね」
「……私は何も出来なかった」
高々とブレスレットを掲げるティアとは裏腹にユリアはブレスレットを見つめながら呟いた。
「お姉ちゃん?」
ユリアを心配そうに見つめるティアにユリアは一つの提案をする。
「ティア……別々に試練をクリアしない?」
「いや、お姉ちゃんと一緒がいい!」
「私はティアと一緒じゃ嫌だ!」
ユリアは声を荒らげてティアを突き放す。
「なんで……」
「ついて来ないで」
ユリアはティアを置いて白銀の柱を目指し足を進めた。
『私一人でもクリアできる』
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