第89話 神の使徒とはかくありき?②

 依頼人との待ち合わせ場所に行くと、そこには既に二つの人影があった。

 僕らは少し駆け足で近づく。


「すいません。お待たせしました」

「いえ、約束の時間はまだですので、お気になさらず」


 艶やかな金髪を肩で切り揃えた二十歳そこそこの女性が事務的な口調で応じた。

 オルドルの聖印が入ったプレートメイルを着こみ、腰にロングソードを差している。

 恐らくはパラディンか神官戦士、立ち位置からして彼女がお目付け役だろう。


「……っ!」


 その後ろで、僕らを見て目を丸くしているのが護衛対象か。

 年齢は一〇代前半で、銀髪を刈り上げた中性的な顔立ち。男物の服を着ていなければ男女どちらと扱っていいかわからなかった

 貴族らしい豪奢な金属鎧と剣で武装しており、最低限の戦士としての心得はあるようだ。

 しかし金属鎧は華奢な身体には合っておらず、着られている印象が拭えない。これははたしてどう解釈すればいいのかな。


 僕はいったん思考を打ち切って、依頼人に挨拶をする。


「初めまして。今回の依頼を受けさせていただいたミレウスといいます。

 こっちがパーティメンバーのポン、ホアン」

「バウ!」

「どうぞよろしく」

「それからエリス、クーロン、リトです」

「……ども」

「よろしく~」

「…………」


 バラバラの挨拶にも金髪の女性は嫌な顔一つせず軽く一礼した。


「こちらこそよろしくお願いします。私は今回同行させていただきます、ソフィア・エネスと申します。どうぞソフィアとお呼びください」


 姓があるということは、この人も貴族か。

 パラディンは一般的に貴族位にはつけないから、神官戦士――ファイターとプリーストのマルチクラス――だな。


 ソフィアさんはもう一人を紹介しようと少し身体を引き、


「そしてこちらが今回、皆さんに護衛していただく――」

「何だこいつらは!?」


 銀髪の子供が、堪えきれないといった様子で叫んだ。


「コボルトやケンタウロス、リザードマンはまだしも――ゴーストと悪魔憑きだと!?」


 その叫びに背後のメンバーたちの表情が歪んだのが、気配で分かった。

 予め言い含めておかなければクーロンあたりは叫びだしていたかもしれない。


「何故こんな連中と私が行動を共にしなければならない!?」

「ルース様」

「大体、私は護衛など要らないと言ったんだ!

 それを父さまがどうしてもと言うから――」

「――ルース様」


 静かな、しかし確かな迫力を持ったソフィアさんの言葉に、ルースと呼ばれた子供はびくりと震えて口を閉じた。


「お屋敷の外に出れば、こうした様々な種族の方がおられます。

 そうした差別的な発言をなさるのであれば、今すぐお屋敷にお戻りください」

「だが、ゴーストや悪魔憑きなど――」

「ホアン様はライナス神の神官でもいらっしゃいます。

 そして悪魔憑きなどといった差別的発言は慎んでください。

 オルドル神は生まれによる差別をお認めではありません」

「だが、ソフィア――」


 ルースは反論しようとして、しかしソフィアさんの視線の圧に負けて黙り込む。


「ルース様。皆さんに謝罪を」

「……っ!」


 ルースは俯き歯を食いしばり、やがて渋々といった態度で僕らに頭を下げた。


「……失礼な物言いを謝罪する」


 その様子にソフィアさんは嘆息し、改めて僕らに頭を下げる。


「大変申し訳ありませんでした。

 ご不快に思われたでしょうが、何卒ご容赦ください」

「いえいえ、お気になさらず」

「…………です」


 ホアンさんがにこやかに、エリスは無表情でそれを受け入れる。

 エリスはある意味こういった反応には慣れているのだろう。どちらかというとクーロンの方が不機嫌になっていた。


(……貴族絡みだから覚悟はしていたとは言え、やっぱり改めて言われると気分のいいものじゃないな)


 僕はそつなく謝罪するソフィアさんを複雑な気持ちで見つめる。


(こうなることは予想できていた。

 にも関わらず僕らを指名したって言うのは……そういうことだよな)


