35話 ご褒美


「……」


 緊張というものをここまで削除し続けるときが来るなんて、僕は夢にも思わなかった。


 でも、この状況で硬くなるなっていうのが無理な話だよね。例のA級の依頼を解決したことが評価されて、あれからヘイムダルの都の王城まで招待されちゃったんだから。それも、第四王女のソフィア様から直々に。


「本当によくぞやってくれた、カインよ……」


「ど、どうもっ……!」


「そうかしこまらずともよい。我は父である王の代理として玉座にいるだけであり、王は高齢ゆえに寝台におられることも多いがまだご健在なのだからな」


「は、はあ……」


「それに、我は王位を継ぐつもりなど毛頭ないゆえ――」


「――ソ、ソフィア様っ……!」


 ん、側近っぽい人から発言を止められてる。王室側としては王位を継ぐ気がないことを外部に漏らすのはあんまり好ましくないことだったみたいだね。


「わ、わかっておるわ。とにかく、カインにそんなに硬くならずともよいということを言いたかったのだ。コホンッ……」


 ソフィア様がいかにも気まずそうに咳払いをしてみせた。こういう場でかしこまるなっていうほうが無理があるけど、彼女としてはなるべく対等な立場でいたいってことなのかも。王位を継ぐつもりはまったくないっていうのも本音みたいだ。


「えー、カインに是非褒美を取らせたい。なんなりと申し出よ」


「え……」


 うーん……別に今僕が欲しいものはないかなあ。【削除&復元】スキルさえあれば欲しいものは大体獲得できちゃうわけだし……。


「……」


 でも、早く欲しいものを口に出せと言わんばかりの圧を周りからひしひしと感じるし、早く何か言わなきゃ……。


「え、えっと……あっ……!」


 そうだ、思い出した。ちょうどお腹が空いてきたし、王室といえばしかない。


「オーガの肉とか食べたいです……」


「お、おおっ……! オーガの肉を欲するとは、カインは相当な食通であったか。我もアレは大好物だ。それも特上品が最近届いたから、今から調理させるとしよう。早速手配いたせ」


「はっ!」


「……ふう」


 とりあえずなんとかなったみたいでよかった……って、オーガの肉の特上品って……いや、まさかね。


「――うわ……」


 それから僕は信じられないくらい広くて綺麗な食堂に案内されて、そこで王女様と向かい合いながら食事をすることになった。


「どうだ、カインよ。旨いか……?」


「あ、う、うん……」


 最大限まで高まった緊張を削除してから、湯気の立つオーガのステーキを一口食べてみると、少し遅れてなんとも言えない味わいが口の中に広がっていった。


 な、なんだこりゃっ……。脂が乗ってるとかそういう次元を遥かに超えちゃってて、舌に置いた瞬間旨味が溢れてきて頭の中まで蕩けそうだ。初めて食べてみたわけだけど、王室が贔屓にするのも納得できた。これがオーガの肉(特上品)の味なんだね……。


「ふふっ……どうだ、旨いだろう。いっぱいあるからどんどん食べるがよい」


「りょ、了解……」


「ちなみに、その肉はつい最近になってようやく手に入ったものなのだが、あらゆるオーガの肉の中でも類がない一等品で、都でも評判の肉屋から買い取ったもののようでな……」


「……そ、それって、もしかしてドワーフの……?」


「おおっ、よく知っているではないか。その店らしいぞ」


「へえ……」


 やっぱり僕が倒したあのオーガだった……ん、ソフィア様が急に神妙な顔になった。どうしたんだろう?


「正直に言うとだな……我は冒険者のことが大嫌いだった」


「えっ……?」


「自由になんでもやれるのに……。縛られている我からしたら羨望の的ともいえる立場なのに、大した腕も度胸もない者ばかりだと見くびっていた」


「……」


「だが、今回カインの活躍を見て考えが変わった。その若さで、勇敢でどっしりしていて、我の前でもこうして臆することなく食事ができる。このような者を、我は未だかつて見たことがない……」


「あはは……」


 そりゃそうだろうね。緊張を削除してなきゃ僕でもとっくに頭が真っ白になっちゃってると思うし……。


「カインさえよければ、このあと我と手合わせを願えないだろうか……?」


「え、あ、うん……」


 そんなの断りたくても断れるわけないよね……?


「ありがたい。あの化け物を一瞬で倒すほどの腕前、実に楽しみだ……」


「ぼ、僕もっ……」


 この人、凄く強いのが雰囲気で大体わかるから、あんまり手を抜かないようにしないとね。もちろん、化け物扱いはされたくないし手の内はある程度隠すつもりだけど……。

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