第五五話 父親の顔


「――かっ……!」


『コオオオオオォォォッ……』


 俺はいつも通りコアとすれ違いざま無心で心鎚を使ったわけだが、これが最後だと確信したので振り返らなかった。


 完璧な一撃だったからではなく、むしろ今までとは感覚が微妙にブレていたからだ。これは、俺が変わったわけではなく相手が変わったことを如実に表していた。


 それからほどなくして神殿が大きく揺れ始める。コアが潰れ、迷宮術士の作ったダンジョンが壊れ始めているということだ。


「――う、うぅ……」


「シュラーク様……!」


 振り返るとシュラークが人間の姿に戻っているのがわかったので、俺は一心不乱に彼の元へと駆け寄っていく。


「……」


 俺は彼の変わり果てた体を間近で見て、思わず目を逸らしかけてしまった。どう見ても助かるような状態ではないが、それでもまだ少し話すくらいならできるはずだ。


「……ゴホッ、ゴホッ……ど、どうやら、終わったようですね。ハワード氏……ご迷惑をおかけしました……」


「いやもう、迷惑ってレベルじゃなかったですよ、シュラーク様……」


「ははっ……本当に、どうお詫びしていいのか――」


『――ウウゥ……』


 なんとも悲し気な声とともに蜘蛛の少女がよろよろと歩み寄ってきて、俺はいたたまれない気分になる。


「……ど、どうしたのです、この傷は……」


「俺のせいなんです。勇者パーティーが放ってきた矢を、この子は俺を庇う格好で受けてしまって……」


「そう、でしたか……ここに来て瀕死などと……そんなところまで私に似なくてもよかったのに……」


『オ、オォォ……』


「……」


 蜘蛛の少女を見る枢機卿シュラークの顔はとても穏やかなもので、怖がっている気配は微塵も感じられなかった。


「さあ、おいで……」


『オ、オォ……?』


 蜘蛛の少女がこれ以上近付くのをためらっているのがわかる。自身がその姿ゆえに怖がられていたということをよく知っているからなんだろう。


「大丈夫だから……もう私は怖くない。シュリア……」


『ウ、ウウウゥッ……!』


 蜘蛛の少女を愛おしそうに抱きしめるシュラーク。その顔は一人の父親そのものだった。


「……シュリアっていうんですね」


「ゴホッ、ゴホォッ……はい……私の名前と……亡き妻リアンの名前を……合わせたものなのです……」


「……」


 いつしか周囲の景色が神殿の入り口付近に様変わりしていて、俺はそこでようやくシュラークとシュリアが亡くなっていることに気付く。二人の顔は眠っているかのようにとても安らかなものだった……。


「――ハワード!」


「ハワードさん!」


「ハワード様っ!」


「あ……」


 ハスナたちの声がしたので振り返ると、いずれも元気そうな顔で俺の元に駆け寄ってくるところだった。どうやら上手くいったみたいだな。


「もっと悪い人間、退治したです!」


「やっつけたのー!」


「ハワード様のおかげで、なんとか勇者パーティーに打ち勝ちましたっ……!」


「そうか……よかった……」


 なんせ、勇者パーティーで一番怖いのはランデルでもエルレでもグレックでもなくルシェラだから、全員の魔法耐性さえ神精錬で鍛えておけば大丈夫だと思ったんだ。


「それで、あいつらは全員無事なのか?」


 こんなところで一人でも死なれたら困るから無事だと思いたい。


「それが……仲間割れでも起こしたのか、一人だけ氷漬け状態だったので助からないかと思いましたが、魔法力が弱まっていたためか奇跡的に助かりましたっ!」


 ん、何かで揉めてたんだろうか……? 耐性もないのに氷魔法が得意なルシェラに氷漬けにされたらまずなのでそこも不思議なんだが、仲間相手なので躊躇があったのかもしれないな……って、後ろにいるのは……?


「よくやってくれた、ハワードよ」


 信徒姿の大柄な人物が、気を失った教皇ユミルを抱えてゆっくりと歩み寄ってくる。なんだ、この異常なほどに威厳に満ち溢れた空気は……。


「あ、あなたは……?」


「うがっ、私、知ってるけど言わないです!」


「ひぐっ、あたしは言いたいけど、口止めされてるから言えないのぉ……」


「う、うむっ、そ、それがしも……!」


「……」


 この男に口止めされたのか。っていうか、シェリーのこの今にも倒れそうな緊張具合から察するに、なんとなくわかってきたような……って! 俺は急いでひざまずいた。


「はっはっは! もうわかってしまったか」


「王様……」


 見上げた先にいたのは、覆面を脱いだばかりの王様だった。太陽光に弱かっただけで、子供の頃から体が大きくて誰と喧嘩しても負けなしだと聞いたことはあったが、まさかダンジョンにいたなんて思いもしなかった……。


「ハワードに体を治してもらったあと、余は崩御したということにしておいてくれと頼んだのを覚えておるか?」


「は、はい」


 そうだ、確かにダビル王はそう仰っていた。何か狙いがあるのだろうとは思ったが、そこまで元気だったとは。


「余はこの目と体でどうしても確認したかったのだ。民を苦しめる迷宮術士のダンジョンというものを、な……」


「なるほど……」


「それと、大事なことを確認したかった。リヒルの婿選びの件で、誰が一番相応しいかということもな……」


「え、ええ……?」


「ハワードの活躍、この目でしかと見届けたぞ。お主こそリヒルのフィアンセに相応しい!」


「……そ、それは……」


 王様っていうより、もう父親の顔をしちゃってるな……。


「照れずともよい。リヒルもハワードのことを気に入っておるし、神の手と呼ばれるだけあってお主は国民の信頼も厚く、余が亡くなったあとも安心してこの国を任せられるだろう」


「……」


 王が亡きあとに俺に国を任せるって……またとんでもないことを言われたものだ……。


「最後にもう一つ。勇者パーティーの卑劣なる悪行もしかとこの目で見届けた……」


「……ま、まさか……信徒たちに対する虐殺行為もですか……?」


「うむ……あれはまさに、目が眩むほどの衝撃であった……」


「……」


 王様の声に明らかに怒りの色が滲むのがわかる。勇者パーティーはとんでもないものを見られてしまったわけだ。これはもう、いくら今まで国に貢献してきた連中といっても無事じゃ済まないだろう……。

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