第68話 隣人は打算的①

「ソレデハ、コタビノヒューマンノボウキョニ、イカニタイショスベキカ」


 年老いたリカント族の長、ノルドさんが重々しく口を開く。

 しっかりとした共通語だが、声帯の構造上、僕らには少し聞き取りづらい。


「そのようなことを言うものではありませんよ、ノルド坊。

 まるでそれでは、最初からヒューマンを敵と見做しているようなもの。

 長であるなら、もう少し落ち着きを持たねば」


 妖艶なハーピー族の長、リルセスさんが翼で口元を隠し、微笑みながら窘める。

 見た目は人間でいうところの三〇歳前後だが、リカント族の長よりずっと年上らしい。

 ちなみに、彼女はミンウの祖母にあたる。


「しかし今回の一連の騒動、ヒューマンが原因であることは紛れもない事実。

 断固たる処置をとるべきなのは間違いないでしょう」


 細身の美丈夫、エルフ族の長の名代であるサイラスさんが、どこか皮肉気に言った。

 見た目で言えば二人の長より遥かに若いが、エルフ族らしくこの場の最年長だ。

 エルフ族の族長は滅多なことでは外部と接触を持つことがなく、サイラスさんが対外的な顔役となっているらしい。


 この場にいる三人が、ウォルト領アルザス山脈に住まう亜人種の三巨頭だ。

 勿論、他にも多数の種族が住んではいるが、少数であったり、種としてまとまりがなかったり、勢力としては僅少。

 ちなみに、数で言えばリカント族とハーピー族が突出しており、エルフ族は数こそ少ないが個としての能力に優れている。


「…………」


 どこか居心地悪げに黙っているのは、ハインツ・ウォルト氏。

 色々と言いたいことはあるだろうが、亜人に囲まれてそれを言うのは難しかろう。


 対照的にハインツ氏の後ろで飄々としているのがゲイツ氏。

 この場のやり取りを、どこか他人事のようにニヤニヤとしながら見ている。


「……ポン。疲れたらミンウのところに行ってていいからね」

「ワフ。ダイジョブ」


 そして、少し離れた場所に僕、ポン、ホアンさんの三人。

 今まさにここで、このメンバーで、ウォルト領が抱える問題への対策会議が開かれようとしていた。


 ちなみに呼びかけ人は僕。

 ことの始まりは、半日ほど前に遡る。




「よう、邪魔するよ」

「ゲイツさん」


 ミンウを親元に送り届け、そのままハーピー族の集落にお世話になっていた僕らを、依頼主であるゲイツ氏が訪ねてきたのは滞在二日目の朝のことだった。


 長旅の疲れもあってミンウの家で惰眠を貪っていた僕の脳が即座に覚醒する。

 この人の前で眠れるほど、僕の神経は太くない。

 毛布から這い出てあたりを見回すが、誰もいない。


「ポンとホアンなら、外で少し話をしたよ。

 ミンウちゃんと遊んでるところだった」

「……そうですか」


 この状態の僕のところにゲイツ氏をよこすとか、あの二人も少し考えてくれればいいのに。


(まぁ、ゲイツさんとは話をしておきたかったし、ちょうどいいんだけど)


 僕らはゲイツ氏の護衛依頼を受けてこのウォルト領に来ている。

 今後どう動くにせよ、ゲイツ氏の意向を無視することはできない。


「それで、今日はどうされたんですか――って聞くもおかしいですね。

 今後の動き方について、で良かったですか?」

「ああ、話が早くて助かるよ。

 その前に、今日は君に会いたいという方をお連れしていてね」


 言って、ゲイツ氏は外にいる誰かに声をかけた。


(『お連れして』ってことは、それなりの身分の方か)


