セイラの誓い

 女神エクスティアが女性の姿を借りて現世に降り立ち、『聖女』と名乗って戦乱を鎮め、肥沃かつ温暖という最高の大地を与えてくれた――彼女を祀るエクス教やこの宗教を基に成り立つコンチネンタル聖王国では、このような国の成り立ちが古くから語られ続けていた。最早常識とも言えるこの伝承は、当然ながら元・聖女候補たるセイラもしっかりと把握していた。だが、その中でエクスティア自身がどのような衣装を着ていたかについては、少なくともセイラが覚えている中ではあまり深く語られる事はなかった。紆余曲折あってフォート・ポリュートが大神官に就任し、半ば強引にセイラに伝承に伝わる衣装として蘇らせた『純白のビキニアーマー』を着せるまでは。


「エクスティア様、他にも幾多もの服がある中で、何故ビキニアーマーという衣装をお選びになったのでしょうか……?」


 多くの人々から好奇や嫉妬、時には卑猥な視線も見せられる、悪く言えば破廉恥ともとれる衣装。それを何故わざわざ女神は選んだのか。失礼を承知でもう1度セイラは尋ねた。勿論、エクスティアはその問いに苛立ちや怒りを見せることなく、優しい口調で語りだした。


 胸周りと腰周りだけを包み込み、それ以外は裸体を露にするビキニアーマーという衣装は、確かに人間たちが持つ『アーマー』とは全く異なり、物理的な防御機能は全く持ち合わせていない。現に『帰らずの森』でセイラは全身に無数の傷を負い、あちこちから血が滲み、ビキニアーマーすら今にも破けそうなほどにまで至った。それでもこの衣装を『アーマー』という呼び名で人々の伝承に残したのは、この衣装は着た者が有する『心』を守る役割を持っているからだ、と女神はセイラに伝えた。


「心……ですか……」

「そう。貴方の美しく清らかな体の中に秘められているものよ」

「美しく清らか……ありがとうございます、何だか照れます……」


 勿論、エクスティアの言葉はお世辞や口だけのものではなく、女神が考える本心そのものであった。例えその肉体がボロボロになろうと、コンチネンタル聖王国に住む人間たちから幾多もの酷い仕打ちを受けようとも、彼女は決して女神エクスティアを尊敬し、自分自身を愛し、自分自身を決して見放さない、と言う信念を捨てる事はなかった。それはきっと、ビキニアーマーと言う『心のアーマー』によって守り抜かれた彼女自身の心の強さだろう、と女神は語った。

 更に、そのビキニアーマーの色として、星の数ほど存在する『色』の中から『純白』――一切の混じりけがない、光り輝くような美しい白色を選んだ事にもしっかりとした理由があった。純白というのははどんな暗い場所でもまばゆく照らす暖かな光の色であり、穢れなき清らかな心を示す言葉でもある。この色を纏う者は、良い意味で純粋な思いと清らかな心、世界を暖かく照らす優しさに満ちた、まさに『聖女』にふさわしい存在だ。だからこそ、人間の女性として降臨した時に、彼女は『純白』に包まれた『ビキニアーマー』と言う衣装を選んだのである。


「ビキニアーマーは決して破廉恥じゃない。卑猥でもないわ。その衣装を着た者は、どんな穢れた存在にも侵されない心と、世界を導く程の強い力を手に入れる。ビキニアーマーは、貴方の『強さ』の証なのよ。セイラ、貴方はどんな人間よりも強いわ」

「私が……強い……!」


 そして、女神はアドバイスを続けた。そんな『強い』存在に恋焦がれてしまうなんて至極当然のことだ、と。


「め、女神様……そ、それは……!」

「ふふ、セイラがセイラ自身を好きになっちゃう気持ち、凄い分かるわ。それは決して間違いじゃない。私が証明するわ」

「……あ、ありがとうございます……エクスティア様!」


 頬を赤らめながらも、セイラはエクスティアからの励ましに笑顔を返した。


 一方、そんな彼女を見つつ、エクスティアは『それに引き換え……』と言わんばかりの苛立ちの表情を見せた。その対象は誰なのか、セイラ自身もはっきりと認識していた。女神が選んだ『純白のビキニアーマー』と言う衣装を、ただセイラの裸体を見せつけ、その抜群のスタイルを晒し、卑猥な視線を集めさせて彼女を苦しめさせるためだけに選ぶという、最も許しがたい行為をやらかしたフォート大神官である。女神の真摯な想いが詰まっているはずのビキニアーマーを、大神官はただ自身の欲望のためだけに伝承から掘り起こし、強制的にセイラに着用させたのだ。そして、彼らは『心のアーマー』たるビキニアーマーや女神の治癒をもってしても全治までに半年はかかるほどの心に大きな傷を負わせながら、のうのうと暮らし続けているのである。


