追放聖女は滅びを纏う 〜聖王国から追放されし真の聖女、女神の力を授かりて国を滅ぼさん〜

腹筋崩壊参謀

第0章:滅亡への序曲

聖女候補失格

「はぁ……はぁ……っ……!」


 どこまでも続く漆黒の森の中で、1人の女性が息を切らしながら歩き続けていた。裸足のまま歩き続ける足にも、素肌を露出する全身にも、そして彼女の美貌にも、至る所に傷が増え、血が滲み続けていたが、そんな状態でも痛みに耐えながら彼女は進み続けた。いや、進み続けざるを得なかったのかもしれない。何が潜んでいるか分からない森の中、その場で立ち止まり続ける事が一番危険である事を彼女は知識として有していたからである。まさか、このような形でその知恵が発揮されてしまうなど、彼女は思いもしなかった。


 文字通り漆黒の色をした木々に囲まれ、昼か夜かもわからないほどに暗い不気味な森の中では、彼女の姿の方が異質だった。長く伸びた新緑のように美しい緑色をした髪、見る人が心を奪われてしまいそうな美貌は勿論であったが、一番異質であったのはこの場所に放り出された彼女が纏っていた衣装だった。眩いばかりの純白の布がその清らかな肌を包んでいる箇所は、たわわに実り彼女が動くたびに揺れる大きな胸と、程よく肉がついた腰回りだけ――彼女たちが『ビキニアーマー』とも呼ぶ、あまりにも露出度が高い衣装だったのである。しかも彼女の身を守るのはそのビキニアーマーだけで、それ以外は防具も手袋も、靴も靴下も一切着用何もかもしていなかった。


「……っ……!」


 アーマーという名に反して、彼女を包む僅かな布はそれを着ている主の身を守る任務を一切放棄しており、よろめいたり転んだりする度に彼女の体にはますます傷が増えていった。それでもなお懸命に前へ進み続ける彼女の瞳からは涙が零れていた。痛みだけではない、悔しさや虚しさ、そして彼女がずっと抱えていた『怒り』の感情が、少しづつ溢れていたのだ。

 だが、幾ら彼女が涙を流しても、助けてくれる人、救いの手を差し伸べてくれる者は誰もいなかった。それを一番理解しているのは彼女自身であった。今の彼女は全ての人から信用を失い、憎しみの対象とされてしまっていたのだから。



 私は何もやっていない。私は無実。どうか、私だけでもその事は信じて。

 虚空を見上げながら、彼女はたった1人、心の中で呟いた。



 彼女の名前はセイラ・アウス・シュテルベン。

 ほんの少し前まで、コンチネンタル聖王国における重要な地位――『聖女』に最も近い存在とされた者である。


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 全ての文明を創り出したと言う女神『エクスティア』が女性の姿で現世に降り立ち、聖女と名乗り大陸の戦乱を鎮め、コンチネンタル聖王国に広大な大地を治める力と権利を与えた――そのような伝説を持つこの国では、女神エクスティアを崇め称える宗教『エクス教』が国民の間に深く根付いていた。その中でも、女神の力を受け継ぐという伝承を持つ『聖女』と言う役職は非常に重要なものとされており、聖女になるためには人々から尊敬されるにふさわしい人柄、厳しい日々に耐える精神力、そして――。


「セイラ・アウス・シュテルベン、前へ!」

「はい……」


 ――エクス教で最も地位が高い、現在の大神官たるフォート・ポリュートからのお墨付きが非常に大事とされていた。


 セイラが追放処分を受ける少し前の夜、コンチネンタル聖王国の王都に位置する大神殿で、新たな時代を見守る『聖女』を正式に定める祭典が行われていた。エクス教の幹部のみならず、国王を始めとした聖王国を司る関係者、更には多くの庶民も参加が許された、この国における重要な行事の1つである。そして、多くの視線が集まったのは、光り輝く禿げ頭を豪華な装飾がついた帽子で隠した大神官が放った、どこか心突き刺さるような厳かな言葉に従い、会場の中心へ向けて歩いてきたセイラ本人だった。


 会場にいる宗教関係者、王族、庶民らとは異なり、セイラの衣装は豊かな胸と腰回りを僅かばかり包む純白の布以外何も身に着けていない、人々が『ビキニアーマー』と呼ぶものだった。セイラが与り知らぬ様々な経緯があって代替わりが行われたのち、当代の大神官たるフォート・ポリュートから『聖女』にふさわしい存在と太鼓判を貰って以降、彼からの命令に近い助言に従わされる形で、彼女は常にこの露出度が高く『アーマー』の意味をなさないようなこの衣装を着続ける事になったのだ。


