第56話 恩返しと怪しい奴ら⑨
『あんちゃんら、ワシの手助けはいらんかったみたいやな』
三人組を武装解除して縛り付け、ホアンさんがガスさんの治療を済ませ一息ついた時のこと。
突然脳裏に響いた言葉に、僕とポン、そしてホアンさんはびくりとのけ反った。
『――――!』
肉声ではない不可思議な感覚に、僕は片手で頭を押さえる。
「どうしたっすか、突然?」
アルトさんたちには聞こえていないのか、そんな僕らに訝しげな様子だ。
『驚かしてもうたか。こっちやこっち』
思念が導く方向を向く――と。僕らは揃って絶句した。
何の前触れも予兆も、気配さえなく、グリフォンがその場で僕らを見下ろしていた。
(――なっ!?)
思考が追い付かない。
ただ、視界に入った瞬間に思い知らされる、圧倒的な生物としての格の違い。
もし、このグリフォンがその気になれば、自分たちなど抵抗も出来ず殺されてしまうだろう。
いや、グリフォンとはここまで圧倒的な生物だったか?
「ひえっ!?」
「なぁっ!?」
僕らの様子に、一瞬遅れてアルトさんたちがグリフォンに気づく。
そしておそらく逃げだそうとしたのだろう、が。
『おっと。あかんあかん』
そんな気の抜けた思念と同時に、二人は突然意識を失い倒れ込んだ。
慌てて二人に駆け寄る。
……うん、呼吸や脈は一先ず正常なようだ
『安心してええで。関係ない連中にはちょっと眠ってもらっただけやから』
グリフォンの思念に僕は縛り付けた三人組を見るが、彼らもまた意識を失っているようだ。
(よくわからないけど……害意は、ないのか?)
僕らは互いに視線を交わし、代表して僕が口を開く。
「あなたが……僕らに話しかけてるんですか?」
『おう。驚かせてすまんかったな。
人間の耳にはワシらの声は聞き取れんから、頭に直接話しかけとるんや』
あっさりと告げられた言葉に再び絶句する。
少なくとも僕はグリフォンにそんな能力があるなどと聞いたことはない。
また、体長も六~七メートル程度と、通常の個体よりも明らかに大きい。
どう考えても通常のグリフォンではあり得ないユニーク個体だ。
(下手したら、ドラゴンに匹敵するんじゃないのか……?)
僕は緊張で荒くなった息を整え、再びグリフォンに話しかけた。
「僕らに何の御用ですか?」
『用っちゅうほどのこともないんやけどな。
ワシのシマでふざけた真似さらしとる阿呆がおるから、ちょいと始末したろかと思って見に来たんや』
グリフォンの視線がちらりと三人組に向けられる。
『そしたら、あんちゃんらがワシの代わりにしめてくれたやないの。
こら一言言わなあかんと思うて話しかけたんや』
伝えられる思念は実に気安い。
一先ず害意は無さそうだと、僕らは顔を見合わせて少しだけ緊張を解いた。
ほんの僅かな時間に、全身汗びっしょりだ。
「それでしたら、わざわざ彼らを眠らせなくても良かったのでは?」
『ああ、あかんあかん。
ワシにも立場言うもんがあるからな。
地元のモンにあんま気安いところは見せれんのよ。
もちろん、そこのふざけた連中にもな』
「はぁ」
まぁ、確かにこんな方言丸出しの念話で話しかけられれば、威厳もくそもないだろうが。
「挨拶が遅れましたが、僕はレイヴァンという町を拠点に冒険者としているミレウスと言います。
こっちは僕の仲間のポンとホアンです」
「バウ! ポン!」
「ホアンです。名高き森の賢者にお目にかかれて光栄です」
『おう、これはご丁寧に。
なんや、見た目通り礼儀正しい子やなぁ』
グリフォンの雰囲気が少しだけ柔らかくなった気がする。
うん。やはり挨拶は関係構築の基本だな。
『ワシはこの森の主をやっとる、シュナイダー言うモンや。
改めてよろしゅうな』
名前があるのか。しかもカッコいい。
こんな状況でもなければ、色々と話を聞きたいところだが、アルトさんたちをこのままにしておくのは具合が悪い。
僕は端的に、シュナイダーに用件を促した。
「それで、シュナイダーさん。
僕らにわざわざ話しかけていただいたのは、お褒めの言葉をかけていただくため、ということですか?」
『いやいや、そない言うたら、ワシが随分偉そうやないの。
まぁ、半分は興味半分よ。
で、もう半分はちょっと頼みたいことがあってな』
予想していた言葉だったので、特に驚きはない。
わざわざ僕らにだけ話を聞かせるというのは、そういうことだろう。
『話の前に、まずはその馬車の中身を見てもらえるか?
