アクアの物語
口の中は生臭い血と土の味がする。
ジャリジャリと気持ち悪い。
なんで勝てないんだ!
魔力無い奴に僕が負ける筈がないんだよ!
そう思えば思うほど苦しくなる。
なんで、なんで、なんでと、負けない筈と心の中で訴える度に答えの見えない疑問が沸いてくる。
見えてないんじゃなく、見たくないんだ。
この現実を。
僕は気絶していたのか、気づいた時にはクレスさんはいなかった。
『お前は俺を舐めてる』
昔はわからなかった、ただ漠然と強い人だなと子供の僕は思っていたが、今でも漠然と強いという印象を受ける。
子供の頃はまだ未熟だった、だけど僕は剣聖なんだ。
相手を漠然と強いしかわからないと言うことは、僕はまだクレスさんの底が見えてないということになる。
口の中の土を吐き出しながら立ち上がる。
『絶対に超えて、リリアさんを迎えに行く』
ここに居ても何もないと城に帰ることにした。
クレスさんは一目見てわかった、昔と全然変わってなかったからだ。
そもそもなんでこの国にいるんだ?
リリアさんに連絡してみるか……無理だな。
最近は特にリリアさんと喋ることも出来ない。
声を聞くだけで心臓が破裂しそうな程にうるさくなって、リリアさんの笑顔を思い出すだけで僕は火照ったように顔が熱くなる。
だからなのかな、クレスさんを言い訳にして今まで踏み出せなかった。
僕はクレスさんと会って負けた時に少しほっとしたのかも知れない。
これじゃダメなんだよな。
でもクレスさんにまず認めて貰わないと。
今回の事でわかった、もしリリアさんに手を出していたとしたら本当殺されていた。
「お帰りなさいませアクア様」
色んな事を考えていたら、城についたようだ。
城に入るとメイドが迎えてくれた。
「あら、アクア帰ったのね」
するとお母様が階段から降りてくる。
何処かに行くのか、やたらと派手にドレスを着飾って気持ち悪い。
「お母様お気をつけて」
「行ってくるわ」
お母様を見送り、僕はすぐさま洗濯場に向かう。
目当ての部屋のドアを開けると、大量の服と布物。
そしてそれを一人で洗ってる人物の後ろで洗い物の手伝いをする。
「あらあら、アンタ毎日毎日こりないねぇ」
「いいだろ、僕も好きでやってるんだから」
僕はこの時間が好きだ、本当の母さんとの二人だけの時間が。
「毎日見張りに来ないでも、もうこの城では私をいじめる物好きはいないよ」
母さんはこちらを振り向かず声だけで会話する。
『アンタのお陰でね、たいした息子だ』
僕が剣聖になった事で今では身分の差を言う人は段々と少なくなっていた。
でもまだ足りない、世界を変えないと。
「僕みたいな子供を無くしたいからね」
「そうだね」
魔法で水を出しながら服が痛まないように手で優しく洗う。
魔法で全てやると服がすぐにボロボロになるからだ。
「リリアちゃんの事で何かあったのかい?」
ふと母さんが悩みを言い当てて来た。
「何でもない……けど」
「けど?」
今日の出来事を隠すことなく母さんに伝える。
「リリアちゃんのお兄さんに全然敵わなかった」
「そうかい、そりゃ負けるよアンタは」
「母さんにはわかるの?」
「アンタがそのお兄さんに愛で負けてるってことさね」
「愛で負けてる?」
それなら絶対に勝てると僕は思っていた。
「実力でもお兄さんは底が見なかったんだろ? アンタを試してたんだと思うけどね、リリアちゃんに相応しいかどうか」
確かに僕が試験の続きをするって言った時にクレスさんは面白いって感じで承諾してた。
「たぶんだけどね、アンタの話だけを聞いてもお兄さんみたいな奴は愛してる人の為なら簡単にポイって命を捨てちゃうんだよ、それで助かった身としては本当に迷惑な話なんだけどね」
「愛してる人の為に命を簡単に差し出すことができる人間」
僕はリリアさんが死にそうになって、僕の命を捧げれば助かるって状況なら命をかけるが、その時に一瞬も躊躇わないかって言われたら正直わからない。
でもクレスさんなら簡単に捨てるんだろうなとも思う。
「母さん、僕はリリアさんを好きになる資格がないのかな」
「人を好きになるのに資格なんか要るわけないじゃないか! まずはお兄さんに認めて貰うところから始めな」
「わかった」
「言っとくけど、剣聖を圧倒する化物なんだよ相手は、間違っても認めて貰うまでリリアちゃんには手を出したらいけないよ」
「僕も命は無駄にはしたくないからね」
「アンタも変な恋をしてるね、父親とそっくりだよ」
「またその話?」
「私はある国のお姫様だったんだよ」
母さんの作り話だと思う。
平民がよく夢見る、私はお姫様だったっていう物語。
でも僕はこれが好きでよく聞いていた。
平民とお姫様の身分の差を考えない結婚。
それが本当なら僕は本当に両親の子供だなと思ってしまう。
「お前のお父さんは城に忍び込んで私の部屋まで来た。その時なんと言ったと思う?」
「なんて言ったの?」
昔から聞くたびに繰り返しているやりとり。
『お姫様、私とお話しませんか?』
「だよ? その時は警備を即呼んでやったね」
「それから?」
「そうだねぇ、久しぶりに私を連れ去った時の事でも話そうかね、あれは……」
楽しそうに話す母さんの物語が好きだった。
二人だけの時間。
母さんの話はいつも僕に元気をくれる。
明日もクレスさんに会いに行こうと僕は思った。
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