第21話 富岡しのぶという小娘――
ここまでのおさらい。
なんでも屋としての仕事を受けるため、とあるゴミ屋敷を訪れたら昔なじみの凛子と思わぬ再会し、仕事を取り合うように原因の謎の異空間に突入したら、なんやかんやあって、巨大な出来損ないの巨人を倒すはめになった。
肉体労働は肉体労働でも、ゴミ掃除がゴミ退治になるとかホント笑えない。
そうして凛子の言う『幻想の核』を探しまわること一時間。謎の異空間に突然ドアが現れて、中から一人の女子高生が現れた。⇦いまここ
「きゃっ――!?」
と思ったらバランスを崩してゴミ山から転がり落ちた。
まさか本人もゴミ山の上に立っていたとは思わなかったのだろう。
ガラガラと崩れる足元から淡い青色の燐光が巻き起こり、少女の身体を支えなければきっと大惨事になっていたに違いない。
額に汗を浮かべて、肩口で切りそろえられたセミロングの茶髪が小さく揺れる。
どうやら走ってここまで返ってきたのだろうか。ハァハァと肩で堰を切るように吐き出す様はどこか弱々しく見えた。
(おいおい大丈夫かよアレ、今にも死にそうじゃねぇか)
「何見てんのよ、あんた。バカにしてんの」
睨みつけるようにこちらを見つめるブラウンの瞳と目が合った。
ギラギラとした剥き出しの敵意がこの異空間と反応して言いようもない重圧を生み出す。けれども威勢のわりにはその声色に覇気がなく、顔色も若干悪いように感じるのはきっと気のせいじゃない。
(明らかに本調子でないなありゃ。幻死症の影響が色濃く出てやがる)
すると――、背後から動く影がわたしを横切り、今まで固まっていた順太郎がしびれを切らしたように少女の元へと駆け寄っていた。
「しのぶっ!!」
父親らしく、娘の安否が気になっているのか忙しく娘の状態を確認する順太郎。
腕や足に怪我がないか確認しては、時折黒縁の眼鏡を押し上げてはあからさまに大きく息をついてみせる。
「ああよかった無事だ。でも、しのぶ、どうしてお前がここに。まだ病院にいる時間のはずじゃ――」
「なんだか嫌な予感がして戻ってきたの!! それより……ねぇお父さん。これはどういうこと? どうしてお父さんがここにいるの?」
問い詰める口調にナイフのような鋭さが混じる。
明らかに怒っている。その証拠に僅かに順太郎が息を詰まらせるが、しのぶはそんなこともお構いなしに吠えるように一歩前に進み出て、声を荒げてみせた。
「ねぇ、もうあたしには構わないでって言ったよね!!」
「い、いやそれは――」
「いつもあたしを放っておいたくせに――なんで今日に限ってかまってくるの!?」
睨みつけるように実の父を一喝すると、シュンと項垂れて小さくなる順太郎の肩が情けなくしょげ返った。
父親ならもっとバシッと言い聞かせてもいいようなもんだが、どうやらそんな気概はないらしい。
そうして目に見えて無抵抗を貫く父を叱りつけ満足したのか。小さく鼻を鳴らすと、その鋭い視線の矛先は今もなお胸を寄せ揚げるようにして腕を組み、一部始終をただ傍観していた凛子に向けられた。
ズンズンと勇ましい音を立てて距離を縮め、見上げるような形で凛子を睨みつける富岡しのぶ。
その口調は父親の時と比べて幾分か柔らかく、そしてどこか落胆をにじませているような響きがあった。
「ねぇ凛子さん。あたし、凛子さんにも、ここには入らないでって言ったよね」
「ええ、たしかに聞きましたわ。ですがそれはあくまで仕事抜きの話ですわ。聡い貴女ならこれがどういう意味か分かりますでしょう?」
「……そっか。ついにご近所さんから苦情が来ちゃったんだね。……依頼内容はなんて?」
「この溢れ返るゴミ山を片付けろ――とだけ。それに今回はそうもいっていられない状況ですので勝手ではありますがこちらの判断で入らせてもらいましたわ」
すると凛子の言葉を聞いたしのぶの表情が僅かに強張り、下唇を噛むようにして何かをこらえてみせた。
「でも、一体どうやって入ったの? ここにはあたししか入れないはずなのに……」
「……『幻想』対応型アーキテクチャ。失礼ながら前回の接触の時に貴女の『幻想』を観測させていただきましたの」
そう言って凛子が胸ポケットから取り出したのは例の葉巻サイズの白い棒だった。
「これさえあれば、貴女がどんな場所に異空間を発生させようと干渉することができますわ。……ただ、あくまで干渉のきっかけを与えるだけにすぎませんが」
どうやらあれはただのハイテク機械という訳ではなかったらしい。
そう言って肩をすくめてみせる凛子の表情には僅かな自嘲気味な笑みが、自分の力不足を嘆いているようにわたしには見えた。
するとその頼りない言葉に反応するように遠巻きに見てた順太郎が息を吹き返したのか。取り繕うようにしのぶの周りに言葉を紡ぎ始めた。
