第2話 お金が欲しい

 何故自分を殺したのか、もしかしたら山奥へ置いた人間も同じかもしれない。聞きたいことが山ほどある。ついでに、顔の原型を留めないくらい殴っておきたい。


「となると、この恰好だよなぁ。今時、生きてる人間でこんな服着てる奴いないよ」


 どこかに服が落ちていればいいのに。謝思凛シェ・スーリィンは立ち上がった。


 そうだ、ここは山奥。どこぞの山賊が根城にしているかもしれない。彼らが持っている一着を一旦拝借させてもらえば。もちろん、後で返すつもりだ。最悪誰にも会えない時は、行き倒れ亡くなった人を見つけて埋葬し、その服を借りるしかない。それはなるべく、出来る限りしたくない。道理以前に、生理的に受け付けない。


 しかし、四半刻程歩いてみたが、都合よく山賊が現れることはなかった。困った。いっそ上着を脱いで、追いはぎに遭ったという体でいこうか。諦めかけたその時、開けた場所で休憩する男を見つけた。


――しめた!


 おそらく物売りだろう。煙草をふかしながら、酒瓶を呷っている。謝思凛は眉を下げ、人好きのする笑みを携えながら、おずおずと木々の影から顔を出した。


「あの、そこの人。実は」

「あ? ひぃぃッッ僵尸だぁぁぁぁ!」


 説明する間もなく、男は荷物全てを置いて逃げ出してしまった。全く、いくら見た目がこうだからといって、真昼間に堂々と歩いている人間を「僵尸」だなんて叫ぶとは。正解だけれども。


 仕方ない。荷車に腰を下ろし、男の着替えらしい服を一着引っ張り出す。その下に、手紙が一枚挟まっていた。


「おっと……ふぅん。李浩明リィ・ハオミンさんね」


 名前を知ったからと言って、なんてことはない。明日には忘れるだろう。立ち上がり、荷車に向かって拱手する。


「李浩明さん、有難う御座います。新しい服を手に入れたら、すぐ返しに参ります」


 当の本人はいないのだが、この分ならしばらく荷車はここにある。謝思凛はゆっくりと着替え、仕上げに漂亮と桃剣を腰から下げ、満足気に頷いた。脱いだ死者用の服は、近くの木の下に埋めた。


「丈が短いけど仕方がない。とりあえずこれなら、ちょっと色白の人間だ。爪は……鋏を買うとしよう」


 ここがどこの山かも分からないため、とりあえず下りの道を進んでいく。服も鋏も、とにかく金がいる。食料は……恐らくいらない。丹を練るのに、水分くらいは摂取した方がいいかもしれないが。魂と丹を完全に備えている僵尸など前例が無く、どう対処していいものか。自分自身に降りかかるなんて思いもよらなかった。


「お、あったあった」


 下山したところで、ぽつぽつと家が点在する道に出た。真っすぐ行くと、石で出来た門が歓迎し、町に着いたことが分かった。石壁に「白白西はくはくせい」と書かれている。てっきり、住んでいた涼花城塞りょうかじょうさいに近いところであると思っていたが、聞いたことのない場所で少々困惑した。耳の後ろを指の腹で軽く擦る。


「なんでだろう……俺が倒れていた所に墓も無かったし」


――元々墓なんぞ無く、あそこで殺されて放置された? ううん、それだとこの恰好や私物を丁寧に置かれていた理由が説明出来ない。それなら、墓から掘り起こされた……そして、本来の墓がある場所からあそこへ移された。こっちの方が辻褄が合うけど、誰が、なんの為に?


 実行者にとっての利点が見当たらない。死体を掘り起こすだけで悪趣味であるのに、わざわざ遠い所まで運ぶとは。どうせそこまでするなら、服装もまともなものにしてほしかった。


「まぁ、まずはお金かな」


 今の現状で分からないものを考えても時間の無駄になる。店が並び人の往来も多い場所で立ち止まり、謝思凛は護符を一枚取り出して壁際を陣取った。


「さぁさぁ皆さん、珍しい芸が始まります! 買い物の休憩にでもご覧になってください」


 すると、近くの数人が振り向くが、たいして興味を示さない瞳でまた歩き出す。謝思凛は気にせず、護符を空へ投げ、そこへ向かって右手の人差し指と中指を二本伸ばした。途端、火の輪が空中に登場する。これには、たまたま目にしただけの通行人たちも歓声を上げた。


「わぁ!」

「まだまだ、これからですよ!」


 にっこり笑みを浮かべ、漂亮を抜き、とんと軽く飛び上がると、人の背丈より高い火の輪を潜り抜けた。家の屋根程の高さで止まると、今度はゆっくりと下りていき、剣先で火の輪をなぞってすっかりと消し、優雅に剣の舞いをしながら地面へと着地した。


「おおおお! お前も見てみろ、すごい大道芸をやってるぞ」


 どんどん観客が増えていく。謝思凛が道すがら拾った缶を前に置く。さっそく数枚の札が入れられた。追加の護符を、今度は漂亮に当て滑らせる。瞬く間に炎を纏ったそれになり、剣技を見せるたびに拍手が送られた。


 あまり長くいて目立ちすぎるのもよくない。適当なところで両手を組み、観客へ頭を下げる。一番の歓声が沸き、満足の得られる結果で終えられた。缶を拾い上げ歩き出そうとしたら、一人の男が近づいてきた。


「もし、道士様でいらっしゃいますか」

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