「皆の者、彼女が纏うこの衣装は、女神エクスティアが聖女として舞い降りた際に身に着けていた由緒正しき衣装である!とくとご覧あれ!」


 大神官がどこか楽しげに告げるや否や、会場に集まった人々の視線、特に大神官や国王を始めとした男性陣の視線が次々にセイラへと向けられた。その大半は好奇心、興味、そして全身の大半を露出する衣装を纏う彼女を凝視する下種なものだった。加えて女性陣からも、胸、腰、尻と三拍子が整った抜群の美女である彼女への恨みや妬みのような視線が飛んだ。純粋に彼女を新たな『聖女』として見つめるものは誰もいなかった。


 ただ、このような光景を、セイラは既に幾度となく味わってきた。聖女候補に任命されて以降、大神官と共に幾度となく様々な儀式に臨む度に、彼女は日々着用を義務付けられた――そもそもこれ以外の服の着用が許されなかった――純白のビキニアーマーを纏い、女神エクスティアを祀る舞を披露したり人々と言葉を交わしたりする日々を過ごしていたのだ。ビキニ越しに胸や尻を触られたり、時にビキニアーマーに手を入れられそうになった事もどれほどあったか分からない。だが、どれほど人々から好奇や嫉妬、いやらしさ交じりの視線が飛び交おうとも、彼女はそれに懸命に耐え、笑顔で接し続けていた。人々を導き、王国を創り出した勇敢かつ清楚、そして皆の事をいつも見守っているという女神エクスティアと同じ衣装を纏っていると言う誇り、彼女に対する熱く深い尊敬の思いが、彼女を日々奮い立たせ、辛い思いも乗り越えさせてきたのだ。


 ただ、それ以外にももう1つ、彼女にはこのビキニアーマーで過ごす日々を支える原動力があった――。



「それでは、新たな聖女の生誕を祝う儀式を行う」



 ――しかし、それに思いを馳せる時間は生憎残されていなかった。セイラは禿げ頭の大神官に促され、そっと儀式の準備に取り掛かった。


 純白のビキニアーマーを纏う彼女が立つ祭壇の四方には、大きな松明に灯された炎がめらめらと燃え滾っていた。松明を燃やす『滅亡』と、そこから生まれ新たな植物を育てる肥料となる灰を生み出す『誕生』を象徴する炎は、女神エクスティアの遺志を受け継ぐとされる聖女を正式に認定する儀式において欠かせないものであった。本来なら、この炎は聖女の舞と共により燃え上がり、新たなる歴史の始まりを祝うという女神エクスティアの思いの代弁者となるはずだった。


 先程まで好奇の目線で彼女の胸や腰回りを見つめていた男たちも、儀式の始まりが近づくにつれて次第に真剣なまなざしへと変わっていった。聖王国の歴史となる場面を、その目に焼き付けたかったと言う理由を持つものも少なからずいたが、単に彼女の半裸の肉体をより凝視したいという感情で見つめる者も多かったのが事実であった。


「セイラ!」

「……はい!」


 そして、大神官の言葉と共に、セイラは厳かに女神エクスティアを称える舞を踊り始めた。ビキニアーマー越しに露出する滑らかな腰つき、動くたびにふわりとたなびく長い緑色の髪、そして何よりも彼女自身の真剣かつ真摯な表情が、まるで彼女の体に女神エクスティアが宿るようであった。両手を伸ばし、足を広げ、首をゆっくりともたげ、そして自身の手をゆっくりとさする――大神官を始めとする多くの宗教関係の幹部から、良い意味でも悪い意味でも手取り足取り、時に体の各部を触られ、時に平手打ちなどの体罰も受けながら、セイラはしっかりとその身体に覚えた舞を披露し続けた。


 セイラに対して様々な良からぬ思いを抱き続けていたコンチネンタル聖王国の国民たちは、すっかり彼女のしなやか、優雅、そして厳かな舞に夢中になっているようだった。国王を始めとする王族関係者もまた、聖女に最も近い存在たる彼女の動きをつぶさに目に焼き付けていた。その様子は、懸命にエクスティアに自信の肉体、精神、そしてこの国の未来を授けようとするセイラ自身もほんの僅かだけ感じていた。ただし、彼女が抱いた嬉しさは、自身の舞の腕を皆に見て貰い、認めてもらうことへの嬉しさではなく、自身の心や体と一身になっているであろうエクスティアに対してこの場にいる全ての人々が尊敬の念を抱いている事を実感した事に対してのものだった。