「しのぶ。この人たちはな、お前のために来てくれたんだ。ほら前に話した――」
「知ってる。なんでも屋さんでしょ。凛子さんは病院で、そこの優しそうなお姉さんはこの地区に住んでたら知らない人がいないくらい人気だもん」
そう言って吐き捨てるようにしてみーちゃんを睨むしのぶ。というか――
「……みーちゃん。女子高生にまでああいわれるって、いったいこの二年でなにをしたん?」
「ふふっ、なんて事のない仕事の日々だよ。ただ二年間引きこもってた神無ちゃんとは違うんだよ?」
おおっと、なかなか棘のあるジョークですねそれ、すっごく心に刺さりますわ。
「だったら、わかるだろう? お前はもう本当に危ない状態なんだ。病院の結果だってどうせよくなっていないんだろう。この人たちならきっとお前の病気の原因を見つけてくれる。だから――」
「だから、なに? どうせお父さんはなんであたしがこんな状態になってるかちっとも理解できてないんでしょ。だったら――お父さんは黙っててよ!!」
勇気も虚しく娘の拒絶ともいえる怒号に、何も言えなくなる順太郎。
おそらく図星なのだろう。
一瞬だけその生真面目な顔に反論の色が灯るが、すぐに飲み込むように言葉が喘ぎ、口を塞いでしまう。
まったく情けないことこの上ない。父親ならもちっとまともに躾けておけと思うのはわたしだけだろうか。
ああいう年頃の娘は干渉されるのを嫌がるだろうが、それでも親なら何とかしろと思ってしまう。
すると、しのぶの視線がねめつけるようにわたしたちを観察し、その視線がとある一点で止まった。
「――ッ!? ちょっとなにしてるの!!」
悲鳴に近い声を上げてズンズン前進してくるしのぶ。
彼女はまっすぐ私の元に走り寄ると、まるで強盗にでもあったかのような鬼気迫る表情でわたしの右手に手を伸ばした。
「なんで、なんでよりにもよってアンタみたいな部外者に――ッ!!」
「あん? なんだこの下手糞なぬいぐるみ、お前のなのか?」
「――ッッッ!! 汚い手で触らないで!!」
失礼な、という前にとびつくようにわたしの手からぬいぐるみを奪い取られた。
よほど大切なものなのか。その不格好なぬいぐるみを後生大事そうに胸元に抱えるしのぶの顔色に幾分かの余裕が戻ってくる。
大きく深呼吸し、息を吐き出すしのぶ。
そのブラウンの瞳に明らかな拒絶の色が浮かびあがる。
「わたしは誰にも邪魔されたくないの。今回だけは見逃してあげるから出てって」
「ですが、しのぶさん。このままだとあなたの身体が」
「そんなの凛子さんには関係ないことでしょ。わたしはこのまま死んでも構わないの!!」
ボソボソと吐き出された呟きは、誰に対してのものだったのか。
凛子の言葉がしのぶの琴線の何かに触れたのか、叫ぶような拒絶の言葉が空間そのものを歪ませる。そして――
「おかあさんとの思い出を汚さないで!!」
もはや異界と化した異空間は部屋の主が現れたことで完全な制御を取り戻しつつあった。
グニャグニャと歪む世界は彼女の精神の不安定さを表しているのか。
突如、何人の接触も拒絶するかのような突風が吹き荒れ――足元が掬われる。
「きゃっ!?」
「ふえ?」
「うおおおおおおおあああああああああああ!!」
凛子、美鈴、順太郎の順に体が宙に舞い、見えないロープに引っ掛けられるようにわたしの身体も宙に吊り上げられる。
「うおっ!? まじかッッ!!」
魔力でブーストを掛けているわたしでも耐えられない干渉力。
それは物理法則の有無を無視した、異常な現象だった。
重力を無視した身体は、まるで外に引き寄せられるかのように扉の奥に吸い込まれていく。
視界の端には次々と扉の奥に吸い込まれていく美鈴たちの姿が。
わたしも何とか食らいつくようにゴミ山を掴み、抵抗するも――
「もう出ていって!!」
しのぶの叫びを最後に世界が崩れるように暗転する。
次に視界に飛び込んできたのは憐れな大人が四人。壁に叩きつけられるようにして追い出され、ゴミ山のように積み上がっている光景だった。
うめき声が聞こえる限り、死傷者はいないらしい。
その顛末を見届けるように、遅れて扉が独りでに勢いよく閉まり、ガチャリと施錠する音が聞こえる。幸いなことに周りに顕現した柔らかいゴミ袋がクッションになってたから怪我をせずに済んだけど、
「――ったく、あのガキ。なんて無茶しやがる。危うく怪我するところじゃねぇか」
「……そう言うならさっさと退いていただけませんかね」
「おもーい」
そうして三者三様の言葉に、現状を打開するため、とりあえず作戦会議を発足する運びとなるのであった。
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