嘘つきの代償




 魔族と人族が大群を引き連れて獣族の村に攻めてくる。



「おいジジイそこをどけ」


 魔族の一人が声を出す。


「儂を年老り扱いするな」

 

 獣族達は村の入り口で迎え撃とうとしていた。


「獣王を出せ! さすれば命までは取らない」


 黄金の鎧を身に纏った剣聖が声を張り上げる。


「儂らは獣族! 何があろうとも恩人を差し出すことは命よりも重い罪じゃ!」


「この大群を見て獣王という奴もビビったか? お前らを見捨てて逃げたんだろ」


 山賊のような野蛮な格好をしている剣聖が獣族達を挑発する。


「儂らを侮辱するのは別に構わん、争いになるようなことは避けてきた、臆病者と笑われた事など数へきれんわい」


 老人はハハハと笑う。


 そしてその笑いから一変して真剣な表情を作る。




『だがな若僧、恩人への侮辱は獣族は決して許さん』




 老人の言葉に全ての獣族は色とりどりの魔力を纏うと目の色が変わる。



獣化ベルセルク


 獣の本来の力が出せるようになる獣化は獣族だけが使える魔法。



「バカな! 獣族にそんな力はないはず」


 黄金の鎧の剣聖が叫ぶ。


「獣族はちと特殊でな、誓いがあるのじゃ」


「誓いだと!」


「昔獣族は世界を荒らしていたのじゃ、それは度が過ぎていたようじゃな、普段は力が出せないように女神様は獣族の力を封印した」


「そんな話、聞いたこともないぞ」


「若僧は知らないじゃろうて、その封印を解く方法は恩人の為に力を使うことじゃ!」


 年老いた獣族の目が赤色に燃える。


『覚悟はいいじゃろうな? 若僧共』





 獣族達は圧倒的に不利な戦力差を覆すように個々の強大な力を使った。


「この俺達がジジイ一人に苦戦してるだと!」


 野蛮な格好をした剣聖の一人が声を出す。


 獣族の村長は九人の剣聖を一人で相手しているのだ。


 獣族達は魔族と人族の軍勢を押し返す勢いで戦場を駆け回っていた。


『そこまでだ!』


 大きな声と共に人族、魔族、獣族は足を止め一人の人物へと視線を移す。


 

 そこには右腕を無くしたグロリウスと拘束されているシェリルの姿があった。


「こいつがどうなってもいいのか?」


 静まり返った戦場で響く声。


「薄汚い獣達! 武器を捨てろ、この女を殺すぞ! 早くしやがれ!」


 シェリルは口を布で拘束されて声が出せない。


 老人が前へ出る。


「儂らが武器を捨てたらその娘を無傷で逃がしてくれるか?」


「あぁ」


 グロリウスの言葉を聞き老人は武器を捨てた。


 それを見た他の獣族達も武器を捨てる。


「これでよいか? シェリルや、時間は稼げたわい、儂らはもう覚悟は出来ておる、生きるのじゃ」


 グロリウスは武器を捨てたのを見るとニヤリと笑う。


「やれ」


 一言呟くと戦場が獣族の無抵抗の叫びで覆い尽くされる。


 それを見ていたシェリルは涙を流す。


 獣族達の叫びが消えた後、魔族や人族の悲鳴が聞こえ始めた。


「な、何が起きてる! 獣族は殺したはずだ」


 グロリウスが戸惑いの声を出す。




 シェリルの口を拘束していた布が取れる。


『……獣王様』


 剣聖達の前に黒い線を残し現れた獣王。


「これはなんだ?」


 獣族達のありさまを見た獣王は呟く。


「やることは変わらん、お前も武器を捨てろ! この女がどうなってもいいのか!」


 捕まっているシェリルを見た獣王はグランゼルを捨てる。


「これでいいか?」


「待ってたんだよ、お前には絶望を味わって貰おうとな!」


 獣王が剣を捨てたのを見たグロリウスは斧を高々と掲げシェリルに向かって降り下ろす。


「おまえ!」


 獣王は走り出す。


 その進路を塞ぐように剣聖達が獣王に襲い掛かる。


『リミテッド・アビリティー』


 何もない空間から金色のオーラを纏った黒剣を取り出す。


 剣聖達はその剣を見た瞬間に驚くが、もう止まる事は出来ない。


 一人また一人と剣聖を倒し進んでいく獣王。


 僅か数秒でグロリウスまで到達した。


 黒剣がグロリウスを貫くと同時にシェリルにも斧が深々と刺さる。


「ふはは、復讐は成功し……」


 ニヤニヤと笑いながらグロリウスは倒れた。






「シェリル!」


 獣王は黒剣を捨て、右手でシェリルを支える。


『クロ、シェリルを』


『ダメです、ここまで傷が深いと治りません、斧を抜いて上げてください、痛みを無くすことは出来ます』


 クロの言うとおりに斧を引き抜くとシェリルは淡い緑色の光に包まれる。


「獣王様、そんな顔をしないでください」


「あと数秒俺が早く駆けつけていれば!」


 シェリルの手に一滴の涙が落ちる。


 シェリルは力があまり入らない両手で獣王の左手を取ると自分の頭に乗せる。


「獣王様、触りたそうに、いつもしてたから……今だけ、ですよ」


 ネコミミを撫でると涙を流していたシェリルは照れたようにニコリと笑う。


「獣王様が剣の勇者様だったなんて、驚きでした」


 ポツポツと雨が降る。


「もっと沢山の時間を一緒に過ごして、もっと獣王様の事を知りたかったです」


 その雨は次第に激しくなる。


「もっと、もっと、私の事を獣王様に知ってもらいたかったです」


 無言で獣王はシェリルの言葉に耳を傾ける。


『好きでした、獣王様』


 目をつぶるシェリルを抱きかかえる。





『クロ頼む』


『はい』


 森一帯を緑色の光が包み込む。


『ネクロマナ』


 死者の肉体を魔力に返す魔法。


 雨が降る森の中でキラキラと粒子が彩る。


 ユウの手の中にいる重みもなくなり、右手に赤色のペンダントが落ちる。


 ペンダントを握る拳に力が入る。


『俺がもっと強ければ』


 呟いた一言が雨の音で消える。





「誰じゃ!」


 婆さんが洞窟に入ってきた人族に叫ぶ。


「俺が獣王と獣族を皆殺しにした! お前らは好きに生きればいい! 女子供を手にかけるのは寝覚めが悪いからな!」


 婆さんにペンダントを投げ渡す。


「これはシェリルの!」


「獣王が最後に言っていた」


 獣族達はその人物の顔を見て何も言えなくなった。


『恩を返せと』


 それだけを言い残し、その人族は雨の中へと消えていった。


『何年生きてると思ってるんだい、嘘が下手だよ獣王様』





 雨はまだ止まない。


「ユウ様、もう寝ずに何日も剣を振って何かありましたか?」


 アリアスが雨の中で剣を振っているユウに声をかける。


 無言で剣を振るユウ。



 突然アリアスはユウの剣の軌道上に入り込む。


 ピタッとアリアスの寸前で止まる剣。


「アリアスか? どうした?」


「ユウ様に何があったのか、私にはわかりません、ですが」


 アリアスはユウを抱き締める。


「今のユウ様は見てるだけではダメなような気がします」


「悪いな、心配させて」


 暖かいアリアスの温もりの中でユウの頬を流れる水は雨か涙かユウ自信も分からなかった。


 ユウもアリアスを抱き締める。


「えっ!」


『守れる強さを』


 ユウは心に誓うのだった。



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