第四八話 本当の敵
『ウ、ウォォ……』
「……」
人間の胴体と蜘蛛の足を持った少女が、後方からやってきた二人を心配そうに見上げている。
あの子はやっぱりちゃんと人間の心を持っていたんだな。なのに彼女が一体どうしてこんな姿になってしまったのかは想像もできないことだが……。
「ゴホッ、ゴホッ……わ、私は枢機卿のシュラークと申す者です。様子がおかしいと思って来てみれば、まさかあのハワード氏だったとは……ゴフッ……と、とんだご無礼をどうか、お許しください……」
「私は教皇のユミルと申しますっ。ご迷惑をおかけしましたあ……」
「いや……こんな状況だから多分そちらもご存知かと思いますが、勇者パーティーもこっちに来ていてとんでもない事態になってるわけですから、こういう対応もやむを得ないかと思います。それより、教皇様も枢機卿様もよくご無事で……」
そういえばみんなどうしてるかと思ったら、ハスナとシルルは蜘蛛の少女とコミュニケーションみたいなのを取ってて、変顔とかで笑わせようとしてるけど向こうは不思議そうに首を傾げるばかりだった。シェリーは中々頭を上げようとしないし、教皇と枢機卿に対してやたらと緊張してるのがわかる。
「いえいえっ、ハワードさんでしたかぁ、あなたのことはリヒルさんからかねがね伺っておりますよお? とっても逞しくて心も成熟したお方だとかっ……」
「……」
教皇ユミルには初めて会ったわけだが、そのなんとも明るい調子の喋り方に俺は面食らってしまっていた。こんな重々しい空気の漂う場所なのに深刻さの欠片も見えないんだ……って、会話中なのにいつまで黙ってるんだ俺は。
「……い、いや、逞しいかどうかともかく、俺の心なんてまだまだ未熟ですよ……」
「ふふっ。噂通り謙虚な方なんですねえ。男性の方に興味がなかったリヒルさんがお気に召すのもよくわかりますよお――」
「――ゴフッ、ゴフウウゥッ……!」
枢機卿のシュラークが口を押さえながら苦し気に座り込む。これはやはり……というかもう間違いないだろう。
「枢機卿様……とても言いにくいのですが、おそらくあなたは迷宮術士が作ったこのダンジョンのコアだと思います」
「え、ええぇっ!? ハワードさん、それは絶対に違いますよぉ。ねぇ、シュラークさん?」
「ゴホッ、ゴホオォッ……い、いえ、ユミル様……どうやら、残念ながらハワード氏の仰る通りのようです……」
「えぇ……?」
ぽかんとした顔の教皇に残酷な現実を告げる枢機卿。彼は表情こそ神妙そのものなんだが、コアであることを如実に示すかのように、顔色は悪くなるどころか生気に満ち溢れるばかりだった……。
◆ ◆ ◆
「わっ、見てあれ! 超可愛い子が来たっ。あれが教皇のユミル様じゃ? かわいー!」
前方を指差してはしゃぐランデルだったが、まもなくはっとした顔で振り返ると、怖い顔をしたルシェラに対して気まずそうに舌を出す。
「ごっ、ごめーん、ルシェラァ。つい……」
「まったく、こんなときくらいしっかりしなさい……ってか、一番コアっぽかった蜘蛛の化け物が戦うことすらやめちゃってるし、一体どういうことなのかしら。これじゃ、誰にターゲットを絞っていいのかさっぱりわからないわ……」
顎に手を置いて深く考え込んだ表情のルシェラ。
「あんまり苛ついてたら足を掬われるぜ、ルシェラさん」
パーティーの最後方でグレックが弓を構えたままニヤリと笑うと、ただならぬ気配を察した様子でエルレが心配そうに彼を見上げた。
「グ、グレックお兄ちゃんっ、ここは大事なところなんだし、ちょっとは穏やかになったほうがぁ――」
「――エルレ、それは違うわ。グレックの言う通りよ。一体誰が本当の敵なのか、焦らずにじっくり見極めなきゃねぇ……」
「だよなぁ……」
「「……」」
いかにも肩身が狭そうに苦い顔を見合わせるランデルとエルレの二人。
まもなく前方で枢機卿のシュラークが激しく咳き込みつつうずくまったことで、それまでバラバラだった勇者パーティーの視線がようやく一つに纏まるのであった……。
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