第三六話 探り合い


 あれから、約束の日が矢のような速さで訪れてきて、俺たちは早速郊外にある安アパートをあとにした。


 周りからは俺が単独で歩いてるようにしか見えないだろうが、実際はハスナ、シルル、シェリーの三人が気配を隠した状態で少し遅れてついてきているんだ。


 なんせ近くにいる俺でも彼女たちがどこにいるのかわからないくらいだから、遠くから勇者パーティーかその仲間に見張られていたとしても大丈夫だろう。


 少し肌寒い気候の中、快晴でも雨でもない……今の微妙な心境を映したような曇り空に見守られながら、俺は都の中心部にあるレストランまで約束の時間の正午より早く到着した。


「……」


 そういや、いつも遅れて来るのはルシェラのほうだったっけか。込み合ったレストランで一人の時間も悪くないと思ってたからそれについて小言を言うことはなかったが、あいつが一時間くらい遅れてきたときはさすがに俺も不機嫌さを隠し切れなかったらしく、謝られたついでにそれについて気まずそうに指摘されたもんだ。


 ルシェラの前じゃ隠し事はできないな……そう言ったとき、彼女は少しだけ苦い笑顔を浮かべたような気がする――


「――遅れちゃったわね、ハワード」


「あ……」


 ルシェラだ……。あのときとまったく変わらない様子で姿を見せたかと思うと、爽やかな香水の香りとともに俺の向かいの席に腰かけた。その際にちょっと首を傾けて上目遣いで耳元のピアスを気にする素振りなんて当時のままだ。


 まるで今までのことが全部夢で、目が覚めたみたいだとも思う。もしそうだったら……どれだけなことか。


 強がりでもなんでもなく、ルシェラとの縁はもう切れたわけだからな。昔の自分より今の自分のほうが遥かに幸せに決まっている。周りには違って見えたとしても。


「ハワード?」


「あ、悪いな。考え事をしてたんだ」


「あらそう。邪魔しちゃったみたいね」


「いやいや……それより、遅かったじゃないか。ルシェラのそういう時間にルーズなところは以前と全然変わらないな」


 俺の言葉に、ルシェラがなんともほろ苦そうな笑みを作ってみせる。昔と変わらない素敵な笑顔に、俺は目がくらみそうになった。これが芝居だというなら、自然すぎて天性のものというか人間離れしている。もう悪魔といっても過言じゃないだろう。


 私は昔と何も変わってないから警戒しないで、とでも言いたいのか? 一方的に裏切ったのに、よくもこんな態度を取れるものだ。素晴らしいよ、ルシェラ、お前は本当に悪魔の中の悪魔だ……。


「遠回しなことはせずに本題に入ろう。ルシェラは俺が神の手を使えるかどうか探ってるんだろう?」


「ん……まあそんなところね。それでどうなの……?」


「……」


 俺はすぐには言わなかった。何故なら俺はどっちかといえばせっかちなほうで、どんなことでもすぐに話そうとしてしまうタイプだから攪乱する狙いがあったし、何より一呼吸置くことによって緊張もほぐれるからな。それに、いちいちこういうのを神精錬で修正してたら不自然だから。


「ハワード……?」


「あ、いや、なんでもないんだ……。俺、あれからリハビリを頑張ってな、なんとかお前たちを見返してやろうと思って」


「あのときは……まあちょっとやりすぎたところもあったかもしれないわね。こっちも酷いことを言われるかもしれないって思って身構えちゃってたし、ちょうど機嫌も悪かったし……」


「そうか……」


 今のところルシェラは様子見モードだな。俺が治ってるのかそうでないのかまだ確信を持ててないんだろう。むしろ、すぐわかると思ってたのか少し焦ってるのがわかる。表情とかは特に変わらないが、口調が少し早くなるとそのサインなんだ。


「それで、リハビリの結果は……?」


「ああ、それなんだけど……」


 俺が深く息をついたあと黙り込んでみせると、相手の左目が少し見開くのが見て取れた。俺の仕草からもなんとか答えを導き出そうとしてるのは丸わかりだ。


「上手くはいってたんだが、故郷の町が迷宮術士に取り込まれてダンジョン化したときに俺が挑戦して、コアを倒す際にまた怪我をしちゃってな。以前のような神精錬が戻るかどうかは、正直半々ってところだ……」


「そう……大変だったわねぇ……」


「……」


 俺は見逃さなかった。しんみりとした顔のルシェラの右の口角がほんの数ミリ程度吊り上がったことを。こういう状態こそ、彼女を含む勇者パーティーにとって思うつぼだってことがよくわかった。


「それでも、俺は民を救いたいからな。まだ右腕を庇いながら騙し騙しだが、ここから上向く可能性はあると思ってるしコアを倒せる自信もある……」


「ふふっ……安心したわ。ハワードは相変わらずそういうところ立派ねえ……」


「……女性関係はダメダメだけどな」


「あはっ、皮肉が効いてるわね。ハワードなら、きっといい人が見つかるわよ。私みたいな腹黒い女よりもずっといい人が、ね。それじゃ、そろそろ失礼するわ」


「ああ、ランデルたちにもよろしく言っておいてくれ」


「わかったわ」


「……」


 ルシェラが最後に発した声には、一切の遠慮が感じられなかった。もうお前は用済みだ、そんな言葉が似合いそうな冷たい口調だった……。

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