 さっきはあのように力説したけど、裏を返せばこのビキニアーマーが守れたのは貴方の心の根幹だけ、それ以外はズタボロになってしまった――ため息をつきながら告げた女神の後ろ向きな意見を、セイラは懸命に覆そうとした。確かにあの時、セイラの体も心はボロボロになっていた。だけど、そんな状況になっても彼女は自分の中にある絶対に守りたいもの――女神や自分といった大切な人、大切なものへの想いだけは守り続ける事が出来た。そもそも、どんな攻撃も跳ね返す無敵のアーマーなんてこの世に存在する訳がない。『女神』と『自分』等に対する大好きな心を守り通しただけでも、今こうやって着ている純白のビキニアーマーは、周りに何と言われようとも自分にとって最もふさわしい『アーマー』だ、とセイラは力強く語った。


「ありがとう……セイラ」

「いえ、こちらこそ恐縮です……」


 勿論、セイラの言葉は尊敬する女神に対するお世辞でも口だけの言葉でもなく、彼女の心からの思いであった。


 そして、欲望のために蘇らせたであろう、彼らにとってな服装が、結果的にセイラにとって最もふさわしい衣装であった事は皮肉この上ない、と彼女と女神は互いに顔を合わせて苦笑いをした。大神官本人は未だにその事に一切気づかないまま贅沢三昧の日々を過ごし続けている、という醜い事実を含めて。

 いや、女神に対しての最大級の侮辱行為を働き続けているのは大神官ばかりではない。デタラメな舞を踊り、贅沢三昧を繰り返し、女神の想いを無碍にする行為を繰り返し続ける現在の『聖女』たるヒトア。彼らの行為に積極的に加担し、自分勝手な怨念でセイラを陥れた国王ヒュマス。そして何も知ろうとせずに彼らに従い、崇め、そして熱狂する愚かな国民たち。そんな腐りきった面々によって動かされている現在のコンチネンタル聖王国は、まさしく一度滅ぼさなければならない国だ、と2人は改めて認識した。

 そして、それは同時に、セイラの中に残っていた最後の心残りが消えた瞬間――女神の意志に基づき、コンチネンタル聖王国を滅ぼすという決意を固めた瞬間でもあった。


「……いよいよね、セイラ」

「エクスティア様、感謝の言葉をいくら並べても足りない事をお許しください」

「勿論、許します」


 『光の神殿』の中で女神から与えられた現実、それに打ち勝つための自信、そして自分でも気づけなかった力は、心が今にも折れそうなほど追い詰められていたセイラを再び立ち上がらせる大きな原動力となった。今度はその恩義のため、自分自身のため、女神から受け取った人智を超えた力を駆使し、根っこから腐りきった聖王国に対して『滅び』という名の浄化を行い、女神エクスティアが望む最高の国として『再生』させる――。


「……セイラ、私はいつでも貴方を応援しているわ。悩んだ時、困ったときは、いつでも私の力、私の存在を使いなさい。貴方なら、常に正しい方向へ進んでくれるはずだから」

「その御心、感謝いたします。私は女神エクスティアの意志に基づき、コンチネンタル聖王国を滅ぼす事を宣言いたします」


 ――セイラ・アウス・シュテルベンは、女神の心と力の証である純白のビキニアーマーにかけて誓った。



「……頑張ってね、セイラ」

「……はい!」



 そして、決意の頷きをした直後、セイラは自分の体から眩い光が放たれ始めている事に気が付いた。女神の『力』が一気に彼女へ注がれ始めたのだ。あっという間に彼女の心の中には、今までに感じた事がない、言葉でも言い表しきれないような感覚が次々と駆け巡り始めた。女神の能力が、女神の記憶が、そして女神の中の想いが、次々とセイラの全身へと染み込んでいった。その中には、セイラにとって思いもしない知識、予想もしていなかった情報、そして彼女にとって、そして世界にとってあまりに重すぎる真実も多量に含まれていた。

 だが、それらは決して不快なものではなく、むしろ暖かく優しく、彼女の心を包んでいく素晴らしい要素であった。今の彼女にとっては、その情報の内容や世界の真実以上に、尊敬する女神から力や知識が授けられると言う事自体が何よりも嬉しかったのだ。


「……ふふふ……そういう事だったのですね……女神様……あはははは……♪」


 やがて、まるで女神の温かい掌の中で眠りに就くかのように、セイラはゆっくりと目を閉じていった。

 彼女が最後に見たのは、自信と同じ姿形をした、最も尊敬すべき神聖なる存在――女神エクスティアが、笑顔で彼女に手を振る光景であった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る