2020年5月28日(先負) その2


 りょうの淋しい家路を埋めてくれたのは、活発なやりとりを続ける部のライングループだった。


 総勢20人以上のやりとりは文字列が落下するような速さで、速読の訓練のようだった。

 要旨としては、電車での帰宅途中の部員と分散登校で午前で下校した部員入り乱れてのおしゃべりである。

 以下、スタンプはともかく絵文字は省略とする。


「今年はNコンも無いしな」

(『絶望』というスタンプ)

「ま?」

「まじだよー」

「課題曲来年に持ち越しとかならいいけど」


「それより、今の11年は来年大丈夫か? 下手すると今年の10年も指導しなきゃだぞ」

「そん時は手伝いにきてくださいよーOB様ぁ」

「もちろん来るけどさー」


「差し入れはルマンドを希望する!」

(『なんてあつかましい子』というスタンプ)

「カントリーマァムでもよい」

「是非ともパイの実で」

「食い意地で大喜利するのやめ」


「その前に、そのころまでにワクチンできてるかどうかでしょ」

(『それな』というスタンプ)

「高齢者とか肥満でもないと重症化しないんでしょ? 部活くらいは許してほしいわ」


「野球部とサッカー部とテニス部は練習してるらしい」

「あいつら屋外だもの」

「バレー部とバスケ部は日替わりになりました」

「あー、だから君は今日いたのか」


「次の定演、もしかしたら個別録音で音声編集で重ねたりする感じになるかもね」

「この前のやつか。心細いんだよな」

「ひとりで歌うのきついよねー」

「わかりみしかない」


「マルチトラックレコーディングってやつですか」

「横文字になるとプロっぽくなる」

「それやるなら山下達郎歌いたい」

「喜ぶことじゃないだろう」

「けど、今年は部費で編集機材買うって先生言ってたよ」

「音楽の授業だけでも大変そうなのに、それを覚えるのか間宮先生は……」


「おニューの楽譜はお預けなのか」

「そゆこと」

「一応Nコン用の譜面はもう買ってるらしい」

「どうすんのそれ。無駄じゃね?」

「NHKが何か考えるでしょ。譜面買ったのうちだけじゃないだろうし」

「楽譜もだけど……私ら、どうしたらいいんだろうね」


「いっそのこと宗旨替えするくらいしないと無理かもね」

「宗旨替えって?」

「合唱やめるんだよ」


 『怒り』、『驚愕』、『恐怖』のスタンプがぞろぞろと連なる。


(『……詳しく聞こうか』スタンプ)

(『まて、まだ慌てる時間じゃない』のスタンプ)」


「例えば、オペラをやるとか、ミュージカルやるとか」


「あー独唱メインか」

「そういうこと」

「なんか、高めのハードルを感じる」

「いや、うちならいけるっしょ。音大の声楽志望多いし」


「やるにしても、公開するのはどうするのさ」

「文化祭あたりを目途に」

「それまでに終息してるかが問題か」


「ワクチンなしで終息ってするの?」

「感染した人を全員把握して完治するまで隔離できれば可能。日本にそこまで全力の調査ができるかが問題」


「私無理一人で歌うのこわい」

「そういう子はコーラスパートで……それと新入生の入部希望者は既に間宮先生に直談判に来ちゃってるらしい。彼らもきちんと巻き込みたい」


「オペラってことは、歌うだけじゃないよね。踊るまではいかなくても、演技がつくよね」


「演技しながらっていうか、動きながら歌うのってやばみ」

「それは興奮する的な意味で?」

「いや、ヒマツ飛ばして回りながら的な意味で」

「それな」

「真面目か」


(歌舞伎の黒子のスタンプ)

(ニンジャのスタンプ)


