薄れた英雄



 まだまだパパの疑問が解けない。


 恋に理由なんていらないよとユウカママは言うけれど、それでも不思議だ。


 ダメダメなパパより絶対他に良い人がいたと思うのに。


 リリアママが仕事から帰ってきて、妹のティアもリリアママが帰ってくる少し前に学園の用事を終わらせて帰ってきた。




 みんなが揃って食事が始まる。


 ソファーで寝ていたパパはご飯の時間になると誰よりも先に料理が出されているテーブルの真ん前に座っている。


 仕事もせず、ご飯だけはママ達よりも食べて、ガツガツと美味しそうに頬張るパパの姿を見ていて苛立ちを覚えるのは私だけじゃないはずだ。


 リリアママのお仕事はメルカトラス学園の教師と王国剣士の指南役。


 フィーリオンの王様から直々に依頼されて王国剣士の指南を任されている。教師も大変なのに全部そつなくこなして家に帰っても疲れたなんて顔にも出さずに凛として見惚れるような暖かい笑顔を崩さない。


 リリアママ……絶対パパと釣り合ってないよ! 娘の私が思うんだもん、こんな美人で優しいママ達の最大の欠点はパパと結婚してることだよ。




 食事も終わりソファーに寝転がるパパ。


 私はママ達と片付けをする。


 ティアも片付けに参加していた。


「ねぇ、ティア? パパの事好き?」


 ティアは私の顔を見て不思議そうな顔をする。


「お姉ちゃんは嫌いなの?」


「嫌い」


 私の答えを聞いてティアはニコッと笑う。


「ティアは好きだよ」


「何処を見て好きだと思うの?」


「お姉ちゃんは何処を見て嫌いだと思うの? パパはレジェンド級の冒険者だし、世界を何度も救ったし、仕事も今はお休みしてるだけってパパ言ってたよ」


 妹が真っ直ぐな目で私を射抜く。


「ティア……もう少し人を疑う事を覚えないとダメよ」


「うん!」


 姉の私はそんな真っ直ぐなティアが可愛いし心配だ。




 片付けも終わり、リリアママにパパを見捨てないのか聞いてみることにした。


 ソファーに腰をかけているリリアママを見つけて声をかける。


「リリアママ、なんでパパを見捨てないの?」


「直球だな、本人が居る前で聞くか?」


 パパが口を出す。


 リリアママはパパに膝枕をしている。パパはそれを嫌がるけどリリアママがいつもやりたいって自分から申し出るのだ。


「パパは黙ってて!」


「は、はい」


 パパを黙らせた所で再度私はリリアママに目線を移す。


「う〜ん、クレス君が好きだからじゃダメ?」


「ダメ」


「おじいちゃんやおばあちゃんはパパは息子に良く似てる、名前までそっくりだって言ってた。パパがリリアママのお兄さんに似てるから好きになったの?」


「そういうせって……」


 パパの口を勢いよく手で塞ぐリリアママ。


「クレスおじさんがもし生きてたらパパなんて目じゃないほどカッコイイんだろうけどね」


 ユリアの言葉にリリアママはにこやかに笑うと呟く。


「そうね」


「パパもお仕事したらいいのに」


「クレス君には家で帰りを待っていて欲しいけどな」


「なんで?」


 リリアママの表情が曇った。


「クレス君は目を離すとまた私を置いて……」


「ぷはっ! ちょ苦しいって」


 パパはリリアママの声を遮って口に置かれていた手をどける。


 パパは私をチラッと見ると。


「子供は寝る時間だぞ」


「もう私子供じゃないもん!」


 本当にパパの事なんて嫌いだ。


 私はその場を後にしてティアと私が共同で使っている部屋に帰る。





 俺はため息を吐く。


「お兄ちゃん……何処にもいかないで」


「それ何回言うんだよ」


 寂しそうな表情で俺を見つめるリリア。


「いつもお兄ちゃんが私の日常から居なくなる夢を見るの」


「心配すんなって俺はこんな平和な所から逃げたりしない」


「ホントに?」


 膝枕をやめてリリアは立ち上がる。


 俺が横になっている少し大きめのソファーに入り込むようにリリアが隣に横たわった。


 リリアは俺にしがみつくと俺はリリアを抱きしめる。


「お兄ちゃん温かい」


「落ち着いたか? ユリアの前でそんな暗い顔するの久しぶりだな」


「うん、少し疲れてるのかも」


「だろうな」


「お兄ちゃんも剣の勇者とか私のお兄ちゃんって言うことは秘密なんだから」


「悪の剣の勇者が暴れて、それをリリアとリリアのお兄様が命と引き換えに倒したらしいからな」


「世界ではそういう事になってるね」


「俺が今黒剣なんて出して剣の勇者だって事がバレたら世界中から狙われるだろうな」


「お兄ちゃんも大変だね」


「バレる事を指摘してきたユウカ、秘密にする事に賛成したリリア。まぁ俺は平和ならそれでいいんだけどな」


「お兄ちゃん……」


「それにこの世界では魔力無しの英雄なんて異端でしかない、ジークは弟子ながら凄いけどな」


「弟子ってお兄ちゃん殆ど何も教えてないよ、私とユウカちゃんの弟子って言った方がいいんじゃないかなってぐらい」


「たまにお、教えてるし!」


 俺はすぐさま話題を変える。


「……所で明日はティアとユリアの競技大会だな」


「うん、私もユウカちゃんもお弁当頑張って作るからお兄ちゃんも来てね」


「絶対行く!」


 お弁当……。


 明日が楽しみだな!


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