第5話

 次の日の朝、相原は日課の朝のランニングに出かけていた。


(結局縁野さんのことが頭から離れなかった……)


 心理学の授業のことがあり、なかなか縁野のことが頭から離れなかったのだ。


(こんな時はやっぱり走るに限る! 自分を追い込んで考えないようにしよう)


 そんな風に考え、うぉおおおおおおと奇声を上げながら、朝の街を駆け抜けていった。


 しばらく走り続け、大学の近くの住宅街を通りかかった頃にこの二日良く見る顔に出くわした。


「げっ! また縁野さんだよ……昨日までならいざ知らず。なんで今日もまた出くわすかなぁ。アレ?」


 縁野は道路の端の方で、一人の男に絡まれているように見えた。そしてそれはあまりいい雰囲気には見えなかった。


「もう良いじゃない。別にもう私達付き合ってるわけじゃないだから」


「良くないよ。僕はあの一件でかなり傷ついたんだ。謝罪してくれよ」


 声が聞こえる距離まで近づいたが、縁野からは死角になっていて相原には気づいていないようだ。


(修羅場!? 修羅場なのか!? これは貢がせた相手との修羅場なのか!?)


 気になって話を盗み聞きするような状態になってしまったが、それでも興味の方が勝ってしまい話を聞き続ける相原。


「そうだ。君に貢いだ金。返してくれよ。付き合ってたから出してやったけど、そうじゃないなら意味がないからね」


「貢がないでって言ったら別れたくせに、随分な言い草ね。良いよ? 返してあげる」


(おや? なんだか聞いてた噂と話が違うような……)


 男の方はどうやら元彼で、縁野は貢がないでと言っていたようだ。これでは男に金を貢がせるビッチだという噂は違うのではと悩み始める相原。



「ふん! ふざけやがって! 金さえ返せば良いという態度が気に入らないなこの女!」


 険悪な雰囲気の中、とうとう元彼は縁野に手を出そうと腕を振り上げた。そしてその瞬間、相原の体は反射的に動いていた。


「それは違うだろ?」


 縁野の前に立ち、男からの攻撃を受け止める相原。


「誰だお前!?」


「相原君?」


 突然目の前に走りこんできた相原に驚く元カレと縁野。


「どういう事情か詳しくわかんないけど、どんな理由であれ男が女に手をあげるもんではないでしょ?」


 毅然とした態度で接する相原に、元彼はひるむ。


「お、お前には関係ないだろう? こっちの問題だ!」


「いいや関係あるね? 元彼か何か知らないけど、彼女は僕の大事な人だ」


 この場を切り抜ける為についた嘘だ。縁野には後から謝ろうと思いながらも、はったりにしても我ながらくさいセリフを吐いてしまったと相原は内心恥ずかしかった。だがその言葉を聞き、隣でやり取りを見ていた縁野は目を輝かせた。


「そうよ! 相原君は今の彼氏だもの!」


「!?」


「!?」


 相原と元彼は同時に驚いた。


 そして元彼はお前も驚くのかよと縁野に向き直る。


「いや彼も驚いてるみたいなんだけど、ホントにそうなの?」


「私は相原君のこと良いと思ってたし、彼も私を大事な人って言ってくれたんだから、もう彼氏と言っても過言じゃないわ!」


「いや過言でしょ」


「過言です」


 男二人からツッコミを入れられ、むぅと顔を膨らませる縁野。


「もう良いや……何か白けた」


 元彼は縁野に興味を失ったようで、呆れたように目を伏せた。


「金ももう返さなくて良いよ。どうせはした金だったし」


 いいんかいと内心思う縁野と相原だったが、返さなくて良いと言っているものをわざわざ蒸し返そうとも思わず、そのまま受け入れることにした。


「大学なんてテキトーに遊んで過ごそうと思って単位の取りやすいここを選んだんだから、さっさと君よりいい女見つけて残りの大学生活楽しむとするさ」


 そう捨て台詞を吐いて立ち去ろうとする元彼。


「うんそっか! じゃあお互い残りの大学生活楽しめるように頑張ろうね!」


 と全く嫌味を感じさせない態度で手を振る縁野に、ふんと鼻を鳴らして元彼は去っていった。



 少しの沈黙が流れ、相原と縁野はお互いに見つめあう。


「相原君ありがと。助けてくれて」


「いや、何か偶然通りかかってほっとけなかったからさ」


「そっか。それでもありがと。助けてくれる為にあの場で嘘までついてくれたんでしょ?」


 相原の気持ち的には実は殆ど嘘ではなかったが、かなり恥ずかしかった為そのまま嘘だということで通すことにした。


「うん。でも縁野さんにケガ無くて良かったよ」


 微笑む相原に、縁野は嬉しそうに笑った。


「それにしても、相原君は何してたの? 何か学校に来る時とは装いが違うね?」


「あぁ。今日は午前の授業が無かったから、日課のランニングを少し長めにやってたんだ」


「へぇ! ランニングが日課なんだ?」


 相原の体をじっと見た縁野はそのまま、すっと手を伸ばし相原の体に触れた。


「え、縁野さん!?」


「あっ! ご、ごめんつい。何か普通の服着てる時には気づかなかったけど、良い体してるんだね相原君」


 相原はランニングウェアを着ており、体のラインがはっきりと出ていた。


「こらっ。だからって男の体に気やすく触らない」


「えーでも男の子だっておっぱい大きい女の子がいたら触りたくなるでしょ?」


「うんまぁ分かるけど、それ実際にやったら通報ものだからね?」


「確かに。まぁ私はCくらいしかないからそんなに触りたくならないかもだけど……」


 服の胸の部分を引っ張り、自分で確認する縁野。その瞬間胸の谷間が相原から見えた。


(そんなことはない程よい大きさだ。だが女の子は胸じゃない太ももだ)


 良くわからない思考に陥りトリップする相原。


「でもランニングって良いなぁ。私も痩せたいから走ろうかな? 最近太ったんだよねぇ」


 ミニスカートの丈を少しめくり、自分の太ももをつまむ縁野。


(凄く良い太ももだ。あの太ももに挟まれたい)


 さらにおかしい思考に陥ったところで縁野は相原に声をかけた。


「ねぇ相原君! 日課ってことは毎日走ってるんだよね? 私も一緒に走っていい?」


「え? 良いけど……」


「やった! じゃあ連絡先教えてよ! 今日は私はこれから授業だから、また連絡するね?」



 予想外の提案に二つ返事で返してしまう相原、そして翌日一緒に走りに行くことになったのだった。相原はまたランニングに戻り、うぉおおおおおおおと奇声をあげながら走り出した。その付近ではしばらくして、奇声を出しながら走り去る『ターボ男』という都市伝説が生まれた。


「打算なしで好きになっちゃった……」


 相原と別れた後、大学に向かいながら縁野はそう呟いた。






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