その方が話は早いやろ』
促されるまま、僕は三人組の懐を探って馬車のカギを見つけ、荷台の扉を開ける。
そして半ば予想していたとは言え、目に飛び込んできた光景に思わず顔を顰めた。
(猟師としては正しいんだろうけど、実際解体済みの獲物ってのはえぐいな)
ざっと見ただけでも、ペガサス、サーベルタイガー、マンドリルといった魔獣がバラバラに解体され、パーツごとに保管されている。
『頼みの一つっちゅうのはな、そいつらをここに葬らせて欲しいんよ』
シュナイダーの言葉には、少し苦いものが混じっていた。
『本当は生まれた場所に葬ってやりたいんやけど、そういうわけにもいかん。
それならせめてこの森に、と思うてな」
魔獣同士仲間意識があるとは意外だったが、その申し出は理解できた。
人間に遺体を弄ばれるのは避けたいということだろう。
僕はその申し出に頷こうとして、ホアンさんが口を挟んだ。
「……彼らにはきちんと裁きを受けさせたい。
このユニコーンの角だけは、証拠品として持ち帰らせていただけないでしょうか?」
彼の視線が切り取られた純白の角に向けられている。
なるほど、神官としてその神聖な気配に気づいたらしい。
『ああ。それぐらいやったら、かまへんよ』
「ありがとうございます」
うん。これがあればきちんと彼らの罪を訴えれるだろう。
「それで、先ほど頼みの一つ、とおっしゃいましたが、他にも何か?」
僕の指摘に、シュナイダーは少しだけ言いにくそうな素振りを見せた。
『ああ、まぁ、これはちょっと頼みにくいことなんやけどな……』
「何でもおっしゃってください。できるかどうかはわかりませんけど」
『……せやな。もう一つはな、その奥におる子を、親元に送り届けてもらえんやろうか?』
その言葉に、馬車の奥で何かがびくりと蠢く気配がした。
「バウ?」
ポンが荷台に上がり込み、気配のした場所をごそごそと漁る。
するとそこには、一メートル以上はありそうな巨大な鳥籠が。
そしてその中には――
「ハーピー?」
しかも子供――生きている。
女の子だろうか、彼女は僕らを見て怯えた様子でへたり込む。
だが、悲鳴一つ上げやしない。
あれは……喉が潰されてるのか?
それにあの翼、ボロボロじゃないか。
「……っ!」
ホアンさんが慌てて彼女に近づき、治療を始める。
既に傷口そのものは塞がってしまって痕になっており、喉も翼も見た目は大きく変わらないが、その柔らかな光に少女の怯えが少しだけ解けた。
『死んでるモンは葬ってやればええ。
せやけど生きてるモン、しかも子供に、この森に住めとは言えんやろ』
なるほど。このグリフォン、口調以上に人情派らしい。
『ワシが連れて行ってやれればええんやけど、ワシが動くと色々ことが大きくなるからな』
「わかりました。任せてください」
僕のあっさりした応諾に、シュナイダーはむしろこちらに気を遣うように言った。
『別にワシに気を遣わんでもええんやで?
どこから連れてこられたとも分からん子を、親元まで送り届けろやなんて、大概無茶な話や』
「できる限りのことはやってみますよ」
気遣いはありがたいが、実際僕らの方針はもう決まっているのだ。
「実は、次の旅先はうちのプリーストの希望を聞くって約束になってましてね」
ちょうど、娘のユーリちゃんも、あのハーピーの少女と同じ位の年齢だった。
ホアンさんは、決して彼女を見捨てられないだろう。
『……ほうか。ほな、頼むわ』
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