37話 仇
『えぐっ……ひっく……』
なんだ……? 僕の頭の中に、兎を抱いてうずくまる少女の姿が浮かび上がってきた。そこに、やたらと風格のあって身なりも立派な初老の男が近付いてくる。この子の父親だろうか……?
『アルウよ、どうかしたのか?』
ア、アルウだって? まさか、ダストボックスに入ってるあのちょっぴり反抗的な子(亡霊)のこと? そういえば、どことなく面影があるような……。
『お父、さん……あのね、死んじゃったの。昨日まで元気に飛び跳ねてたのに……』
『そうか……しかし、命あるものはいつかは尽きるのがこの世の定めというもの。兎ならまた新しいものを飼えばよかろう?』
『だけどね、同じ兎でもこの子はもう戻ってこないから、それが寂しくて仕方なくて……』
『……そうか。アルウ、お前はとても優しい心を持っておるな』
『お父さん……?』
男がアルウの頭を愛おしそうに撫でてる。
『確かに数多くいる兎のうちの一匹とはいえ、この世にたった一つしかない命だ。それぞれに独自の個性や生き方があり、親や兄妹、飼い主との絆を紡ぎ出してきた』
『うん……』
『もちろんそれは国民とて同じこと。民を統べる者として、後継者として……アルウ、今のところお前が一番相応しいのかもしれんな。頑固なところも余に似ておる。少し甘すぎるような気もするが――』
「――はっ……!」
僕は急に呼吸が苦しくなって、跳ねるように上体を起こした。なんとも豪華な天井が僕を見下ろしてる。
「はぁ、はぁ……」
息苦しさを削除したあと、周囲を見渡す。ここは……そうか、思い出した。僕はあれから第四王女のソフィアにここで休むようにって部屋を手配されて、体中が沈み込むようなベッドで色々考え事をしてたらいつの間にか眠ってたんだった……。
「――あの……」
「うわっ……!?」
急にすぐ横から声が聞こえてきて、僕は驚きのあまりベッドから転げ落ちてしまった。
「イテテ……だ、誰……?」
肩の痛みと眠気を削除して立ち上がると、そこにはメイドキャップにエプロン姿のいかにも召使いって感じの女の人がいて、僕に向かって弱り顔で頭を下げるところだった。
「驚かせて申し訳ありません……。お初にお目にかかります。自分はアルウ様の使用人のファランと申す者です。以後、お見知りおきを」
「ぼ、僕はカイン……って、アルウの使用人だって……!?」
ついさっき夢で見たあの光景とぴったり繋がる感覚。まさか……。
「アルウって、もしかして貴族か王族なの……?」
「はい。アルウ様はこの国の第三王女であり、王様から一番の後継者と目されていたお方でございました……」
「ア、アルウが……」
まさかあの子が第三王女だったなんて……。
「ですが、アルウ様は壮絶な王位継承権争いの最中、謀殺されました。なので自分は仇を取りたいのでございます……」
「……」
いくらなんでも一度に入ってくる情報が多すぎて理解が追い付いてこない。
「で、でも僕は関係――」
関係ない……そう言おうとして僕が口を噤んだ理由は、アルウの悲しそうな顔が脳裏をよぎってしまったからだ。
「残念ですが、カインさんは既にその争いの渦中におられる方です。仇を取るのに協力してもらえないまでも、現在でも火花を散らしている二つの勢力争いに利用されてほしくはないので、こうして自分がここへ参ったのでございます……」
「二つの勢力争い……」
そういえばエリスもそんなこと言ってたっけ。
「かつて、カインさんと同じように二つの勢力争いに利用された方がいて、その方は非業の死を遂げられました。自分はそのとき見て見ぬ振りをしてしまい、後悔があるのでございます。それゆえ誰かが仇を取ってくれると信じて待つより、自分から行動に出た形なのです……」
「なるほど――」
――ドンドンッ。
「「あっ……」」
強めにドアが叩かれてるのがわかる。一体誰……?
「会話が聞こえてきたが、何者だ……!? この部屋には客人のカインどの一人しかいないはずだ! 客人を害するような怪しい気配があれば、扉の鍵を破壊してでも強制的に入るように命じられている。客人以外の者よ、十秒以内に答えよ。お前は誰だ!?」
見回りの兵士が来ちゃったみたいだ。まずいな、折角これから大事な話があるっていうのに……って、そうだ。あの手を使おう……。
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