第三一話 急転直下


「えっ……じょ、女王様……? そ、その者たちは一体……」


 現国王のダビル=リヒャルテが眠るという寝台前、俺たちの登場に対して王の主治医らしき男が明らかにうろたえているのがわかった。目も泳ぎまくってるし、あのうさん臭い大臣が選んだだけあってなんとも怪しいやつだ。


「そなた、には関係のない、こと。お父様にお話、あるゆえ、今すぐここから、立ち去るがよい」


「しっ、ししっ、しかし、王様の容体は深刻さを増すばかりでして、とてもではありませんが今は話せる状況では――」


「――二度は、言わぬ。立ち去るが、よい」


「はっ、はひっ、今すぐっ……!」


 転ぶようにして主治医が逃げ出していった。今の女王の言い方、いつもと変わらず抑揚のない感じなのに何故か凄く迫力があったな。結構あっさり引き下がったのは、それだけ相手に疚しい感情があるってことなのかもしれない。


「……う、うぐ……」


 寝台の中で眠るダビル王は、悪夢の中にいるかのように魘されていて、なおかつ顔色も悪く額からは大量の汗が噴き出ていた。これは酷いな……。


「ハワード、お願いしま、す……」


「あ、ああ……じゃなくて、はい、もちろんです、女王様……」


「ふふっ……そう、かしこまらなくても、よい。とにかく、今はそなただけが頼り、なのだ……」


「はい、必ず治してみせます……」


「うがっ、ハワードなら絶対やれます」


「ハワードさん頑張って!」


「ハワード様のお力で、是非陛下をお救いくださいっ……!」


「ああ、ここは俺に任せろ……」


 人の祈る力というのはバカにできないどころか、むしろ大きな力になる。それが纏まりを見せたなら尚更。当然だが神精錬でも失敗はある。


 俺はかつてある人の病を治そうと孤軍奮闘したことがあり、あともう一回神精錬が成功すれば回復するというところで失敗してしまい、それまで快方に向かっていたのに一瞬で命を失うまでに至った。


 勢いに乗ってた頃だったから驕りもあったように思うが、神の手であっても100%はないということなのだ。だからこそ、祈りはあればあるほどいい。たとえそれが祈る側にとってちっぽけな力に思えたとしても、治ってほしいという祈りが相手に届いたとき、それは大きな力になる。


「っ……」


 心敷に王様の健康状態を置いたとき、俺は声が出そうになった。とっくに亡くなっていてもおかしくない、『-8』という数値だったからだ。しかもこの老体で、よくここまで頑張れたものだ……。


 次に毒の蔓延状態を置いてみると、『+4』だった。これを見て背筋が冷たくなるのを感じる。『+5』になっていたらもう神精錬を以てしても手遅れだっただろう。


『+4』と『+5』の数値は、あまり変わらないように見えて実際は天と地の差があるのだ。いかに王様の体が毒で侵され続けていたかってことがわかる。まずは毒を折らないといけない。これも慎重にやらないと逆に毒が蔓延するので気を引き締める必要がある。


 ――カン、カンッ、カンッ、カンッ……。一歩ずつ足踏みをするように、石橋を叩いて渡るように神精錬を施す。もう少し、もう少しだ……。




 ◆ ◆ ◆




「きえええええええぇぇぇっ……!」


 都の宮殿にある大臣の部屋にて、けたたましい奇声と物音が鳴り響く。


「何が私の友人たち、だ……? 友人などほとんどいない一生引きこもりの分際で! なんなのだ……あの女狐めは、一体何を考えているのだあぁぁっ!」


「だ、大臣、落ち着いてください」


「これが落ち着いていられるか! あの女狐めに私の送り込んだ主治医も追い出されたのだぞ!? 大体グレック、お前が女王の連れの中にハワードが紛れ込んでいる可能性が高いなどと言うから、大勢の面前で恥をかかされたのだっ!」


「も、申し訳――」


「――だ、大臣様あっ! 大変でございますっ!」


「「はっ……」」


 慌ただしくドアがノックされ、我に返った様子で扉を開く大臣。


「ど、どうしたっ、何があったというのだね……?」


「そっ、それがっ……うぐっ……へ、陛下が遂に……崩御なされたそうでございますっ……!」


「な、なななっ、なんだと……!? そ、それは本当なのか……?」


「は、はい……」


「「……」」


 しばし驚愕の表情を見合わせる大臣とグレック。それからほどなくして、大臣のみ崩れ落ちるようにひれ伏すると、絨毯に顔を擦りつけて泣きじゃくり始めた。


「お、おおぉっ、王様があぁっ……! なんとおいたわしや……ぐひっ、ひひっ……ひっく……あひひいいぃっ……ぷくくっ……!」

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