28話 秘め事
「う、うちはもう飲めないのだ……」
冒険者ギルドの片隅にて、リーネが酒瓶を前に首を左右に振る。
「アハハッ、ドワーフのくせにオレより酒が飲めないなんてなっさけねえなあ! ひっく……」
「全然飲めるけど、それじゃカインどのに嫌われそうなのだ……」
照れ臭そうにボソッと小声で呟くリーネにセニアが苦笑する。
「な、なんだよ、純情ぶってただけか! うっぷ……ってか、カインはついさっき受付嬢のエリスってやつに連れられてどっか行ったぞ?」
「うぇっ!? あ、あのいかにも狡賢そうな女狐に先手を取られてしまったのだ……。一生の不覚。こうなったら自棄酒だあっ!」
「ひえっ……!」
両手に酒瓶を握りしめてがぶ飲みするリーネの姿に、セニアの顔が見る見る青ざめていく。そんな中、浮かない表情をするクロードに向かって、ミュリアが不思議そうに首を傾げた。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「ん……いや、なんでもない。ただ、カインのやつ何か重要なことを隠してそうな気がしたんでな……」
「気のせいだよ。カイン君はとっても純粋だから、ボクたちに隠し事なんてしないよ~」
「……だといいがな」
グラスを傾けるクロードの目の奥が怪しく光った。
◆◆◆
「エリス、大事な話って……?」
祝勝会も終わりを告げようとしていたとき、僕はエリスに連れ出されてカウンターの奥にいた。大事な話ってなんだろう? もう冤罪も晴らしたし……ってことは、まさか……今度こそ愛の告白!?
「カイン様……」
「う、うん……」
「今回は事なきを得ることができましたが、残念ながら……ギルド長様は今でもカイン様を追い出したがっておられます」
「ええっ……?」
僕は内心がっかりしつつ驚いてみせたけど、その件に関しては予想できたことだった。たった一週間で冤罪を晴らすなんて普通はできっこないわけだからね。でも、一体なんでギルド長に嫌われちゃったんだろう?
「その件でギルド長様には危険だから深入りするなと忠告を受けましたが、私はどうしても納得ができずに資料を漁って調べて参りました」
「……何かわかった?」
「はい。所々黒く塗りつぶされていて、細かいことはよくわかりませんでしたが……どうやら、王位継承権を巡るドロドロとした争いが現在も続いているようなのです……」
「お、王位継承権争いだって……?」
なんかとんでもない話になってきた。もしそれが本当なら危険なんてものじゃない。こんなことに関わってたら今すぐにでも命を落としかねない事態だ。
「おそらくこの争いが今でも続いているのは、膠着状態で決め手を欠いているからだと思われます。そこで、カイン様のようなとても有能な方を味方につけて戦況を優位に進めたいと両陣営が企んでいるのではないかと……」
「ってことは、その争いに巻き込まれることをギルド長様は恐れてるってことかな?」
「はい。それしか、ギルド長様が将来有望なカイン様を追い出したがる理由はないかと……」
「……なるほどね」
確かに僕が冒険者ギルドを拠点にしている以上、そのリスクは出てくる。
「このままでは、争いに巻き込まれたカイン様がご自身だけでなく大切な仲間を傷つけられる可能性もあり、それで罪の意識に呑み込まれて後悔してしまうことになるのではと……」
「……そっか。ありがとう、エリス。遠回しであってもギルドを抜けてほしいなんて言いにくいだろうに」
「い、いえ、カイン様、そうではありません。私はずっとカイン様の頑張ってきた姿を見て参りました。どのような依頼を、どれくらいの時間で達成したのか、全て記憶しております。なので、カイン様がギルドを辞めないこと前提で、さらに後悔してほしくなくて……。カイン様ならば、どのような困難でも乗り越えられるのではないかと……ぐすっ……」
「エリス……」
涙ぐんでるのによく最後まで言えたね。エリスは本当に強くて優しい子だ。もしここで勇気を出して打ち明けなかったら、僕は大事な仲間を傷つけられて罪の意識に潰されるかもしれない、そう彼女は思ったんだろう。
「それなら大丈夫だよ」
「えっ、カイン様……?」
僕が普段通りの調子でさらっと言ってのけたもんだから驚いたみたいだけど、これは強がりじゃなくて紛れもなく僕の本音だった。
「僕はパーティーを追放されてから仲間なんて作ってないし、今のところ作る予定はないよ」
「え、えぇ……じゃ、じゃあ、カイン様は今までずっとお一人で……?」
「うん。ただでさえ昇級スピードで騒ぎになってるから言えなかったけどね」
「……と、とんでもない方なんですね、本当に。でも、とっても素敵です……」
「あはは……」
さすがに化け物染みてるって思われちゃったかな? まあそれでもエリスから素敵だって言われたんだしこれでいいんだ。
もしかしたら元パーティーのナセルたちがヤバイ目に遭ってるかもしれないけど、もう追放されたから関係ないしね。
泥沼の王位継承争いに巻き込まれても、僕は誰にも迷惑をかけずに軽々といなしてみせるつもりだ。何者にも強制されずにやりたいことをやりたいから。たとえそれが神様みたいな存在であっても……。
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