 ソフィアさん――あるいはその上の思惑がどこにあるのかは分からないが、あまり素直に受け入れることはできない。


(まぁ、分かっていて連れてきたって意味じゃ、僕も同類だけどさ)


 埒もない思考を再び打ち切る。


「それで、早速出発でよろしかったでしょうか?」

「ええ。お願いしていた道中の食料やテントなどは?」

「こちらに」

「バウ!」


 ポンが背中の大きなリュックを開けて中をソフィアさんに見せた。

 他にも各自――特にクーロンが――食料などは余裕を持って準備している。


 ソフィアさんはそれらをざっと確認して、満足げに頷く。


「準備は問題ないようですので、早速出発しましょう。

 アーカイル山のオルドル神殿まで、片道五日間の行程になります」

「分かりました。ところで――」


 僕は周囲を見回して確認する。


「我々は問題ないのですが、まさかお二人も歩きで?」


 貴族なんだから、馬ぐらい使わないのか?

 僕の言葉にソフィアさんはすました顔で応じる。


「ええ。これでも神官戦士として旅には慣れていますからお気になさらず」


 うん。貴女に関してはあまり心配していないのだ。問題は――

 ソフィアさんは意味ありげに背後をちらりと見やり。


「ルース様も修行のために向かわれるのです。

 歩くのが辛いなどと泣き言は仰られないでしょう」

「っ、当たり前だ!」


 ああ、そういうことね。

 今回の依頼の背景が見えてきた気がする。何故僕らが選ばれたのかも。


「そういうことでしたら、早速出発しましょうか」


 僕の呼び掛けにも反応はバラバラ。

 先行きに不安を感じながら、僕らは旅立った。




 今回の追加メンバーは、ある意味参加できる最大戦力を選定したと言える。

 まずアンナさんは、依頼が長期間のものだったため、息子さんの世話を考えて除外した。護衛依頼である以上、タンクであるアンナさんが抜けるのは痛かったが、そこは前衛の数でカバーできるだろう。


 リトさんは前衛兼スカウトとして頼りになるし、クーロンは屋外の依頼であれば連れて行かない選択肢はない。

 悩んだのはエリスだ。ハーフデーモンであるエリスは、特に種族的な偏見に晒されやすいし、体力的に長時間の移動には向いていない。

 しかしこの依頼の裏を考えた時――最悪を想定した場合に、エリスの魔法は必要不可欠だった。

 本人も貴族絡み、移動が長いと大分嫌がってはいたが、宥めすかしてようやく納得させた。甘味であの火力が買えるなら安いものだろう。


「ひっ、ひっ……ひぃ、そろそろ休憩を……です」


 出発してから二時間。

 予想していたことではあるが、体力の無いエリスが疲労困憊といった様子で悲鳴を上げていた。

 荷物の類は他の人間が代わりに持ってやっているが、やはり引きこもりに徒歩は厳しいか。


 とは言え、これは彼女が冒険者を続ける以上避けて通ることのできない問題。あまり甘やかすわけにもいかないので、無視してそのまま歩き続ける。

 気になっているのはもう一人。


「はぁ、はぁ……その、そろそろ一息入れるべきじゃないか?」


 ルースが息も荒くソフィアに提案する。

 見た限り、素の体力はエリスと違って人並みにありそうだが、いかんせん身体に合わない金属鎧が体力を奪っていた。


(……必要筋力を満たさない鎧のペナルティは大きいからな)


 ソフィアはすました顔で、ルースの提案を却下する。


「この程度で休憩していては、いつまで経っても神殿に辿り着きませんよ」

「ぐっ……い、いや、そうだ! あの女性を見ろ! 女性に負担をかけるようでは貴族失格だぞ!?」

「いや、こっちは気にしなくていいです」

「ボス!?」


 ルースはエリスの疲労を問題視するが、僕が冷静に否定する。

 しかしルースは尚も言い募った。


「いや、そんなわけにはいかない! これは貴族としての矜持の問題なのだ!」


 力説するルースにソフィアは頭痛を堪えるような仕草をして、嘆息した。


「…………はぁ、少しだけですよ」


 パッと表情が輝くルースとエリス。

 休憩中、二人の関係が少しだけ改善したことは、まぁ喜ぶべきなのだろう。

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