勇者、新居を構えるなら高級住宅の豪邸で、できたら町内会役員が回ってこないところがいい
廃屋にいた奴らも、一人ずつ出てきて一個ずつスウィカを買っていった。
そうだそうだコール以外、ずっと物静かだったが、彼らは老婆にお金を渡す時も無言を貫き通し、俺達だけでなく同じ町民であるはずのマーロとかいう奴とも目を合わせようとしなかった。感情表現と呼べるものは、スウィカを手にした瞬間、ちょっと嬉しそうに頬を緩めたことくらいだ。
何故普通に並んで買わないのか、不思議に思って廃屋内を覗いてみたら、皆して壁を向いて蹲っていた。なるほど、ますますわからん。
「さっきも言ったろう? こいつらは、町の中でも特に人と接するのが苦手な奴らばかりなのさ。家族以外の者は、まともに顔を見ることもできんのよ」
俺のイケイケフェイスに浮かぶハテナマークを読み取ってくれたらしく、老婆が解説してくださった。
「ここまでくると、コミュ障を通り越して対人恐怖症の領域ですねぇ……お婆さんみたいな方がこのような形で市場を開かねば、皆様飢えて死んでしまうかもしれません」
一緒に廃屋内を覗き込んでいたパンテーヌが、興味深げに溜息をつく。
「市場!? これ、アガリカ町式の市場なのか!?」
「そうだぞ?」
俺の問いかけに、ラクスが当然のように答える。
「アガリカ町の者はほとんどが超のつくコミュ障だから、この婆さんのようにまともに人と対話できる数少ない者が、こうして密かに食料品や生活用品を売っているそうなんだ。私達も噂には聞いていたが、実際に市場を見るのは初めてだ」
「町民の皆様がやたら威圧的な格好をしているのも、他人に話しかけられないようにするためなんですよ。あ、町の外観についても同じです。ひどく荒れた感じに見せかければ、余所者は寄り付かないでしょう?」
パンテーヌからも補足説明されると、俺は脱力して地面にへたり込んだ。
まじかよ…………てっきり裏社会反社会闇社会的な暴力と犯罪渦巻く、デンジャラスでクライシスなダークタウンかと思っていたのに。
まさか超絶コミュ障達がひっそり生きるために、孤立する工夫を凝らしていただけだったとは。無駄に怯えて損した!
「なぁんだ、この荒廃した雰囲気は偽りでしたのね。エージ、移住計画は白紙に戻しますわ。わたくし達の愛の巣は、風情のある本物の廃墟でなくてはいけませんもの」
インテルフィは俺以上にガッカリしたらしく、投げやりな口調で吐き捨てた。
白紙に戻すも何も、こっちはひとっつも了承してねえっつうの。廃墟になんか俺は興味ないから、一人で蜘蛛みたいに勝手に巣作りしてろ。
流れ作業式に全員にスウィカを売り終えると、婆さんは最後まで残っていた入墨ロン毛男、マーロにやっと再び目を向けた。
「何だマーロ、まだいたのかい。ああ、そういえばお前は……」
「いやそのほら? 婆さん、これを一人で家まで持って帰るのは大変だろ? だから俺が手伝おうと思って……」
もごもごと口籠りながら、マーロが言う。
最初にインテルフィに突っかかったところといい、廃屋にいた奴らに声をかけてくれたところといい、こいつは他の連中に比べてコミュニケーションスキルが高い方らしい。
婆さんはそこで初めて穏やかな表情となり、俺達を枯れ枝のような指で差して告げた。
「ほう、そいつは有り難い。おお、そうだ。親切のお礼に、お前がこのお客人達の手助けをするなら、もう一つスウィカをくれてやろう。この町で人にものを尋ねるのは、余所者にとって大変……」
「ハイ、ヨロコンデー! マーロ、やりまぁす!」
婆さんの言葉が終わらぬ内に、マーロはスウィカを天に掲げ、フリフリと腰を左右に振って快諾した。
動機は不純だが、地元民が協力してくれるのは心強い。自分達だけではかくれんぼみたいに身を潜めているらしい住人を探し出すだけで苦労するだろうし、何とか発見できてもコミュ障揃いだというから話をするどころではなさそうだ。ここは婆さんとマーロに、有り難く甘えるとしよう。
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