第五二話 無と欲望
「ぐぐっ……」
何故だ……何故心鎚が効かない……? やり場のない怒りが、俺の体中を支配するかのように包み込む。
俺がここに来るまでどれだけ頑張ったと思っている。この血の滲むような努力が水の泡になるというのなら、俺は一体なんのために今まで生きてきたというんだ?
俺の存在を全否定した勇者パーティーに何一つやり返せず、こんなところでくたばるためなのか……? そのような道化のような人生など、認めない。断じて認めるわけにはいかない……。
『コオオオオオォォッ――』
「――かはあぁっ……!」
コアとすれ違いざま、ロングメイスによる強烈な圧力を腹部に受け、口から飛び出した血がポタポタと足元に垂れ落ちていく。
俺はもう、やつの体に亀裂を入れるのが精一杯で、バラバラにすることさえできなくなった。こうなると、やつの強度が上がっているというより、俺の心鎚の威力が弱まっているとしか思えない――
「――はっ……」
待てよ……? 俺が完璧だと思っていた心鎚の威力が弱まっているだと……? それはつまり心が減っているということか。
『体というものはな、何かをしよう、やろうとするとどうしても力むし、前のめりになってしまう。それをカバーするのが技と心なのじゃ。お前さんの場合、技については問題ないが心の部分で大きく遅れを取っている。ヒントはここまでじゃ』
そうか……やっとわかった。ウェイザー師匠の言葉を思い出すことで、じっちゃんが言おうとしていたことが。そうだ、俺はひたすら技の完璧さ、完成度を追い求めることが正解だと思っていたが、そうではないのだ。
それはあくまでも技を追い求めようとする欲望でしかない。ウェイザー師匠やじっちゃんが言うように前のめりだし、心の摩耗を今以上の強さで楽に倒そうという、わかりやすい輝きで補おうとしていたにすぎないのだ……。
そうではなく、ただひたすら無心で何万回も鉄を打ち込んでいた日々の気持ちを思い出せということだろう。成果が出ても出なくても、そんなことすらどうでもよく思えるほどに無の境地で鉄を叩いていた頃の、心の底が焦げ付くような情熱を……。
「――かっ……!」
『コオオオォォォッ……』
もう迷わない。コアよ、何度でもかかってくるがいい。今の俺なら、何万回心鎚をやって成果が出なくとも一向に構わない。決して自分から折れはしない……。
◆ ◆ ◆
「み、みんなっ、早くここから逃げなきゃっ! ハワードが死んだら今度は僕たちがコアの標的にされちゃうだろうしっ!」
パーティーの後方、及び腰で震える指をコアのほうに向けるランデル。
「ランデル……だからこのダンジョンにいる以上、逃げても無駄だって言ってるでしょ。それに、怖がらずに前をよく見てご覧なさい。ほら、いい感じになってきたのがわからない……?」
「あっ……」
ルシェラの言う通り、前方ではそれまでコアに対して防戦一方だったハワードが盛り返してきており、ほぼ互角の戦いとなっていた。
「さすが、ルシェラさん。やつと幼馴染なだけあって、見る目があるねえ」
「ほーんと、ルシェラお姉様すごーいっ」
「ちぇっ……一応僕もあいつとは幼馴染なんだけどねえ。クソむかつく思い出ばっかだからあんま思い出したくないけどさー」
ルシェラが褒め称えられる一方、ランデルはなんとも不貞腐れた顔で座り込むのだった。
「ふふっ。私をそんなに誉めても、やるのはあいつなんだけどね。ハワードのことは認めたくないけど、あいつは逆境になればなるほど強いのよ。だから、あいつを仕留めるときは二度と立ち上がれないように一発で終わるようにお願いするわね、グレック……」
「もちろんさ。俺の渾身の矢で、ハワードの心臓とコア、それにルシェラさんのハートを見事に打ち抜いてみせるぜ……」
「あら、頼もしいわねぇ。もしランデルが死ぬようなことがあったら、その代わりはあなたにしようかしら……?」
「へっ、そいつは最高だな……。けど、ルシェラさんには相手がいることだしなあ。どうする? ランデル」
「おっ、おいおいっ、グレック、あんまり調子に乗るなよ、もうっ。ルシェラは僕のものなんだからさっ! てか、王様になったらこの世の美女を全員孕ませてやるんだっ! 処女が一番だけどー、既婚者でも恋人がいる子でもいいやっ。寝取るにしても相手がみんなハワードみたいなクソ無能だったら楽勝だしっ」
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