猫の巫女と自暴自棄陰陽師
鵙の頭
第1話 猫の巫女は恐怖に怯える
巫女である
妖怪退治は現代における巫女の主な仕事の一つだ。それは、夜知自体も重々承知しているし、それが自分のするべき仕事なんだろうと、頭では理解している。
ちゃんと頭では、理解しているのだ。
「夜知さんの格闘スキルは素晴らしいものですからな。今回のお仕事も、一瞬で終わらしてくれることでしょう」
夜知が仲介人から依頼を受け取った時、仲介人は夜知にそんなことを言った。それを言われながら依頼書を受け取ると、まるで自分が殺し屋なのではないかというような感覚に襲われる。
人間は、妖怪を恐れる。
それなら、妖怪から恐れられる自分は、一体なんなのだろうかと。まだ齢十八の自分自身に、問いかけることがある。
目の前には、森の中の少し開けた広場で、体長一メートル程の小さいおじさんの様な見た目をしている妖怪――
つまり、この妖怪が悪さを働いたから、夜知はこの妖怪達を殺さなければならなくなった。
そう思うと、目の前の妖怪達が更に忌まわしく感じた。
「……餓鬼の群れ。目測で、約一〇体」
自分の心の中で暗く黒い感情が渦巻くのを感じながら、誰にも聞こえずとも状況を分析する。
目の前に餓鬼達がどれくらいいるのかを確かめて、そして自分がどのように動けばいいのかを頭の中で想像し、行動に移る。相手に気付かれる前に、確実に仕留めることを心掛ける。いくら、日頃にどれだけ訓練している巫女だからと言っても、相手は不思議な力を使う妖怪だ。気を抜けば、あっさり殺されてしまう。
ただ、ここで死ねば自分はまだ人間の範疇に収まるのかもしれない、なんていう気持ちも少しだけ湧きあがる。夜知は最近、自分が本当に人間であるのか分からなくなってきていた。その原因は、彼女自身の巫女としての能力にある。
動きやすく改造している巫女服の袖を捲ると、びっしりと字が書いてある自分の腕が見える。右も、左も。足も、左右とも。
私は、
遅くても六歳の頃には、憑巫としての才能が開花していた。
神の四肢を、私は自分の手足のように扱えた。それは、代々憑巫をしている私の家系の中も、特異な体質だった。
私が四肢を明け渡したのは、
私は自分の手足を、明け渡した。
その時から私の体は変わった。高いところから落ちてもなんともない。危険な時には手足が勝手に動いてくれるから、男の人に囲まれても大丈夫だ。
だから、私は本当に自分が人間なのだろうかと、時々自問する。
「……っ」
懐から取り出したお札を、右腕に貼る。右腕に描かれている文字が、赤く光った。やがて左腕、そして両目も赤色になる。
私の中の神が目覚めた証拠だ。
私が持っているお札は、この一枚で終わり。他の
だって私は、神様に体を捧げているから。
完全に人間であることを拒んだ存在だから。
「行くよ、逸猫」
今いる茂みから、餓鬼達がいる広場まで一〇〇メートルくらいか。私は、四つの足を地面に着けて、口を開ける。
「逸猫の術――
私の四つの足がその瞬間、爆発的に地面を蹴った。体は宙に舞う。
一〇〇メートルを、まるで自販機のボタンを押すかのように軽く移動し、そして餓鬼の集団の真ん中に着地した。
四つ足で、音も立てない。
「まず、一体」
神様に明け渡している足で地面を蹴ると、目の前の餓鬼に向かってまるで銃弾のようなスピードで飛んでいく。真っすぐと首元を狙って牙を立て、噛み千切った。
「がうっ!」
その餓鬼の体を蹴ってバク転し、後ろにいる餓鬼の頭を蹴り飛ばす。
口の中で、さっき齧った餓鬼の匂いが充満した。臭い。
「次!」
その右にいる餓鬼に飛び乗り、仰向けになったそれに覆いかぶさる。
後足の膝を腹に叩き込んだ。多分仕留めた。
「次!!」
そいつの後ろにいた餓鬼の腹に、四つん這いのまま突進する。逸猫の、神憑り的な脚力で頭から突っ込むと、腹が破れて向こうの景色が見えた。
「次! 次!! 次!!!」
爪を突き立てれば割れて、蹴れば破れて、まるで水風船みたいだ。
「どいつもこいつも、よええんだよ! 殺されてばかりで、たまには殺し返してみろよ!」
自分の力が嫌いで、心が痛くて、それでもここにしか居場所はなくて。気分屋の猫を背負って、嫌なことを考えるのは、いつも人間の自分で。それなのに、周りは憑巫としての自分しか見てくれない。
いつから、いつから私は。私の価値は、この体だけに。
――私の価値は、この体だけに。
「私の苦しみなんて! 誰も分かってくれない! 魂を無視される感覚なんて、誰も!!」
誰も私なんて見ない。私を通して私の中の猫しか、誰も。
全部、全部分かる。それなのに。
なのに、誰も分かってくれない。
日々、逸猫として接される感覚が。自分の、月笠夜知の魂が薄くなっていく感覚が。一日の十分の一を四つ足で過ごす感覚、自分の中に猫がいる感覚、自分の手足に文字が書かれている感覚、朝も夜もハッキリと物が見える感覚、どれだけ無意識につまずいても、絶対に転べない感覚。それが、それらが。
私の中で、当然になっていく感覚。
絶対に誰も分かってくれない。私には分かるのに。それが人間の中で、私だけが分かる感覚だとするのなら。
それって、果たして。
私は、人間なのだろうか。
神、逸猫、憑巫、一族の誇り、人間、女性。
いったい、私はどれ?
「はぁっ……、はあっ……」
気付けば私は、十体の餓鬼の死体に囲まれていた。
自分の体は、餓鬼の赤黒い血で濡れていた。
「あっ……、はあっはあっ……。終わってる……」
今自分が何をしているのか考えていられないくらいに、感情が爆発していたみたいだ。自分が今、どれの命を奪っているのか考えられないくらいに。
もう命を奪うのも、慣れたものだと思った。
初めは、餓鬼を殺すのだって、全身が震えたものだったのに。
「……考えるのは止めよう」
自分が人間から遠ざかったことなんて、考えても無駄だ。
私はまだ、人間から遠ざかる、用意なんて出来てないなかった。
「うわぁ、酷い有様だなこりゃ。これ、あんたがやったの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます