第3章 追放された暗殺者の皇子が、敵国の王女と婚約するまで

第35話 食材が届かない!

◇◇


 リゼットたちを追い払い、今度こそ爆睡するために館のロビーまで戻ってきたのだが、また新たな問題に頭を悩ませることになってしまった。


「なに? 全員、辞めただと……?」


 なんと逃げ出した侍女たちが誰も戻ってこないというではないか……。

 館には俺、メアリー、アンナの他に、料理人のレオと図書室のドギーしかいないらしい。


「ふんっ! 薄情なヤツなんて、こっちから願い下げよ! もし戻ってきたって追い払ってやるんだから!」


 シャルロットはそう強がっているが、残された方はたまったものではない。

 彼女の身の回りの世話から、広い館の掃除、モンブランの散歩、館に出入りする商人たちの相手、食事の準備――これまで10人の侍女でも、いっぱいいっぱいだったんだぞ。それがたったの3人で、どうすればいいのか……。


 うむ。考えるまでもないな。


「シャルロット。これからは『わがまま』をなくしてもらう」


 そう、これしかない。

 なぜなら侍女たちの仕事のうち、半分以上は、シャルロットのわがままに付き合わされることだったからな。


「はぁ!? 何よ、それ!? まるで今まで私のせいで、侍女たちが忙しくしてた、みたいな言い草じゃない!!」

「自分でもよく分かってたんだな」

「んなっ……! あんたねぇ。ちょっと偉くなったからって、そういう態度は――」

「ああ、話し中悪いんだが、ちょっとまずいことになったぞ」


 シャルロットの言葉を遮ったのは、料理人のレオだった。

 新進気鋭の若手料理人――という触れ込みの割には、やる気のなさそうな身だしなみと無精ひげ、さらに眠そうな目が特徴のおっさんだ。


「どうした?」

「食材が届かねえ」


 いつもなら、3日にいっぺん、王宮から野菜やら肉が送られてくるらしいのだが、それが今日はきていないというのだ。


「クソババアの仕業か……」

「クソババア?」


 目を丸くしたメアリーをそのままにして、俺はレオに問いかけた。


「どうしたらいいんだ?」

「王宮を出て、市場へ買い出しに行く必要があるな」


 俺の意志は口に出すまでもないが、はっきり言っておいた方がいいよな。


「そうか。じゃあ、後は頼む。俺は寝る」


 メアリーがあからさまに眉をひそめたが、俺には関係ない。

 俺の仕事はシャルロットを守ること。

 料理を守るのは料理人の仕事だろ?


「私も寝る。クロードと一緒に」


 アンナが俺の袖をくいっと引く。頬を赤らめて上目遣いで見てきた。

 彼女は以前からそうだが、こうやって時々甘えてくるクセがある。

 だがアンナはシャルロットと同じ18歳だ。いつまでも甘えん坊ではいけない。

 それに俺は一人で寝るのが好きなんだ。


「アンナ。ここは俺だけが寝る。アンナはシャルロットの相手をしてるんだ」

「嫌。前みたいに一緒にくっついて寝たい」


 おい、ちょっと待て。確かに極寒の地での任務では、肩を寄せ合いながら暖をとったこともあった。だがそんな誤解を招くような言い方をすれば……。


「はあぁぁぁぁ!? い、い、一緒にくっついて寝たことあるですってぇぇぇ!? あ、あ、あ、あんたたちは、いったいどんな関係なのよ!」

 

 ほら、見ろ……。シャルロットが顔を真っ赤にして大声を張り上げてきたじゃないか。彼女は想像力が豊かなんだ。あれやこれやと、いらぬ妄想をかきたててしまったに違いない。

 だがアンナは平然と言い放った。


「ずっと一緒にいた。これからもずっと一緒にいる。そういう関係」

「誤解するな。仕事が一緒だっただけだ。そして今も同じ仕事をしている」


 一応弁解を試みたが、もう手遅れだったみたいだ……。


「クロード!! あんたが食材を買いに行きなさい!! アンナはここで留守番よ!! いいわね!!」


 あーあ、やっぱりこの展開になったか。

 王宮の外に出るなんて数か月ぶりだぞ。変なことに巻き込まれなければいいんだけどな。

 

 だが話はそれだけでは終わらなかった。

 シャルロットがふいっと顔をそらしながら、小声でとんでもないことをつぶやいたのである。


「……一人じゃ不安だろうから、私がついていってあげるわ。ったく、仕方ないわね」

 

 何かが起こる予感しかしないな――。


◇◇


 ――とにかく目立たないようにしてくれ。王女が王宮の外にいるとクソバ……王妃に知られてみろ。たちまち町中の警備兵に取り囲まれちまうからな。髪型、服装、アクセサリー……全部、地味にするんだ。いいな?


 館を出る前、シャルロットの着換えを担当するメアリーに、俺はそう伝えた。

 それなのに……。


「なによ? 人のことジロジロ見て」

「いや、あのな……」


 それ以上は口にするのをやめた。

 確かに特徴的なツインテールは、後ろでお団子に結わいて目立たなくしている。

 しかし工夫らしい工夫は、ほんとそれだけだ。


 つばの大きな羽根つき帽子、巨大なサングラス、いかにも高そうな花柄のワンピース、白くてフリフリのついた大きな日傘、シルクの手袋に、赤いルビーのついたネックレス……。


 遠くからでも、どこぞの令嬢だと分かってしまうほどに派手な格好じゃないか。

 しかし今からもう一度着替えなおしていたら、文字通り日が暮れてしまう。


「ふふ。じゃあ、行きましょうか♪」


 単に食材を買いに行くだけなのに、なぜか上機嫌なシャルロットを馬車に乗せ、俺は御者台に座る。御者も騒ぎに乗じて消えてしまったらしい。


「メアリー、アンナ。あとは頼んだ。誰かきたら上手く対処しておいてくれ」


 シャルロットとは正反対に不機嫌なアンナがぼそりとつぶやく。


「大丈夫。殺すから」

「あはは。アンナったら素っ気なく面白い冗談を言うのね」


 メアリーは軽く笑い飛ばしているが、アンナは冗談を言える性格ではないぞ。少しでも怪しいヤツがきたら、虫を使って即死させるに違いない。だからこそ安心して留守を任せられるのだから皮肉なものだが……。


「とりあえずいってくる」


 さてと。王宮の門まで小一時間といったところか。

 眠気も限界にきてるし、馬を操りながら寝ていこう。

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