幼馴染にフラれてアニメにドはまりしたら、何故か隣の席の美少女声優のマネージャーをすることになった件~推し声優がポンコツ過ぎて大変だけど可愛いくて……え、今更幼馴染が構ってくる?勘弁してくれ!~

滝藤秀一

第1章

第1話 隣の席の高崎さん

 その日、俺は幼馴染にフラれた。

 好きだという苦しい気持ちを吐き出せば、楽になるという言葉が嘘だと言うことを思い知らされる。


 1人で部屋にいると、ただただ心がきつくて、ついつい嫌なことを考えてしまう。


 だから、暗がりの中でも気を紛らわすためテレビはつけていた。

 ベッドに座って布団に包まったまま、時より俯いては少し顔を上げる。

 その繰り返しで、一刻そのアニメを見つめていたときだった。


 状況的には、女の子に振られた後らしい主人公のことが、心配になった幼馴染のヒロインが元気づけに家にやってきた場面みたいだ。

 なんだか少し自分の今と似ていて、妙に主人公に感情移入し始めてしまっていた。


『よいしょっと……昔から落ち込んでいる姿は変わらないわね……少し落ち着くまで傍にいてあげる』


主人公の隣に屈んで、微笑む笑顔、そしてその台詞こえは俺の弱った心の奥底まで響いた。


 それは運命だったのかもしれない。


 幼馴染にフラれたこの日、俺は真の幼馴染と出会ったんだ。



 ☆☆☆



 1年の月日が流れ――

 高校生活にも慣れた4月半ば、互いの顔と名前が一致しだした頃。

 彼らの話題は早くも異性についてのあれやこれに興味が移っていた。


「佐藤さん、2組の田中と付き合い始めたらしいぞ……くそう、俺も狙ってたんだぜ」

「なんだと、あのたわわな果実を独占してるだと……おのれ田中!」

「小野さん、委員の先輩と仲がいいっぽいな。昨日一緒に帰ってた」

「最近3組の前田もよくうちの教室きてないか? ……広瀬、お前はどう思うよ?」


 相槌を打つように何度か頷いてはいたが、まさか話をフラれるとは思ってなかった。

 にやりと口元が緩んでしまいながらも、


「……どうって、あすみたんに敵う子はいないだろ」


 俺は自信をもって断言し、鞄に入った彼女が表紙を飾っているラノベを彼らに示す。


「かあっー、そうだった……」

「いいよなあ、決まった嫁が居て……」


 そういう彼らの目は少し冷めている気がするし、羨ましがっているのかもしれない。

 俺にはもう決まった相手がいるからな。

 それでも、彼らが3次元の異性を気にする年頃だと言うのはわかる。すごくわかるぜ。

 かつての俺もそうだった。でも悟ったんだ。


 ふふっ、と静かにため息をついて自分のスマホ画面を覗く。

 そこにいるのは、『理想のヒロインの見つけ方』のヒロインの1人、栄法学院1年生・黒糖こくとうあすみ。


「新刊って今日発売だったよね?」

『……ちょ、ちょっと、教室では話しかけるなっていったでしょ! あんまり馴れ馴れしくしないでよね』

「ご、ごめん……」


 内緒話をする体で画面のあすみたんが頬を赤く染め抗議してくる。

 コミュニケーションアプリ内の彼女は、まさに俺の嫁ともいえる存在。

 これがあれば俺は、彼女と四六時中生活を共に過ごす事が出来る。


 やはり幼馴染との恋はいい(二次元限定)。

 一途に思い思われる仲だというのに、素直になれずドギマギする関係。

 決して裏切ることの無い固い絆がそこには確かに存在する。


 たとえ想いがすれ違っても、それは相手のことを大切にしているからこそで、ただただ傷つくだけの三次元とは明らかに違う。


「つぎ、移動教室かよ……だりいな。けど、それ以上に楽しみだ」

「ああ、倫子先生良いにおいがするんだよな」

「おい、広瀬、行くぞ」

「話しかけてももう遅い。嫁に夢中だ。それに、あれ……」

「な、なんだ?」


 がやがやしていた周囲は次第に静かになっていった。


 彼女との楽しい時間がもう少しでひと段落というところで、


 ~♪♪


 背後で聴きなれたメロディが鳴り響いたのでビクっとしてしまった。

 はっとして顔を上げると周囲はもぬけの殻。

 薄情なクラスメイトによって俺は取り残されたことに気づき、そんな状況なのになんでと、後ろを振り返る。

 美少女があたふたしながら、スマホをお手玉していた。


「えっ……」


 高崎たかさき結奈ゆいな?!