 僕の予想通り、姿を見せたのは瀟洒な身なりの壮年の男性だった。

 一目で貴族とわかる品と知性をうかがわせながら、しかしそれ以上に憔悴した雰囲気を漂わせている。


「紹介するよ。ハインツ・ウォルト様。この領の次期当主だ」

「初めまして。この度は、我らの領に巣くう害虫を排除してもらい感謝している」


 そう言って、ハインツ氏は柔和な笑顔を浮かべ、僕に右手を差し出した。

 僕は手櫛で寝ぐせをほぐし、服のすそで右手をこすってからその右手を握り返す。


「とんでもございません。

 むしろ、領民の方々に対し失礼な態度をとってしまい、申し訳なく思っております」


 言いながら、僕は中々の大物が引っかかったな、と胸中でほくそ笑んでいた。


(状況的に当主本人と話をすることは難しいだろうし、家来の誰かと話をするのが精々だと思ってたけど)


 こんな場所まで貴族を連れてくるとは、ゲイツ氏は相当に信頼されているらしい。

 あるいは、そこまでしなければならないほどウォルト家が追い詰められているのか。


「……ふむ。ゲイツから聞いてはいたが、本当に若いのだな」


 ハインツ氏は手を離すと、僕をジロリと観察しながら呟く。

 どう応じるべきか迷っていると、ゲイツ氏が助け舟を出してくれた。


「ハインツ様。能力は年齢では量れませんよ。

 彼の優秀さは、私、そして『星を追う者』が保証します」

「は?」


 いきなり出てきたビッグネームに、僕は思わず間抜けな声を漏らしてしまう。

 幸いハインツ氏はそのことを気にした様子もなく、自分を納得させるように頷いた。


「……確かに。真に優秀な者を年齢や見かけで判断することはできないな」


 いや、『星を追う者』みたいな英雄と同列に並べられても困るんだけど。

 僕の抗議の視線に、ゲイツ氏は気にした様子もなくウインクをして返してきた。


(うえ。気持ち悪い)


 ……まあいい。向こうが勝手に勘違いしてくれるなら、その方が都合がいいさ。


「それで、今回のご来訪はどのようなご用向きでしょう?

 このような情勢下で、次期当主自ら冒険者風情にお褒めの言葉を言うためだけに来られたとは思えませんが」


 向こうが話しやすいように水を向ける。

 ハインツ氏はゲイツ氏と顔を見合わせ、軽く頷いてから口を開いた。


「うむ。既にゲイツから我がウォルト領を取り巻く厄介な情勢については話を聞いていると思う。

 正直なところ、我らも中央政府からの要請には非常に頭を痛めていてな。

 軽々に要請に応じるわけにもいかず、さりとてこのままではいずれ干上がってしまう」

「伺っております」

「それで、そなたにこの様なことを聞くのは筋違いだとは分かっておるのだが、な。

 ゲイツの薦めもあり、違う視点からであれば何か妙案が出てくるのでは、と思うたのだ」

「ああ。それはようございました。

 ちょうど私も、閣下にウォルト領の抱える問題を解消する方法を献策したいと考えておりました」

「うむ。このようなことを言われてもそなたが困ることは分かっておる。

 しかし、正直なところ我らも手詰まりでな。

 どのような意見であって、も……?」


 ハインツ氏が言葉を途中で途切れさせ、目を瞬かせる。


「……聞き違いかな?

 何やら、我が領の問題を解消する策がある、と言ったように聞こえたが?」


 首を傾げるハインツ氏に、僕はニコニコと笑みを浮かべて答える。


「聞き違いではありませんよ。

 確かに、問題を解消する策があると申し上げました」

「何? いや、しかし……」


 ハインツ氏は流石に初対面の僕の言葉をどう判断してよいのか分からず、助けを求める様にゲイツ氏に視線をやる。

 ゲイツ氏はそれに、澄ました顔で肩を竦めた。


 おいおい。大事な取引相手にその態度はないだろう、と胸中で苦笑しつつ、僕は言葉を続ける。


「もちろん、我々だけで為せる策ではありません。

 我々だけでも、そして閣下のお力だけでも、此度の窮地を脱することは不可能でしょう」

「……それは、どういう意味かな?」


 探るようなハインツ氏の問いに、僕は端的に答えた。


「領内の意思統一――平たく申し上げれば、アルザス山脈に住まう亜人種の協力。

 そして何より、そこにおられるゲイツ氏の協力が必要不可欠です」

「――俺?」


 突然出てきた自分の名前に目を丸くするゲイツ氏に、僕は密かに留飲を下げ、澄ました顔で頷いたのだった。

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