「今のなに」

「こういうマスクをつければいけるのでは」

「黒子が歌うのか(困惑)」

「シノビが歌うでござるか」


「ていあーん」

「はいどうぞー」


「演技する人と歌う人をわける」

「というと」

「歌う人をブースでかこって、その中で歌わせて、それを見せると同時に無言劇をステージ上で展開」

「それは、オーケストラピットとバレリーナ的なことを?」

「そうそう」


「演劇部ーお客様の中に演劇部関係者はー」

「柾目くーん?」


「待って、ガチの部員に電話で聞きます。いったん抜けます」


 りょうは一度ラインから離脱し、明衣に電話をかけた。そして、今のやりとりを概ね伝える。


「無声劇かー。時期も文化祭でしょ? ちょっとウチだと上と相談しなきゃかなあ……。あ、だけどダンス部にも一度振った方がいいと思う。あっちならバレエ経験者とかいるし。堤とか繋がりあるでしょ」


 堤というのは11年ソプラノでダンス部との兼部者である。


「なるほど、ありがとう。じゃまた後でー」

「はいよー」


 スマートフォンの画面をラインに戻す。


「おかえりー」

「どうだってー?」


「ダンス部のバレエ経験者に一声かけた方がいいのでは、とのこと」


「演劇部も今大変だからなー」

「現状、ほぼ演劇部というより公開ズーム部だもんね」


「あっちも文化祭どうする気なんだろう」

「っていうか、文化祭やるの?」


「それこそコロナ次第、いや政府次第か」

「それまでに封じ込めができてるかどうか、ってこと?」

「そうだよ」

「さっきの話か。日本じゃ無理だろ。例の客船の立入検査でアレだよ?」


「いやなよかーん」

「最悪中止か」

「っていうか朝の電車が感染リスクとして見込まれない不思議さよ」


「そうでなくてもうちの学校は中止にしかねない」

「なんで」

「廊下がクソ狭い」

「それな!」


(ドラえもんを呼ぶのび太のスタンプ)

「ほんと、ドラえもん欲しいわ」

「来場者全員にスモールライト当てて強制的に密を回避」

「それ階段上れなくて、だれも音楽室たどり着けないやつだよ」

「本末転倒」


「どっちにしろ、個人練習個人指導が増えるよね。部としての練習というより」

「うん」

「先生の負担か」


「それもある。あと、自宅の壁が薄い問題」

「自主練の最大の壁だよね」

 グループチャットの流れがそこから一瞬だけ早まる。


「壁だけに」

「壁だけに」

「壁だけに」

 これに『ストップ!』のスタンプが付く。


「こういうのだけ元気だな」

「元気だけが取り柄なので」

「せめてカラオケボックス使えれば大きな声出せるんだけどね」


「宅録用の防音機材っていくらくらいするの?」

「福沢諭吉で野球チーム級」

「段ボール製は気休めレベルだから注意ね」

(『豚の貯金箱を前に挫折する人』のスタンプ)

「DIYなら安くなるらしいけど」

「石膏ボードを買って自宅で切るやつか」

「合板と吸音材でもできるよ。3万くらいで」

「どっちにしてもハードル高い。工具買うところからだから」


「っていうか、オペラでもミュージカルでもいいんだけど、どのくらいの規模のをやるのよ」

「基本的に全編やるとしたら2時間半以上5時間未満?」


「提案いいですか」

「はいどーぞ」

「全編やるんじゃなくて、コンサート形式でやるのはどうでしょう」


「どういうこと?」

「歌モノは代表的な曲だけ抜粋して、ソロなり二重唱なりで歌う。お芝居としてつながらない部分はナレーションでつないでもらう」


「……まさか、そこまで考えて演劇部に協力を求めようと?」

「えっへん」

「まじか」

「まぐれだ」

(ずっこけるスタンプ)


「すみませーん、うち、そろそろ予備校でーす」

「うちもー」


「はーい、今日解散で。また何か考えましょう。とりあえず明日、オペラミュージカル案を間宮さんに掛け合ってみます」

「部長がんばー」


 この日の合唱部としてのやりとりは、これまでとなった。

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