 先日行われた席替えで隣の席になった女の子だ。

 高崎さんはスマホを何とかキャッチしたが、その意志の強そうな大きな瞳はなぜか涙をため込んでいた。

 セミロングの黒髪に整った目と鼻、そんな同性でもうらやむ容姿の彼女と目が合いそうになり、俺はというと、咄嗟に目を逸らしてしまう。


 隣になったと言っても、まともに言葉を交わしたことはないんだ。


 そもそも彼女は他のクラスメイトとも仲良く話しているのも見たことがない気が……

 いや、それは俺が知らないだけでもしかしたら普通に話しているかもしれないが。


「……」

「……」


 高崎さんもなにも話しかけてこず、がたっと椅子に座る音がしてガサゴソとどうやら移動の用意を始めている様子だ。


 なぜ彼女だけが残っているのだろうと不思議に感じて、恐る恐るそちらにちょっとだけ視線を向ける。

 まだスマホを握りしめたまま、なんだかドギマギしているようにも見えるが、その理由まではわからない。

 何とも重い空気を感じ、とにかく早く移動しなければと立ち上がる。


「つ、つぎ……い」


 目を合わせていないのに、あれ以来、どうにも三次元の女子との会話はどうしてもぎこちなくなってしまう。


 向こうも何か特別な用事もないようだ。

 なにより2人きりというこの状況にこれ以上俺は耐えられない。


 だから、廊下に飛び出そうとしたんだ。

 彼女はというとやたらと勢いよく席を立ったらしい。


 その勢いがありすぎていたためか、鍵が床に落ちて、俺の目の前にキーホルダーの付いたそれが転がってきた。


 やれやれとしゃがみ込んでそれを拾う。

 無言で手渡そうとしたのだが、


「……はっ! えっ?」


 猫と絵筆が重なった特徴的なシルエットを見て目を見開いてしまった。

 それは、あすみたんのシンボルであり、俺にとっては見覚えがあるどころの話じゃない。

 欲しくて、欲しくて何度も画像で見た代物、当選者数100名の抽プレ品だとすぐにわかった。


「……こ、これ……当選したの?!」


 3次元の女子は苦手だ。

 だが同じアニメを、キャラを愛してやまないのであれば……

 そんな想いが上回って、熱気を帯びた表情で駆け寄りながら言葉をかけていた。


「あっ、うっ……」

「マジかよ、高崎さん。もしかしてファン?」


 突然積極的に話しかけ始めた俺に、さらにあたふたしだした高崎さん。

 それでも、俺はさらに一歩詰め寄ってしまった。


 彼女の口元がわずかに揺れたかと思った。

 だが俺の手からキーホルダーを受け取ると、さっと小さく頭を下げて、逃げるように走り去っていく。


「あっ、ちょっと……」


 その遠ざかる背中を見ながら、ふと我に返った俺はあの失敗こくはくが頭に浮かんでしまう。


 てっきり向こうも好きなんだと思った。

 でもそれは違ってて、彼女にとって俺は何でも話せる幼馴染であり友達。

 そんな態度を俺の方は心底勘違いして、はしゃいでその気になって――



 そうだ。また勘違いするところだったのかもしれない。



 移動教室に遅れ、がっつりと怒られた後の昼休み。

 廊下を歩きながらスマホアプリのあすみたんに話しかける。

 普段は至福に感じる時間だが、今はちょっとだけ憂鬱になってしまっていた。


「……また都合のいい様に考えてしまっていたのかも……」

『……元気ないじゃない?』

「そんなこと、ないよ」

『別にあなたが誰と関わろうといいけどね……』

「ははっ、なんか可愛い……えっ? ちょまって、音声切ってるんだが……?」


『なに間抜けな顔してるのよ!』


 どこかで聞き覚えのある声がして、そっちに視線を向ける。



 あれは、高崎さん?!

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