 やがて、女神に捧げる舞が最終盤を迎えようとしていた、まさにその時だった。


 突然、会場は一瞬の暗闇に包まれた。突然の事態に人々が唖然とする中、兵士や教徒たちによって新たな明かりが用意された。その行為が、会場で起こった信じ難い出来事を示す結果となった。舞の形を保ち続けながらも、愕然とした表情のまま固まり続けていたセイラを取り囲むように燃え盛っていた松明の炎が、全て消え去っていたのである。


「おい、どうなってんだよ……」

「エクスティア様の炎が消えるなんて……」

「何が起きたんだ、一体……」


 人々が不安と混乱の中でざわめき続けるのも無理はないだろう。新たな聖女を祝うため、女神エクスティアの遺志の代弁者として灯されているはずだった松明の炎が一瞬で消えるなど、本来あり得ない事だったからである。だが、現に彼らの視界には何が起きたか分からないような面持ちで呆然と立ち尽くす純白のビキニアーマーの美女と、灰を残して完全に炎が消え去った松明が存在する。これらから結び付けられる結論は1つしかない。だが、そのような事などあってはならないはずだ――王族を含めた人々が混乱の中で騒ぎ立てる中、彼らを制するかのようにエクスティア教徒たちが大声を上げた。大神官が直々にこのような事態が起きた理由に際して説明する、と促しながら。


「皆の者、突然の事態に混乱する気持ちは痛いほど分かる。それは私とて同様。国王陛下も、同じ気持ちでございましょう」


 その言葉に国王陛下が大きく頷いたのを見た大神官は、突然顔色を険しいものに変え、大声で告げた。皆が沈痛な思いに浸る中、たった1人だけ全く違う考えを持つ者がいる、と。一体誰だ、という人々の騒めきは、早い段階で確信へと変わり始めた。もしこのような事態が起きた場合、最も関係しているであろう存在は1人しかいない、という事に気づき始めたのだ。



「その者は、この祭事の真っ最中まで我々を誑かし、『聖女』と偽ってこの国の平穏を乱そうとしている!」

「……えっ!?」



 その言葉に、セイラは目を見開いて驚いた。当然だろう、エクスティアへの敬愛と真の『聖女』を目指せる事への感謝を胸に、純白のビキニアーマーを身に纏いながら様々な行事、出来事、そして日々の困難を乗り越え続けてきた彼女に、そのような邪な考えなどある訳ないからだ。

 ところが、そんな彼女の反応に見向きもせず、大神官は演説を続けた。このまま聖王国を悪しき者の手に奪われる事など決して許されることではない。幸いな事に、その根源は既に皆の目にも明らかになっている。己が『聖女』という地位を得るために我々を騙し続けている大悪党が、皆の目の前に存在している、と。


「ち、違います!大神官様、これは何かの……」

「黙れ!貴様に発言権は与えられておらん!」


 反論しようとしたセイラの言葉は宗教幹部の一喝によって抑えられえてしまった。しかもそれが仇となり、更に大神官の演説が続く結果となった。このように、自身が最も認識しているであろう悪意を受け入れることなく、何かの間違いである、と反論しようとする所こそ、まさに『悪』、それも国を滅ぼそうとする『邪悪』そのものだ、と。


「そんな……まさか、我々を……」

「騙していたのか……」

「信じられないが……でも松明の炎は消えた……」

「『アレ』を信じてた俺たちがバカだったのかよ……」


 最早、会場の中に渦巻くのは混乱と困惑、そしておぞましき憎悪のみだった。祭壇の中央に向けられたのは、つい先程まで様々な思惑を抱えながらも一応の信仰を抱き続けていた存在に対する、自分たちを騙し続けていたことに対する恨みや怒り、憎しみの感情だった。セイラが困惑するような表情を見せれば見せるほど、その感情は更に高まりを見せ続けた。

 やがて、その時が訪れた。聖王国を司る国王がゆっくりと立ち上がり、大神官に対してある命令を下したのだ。この国を滅ぼそうとする『邪悪』の名を述べよ、と。それはすなわち、その名を持つ存在は、この国に存在する事を許されない最大級の大罪人に値するという事だ。


 その言葉を受け取った時、ほんの一瞬だけ国王と大神官の間に、何かを達成したかのような不敵な笑みが零れた事に、彼ら自身を除いて誰も気づく事はなかった――。


「……国王陛下の命令とあらば、仕方ありませんな……」


 ――その直後に大神官の口から発せられた言葉の衝撃のほうが、大きかったからかもしれない……。


「セイラ・アウス・シュテルベン!この場をもって貴様から『聖女』候補の資格を剥奪する!!」

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