第二六話 安全地帯
あれから、俺たちは元に戻った故郷の町の片隅で暮らしている。自分らが住むこの家は、今や世界一安全な場所といっても過言じゃなかった。
外観は怪しまれないようにボロすぎず綺麗すぎずで地味なままだが、それ以外は『-7』から『0』まで戻した内観を筆頭に、神精錬によって温度や湿度、広さや防音性等、快適さだけでなく隠密性をこれでもかと追求したからだ。
もちろんここでずっと暮らすつもりなんて毛頭なくて、まずはここを俺たちの拠点にしてこれからのことをみんなで考えていかなければいけないと思ったんだ。
「それにしても……ハワード様が迅速にダンジョンを攻略したにもかかわらず、迷宮術士は欠片も尻尾を見せぬとは、なんと逃げ足の速い人物か……」
しみじみと話すシェリーに俺たちはうなずく。
あのあと、俺たちは迷宮術士を血眼で探したんだが、結局見付かることはなかった。なんせ、自分の姿を自由に変えてしまうという神出鬼没な人物だから、探すのは困難を極めていたのだ。
「うが……迷宮術士、とても手強いと思うです」
「ひぐ……あたしもそう思うのー」
ハスナやシルルもいるので見分けられる、あるいは嗅ぎ分けられる可能性を考えたんだが、既にいない様子だったしこればっかりはもうどうしようもない。
結論として、迷宮術士を倒すには新しく作り出してきたダンジョンをやつが想定してないほどの超スピードで攻略するのが近道だろう。
ただ、最近はそういうヤバいダンジョンができたというのは聞かないし、その間にランデルたちにやり返すべく都に乗り込むことも考えたが、なんせ敵は勇者パーティー。慎重に行かないと簡単にこっちが悪者にされてしまう。
地道に、迷宮術士が作った難易度の高いダンジョンを攻略して民衆の支持を得ようにも、『+30』くらいの低難度のダンジョンは勇者パーティーがことごとく攻略してしまっているらしい。
「迷宮術士もですが、それ以外の悪い人間たちも早く倒したいです、ハワード」
「ハワードさんと一緒にぶっ倒すのー」
「それがしも、ハワード様とともに迷宮術士だけでなく勇者パーティーに鉄槌を下すそのときが待ち遠しい……」
「ハスナ、シルル、シェリー……俺もまったく同じ気持ちだし、凄くもどかしいよ。でも、今はまだそのときじゃない。ここは我慢して迷宮術士によるダンジョンが発生するのを待って、勇者パーティーの手柄を横取りする作戦がいいんじゃないかな」
「「「横取り……?」」」
「ああ。こっちが先に攻略することを繰り返せばやつらの面目は丸潰れで、向こうから仕掛けてくるかもしれない。そうなったらこっちの思うつぼで、ダンジョン内ならいくらでもやり返すことができる。速攻でダンジョンを攻略すれば、迷宮術士の手がかりだって追えるかもしれないしな」
「なるほどです」
「なるほどなのー」
「……」
ん、シェリーだけは納得がいってない様子で、考え込んだような難しい顔をしている。
「シェリー、言いたいことがあるなら遠慮なく言ってほしい。神の手なんて言われてるが、俺は仲間たちの協力がなければここまで来られなかったし、猫の手も借りたいくらいなんだよ」
「そ、それでは遠慮なくっ……。それがしの考えでは、もし難易度の高いダンジョンが発生したら、狡賢い勇者パーティーは静観するのではと……」
「ああ、その可能性のほうが高いかもな。なんせ迷宮術士のやつはどんどん腕を上げてるし、灰色の町以上の難易度だったらランデルたちも飛び込まないだろう。もちろん、それでも俺たちだけは挑戦しよう。迷宮術士を倒すチャンスも出てくるかもしれないし、民にとって本当の味方がどっちなのかはっきりしてくる」
「な、なるほど。さすがはハワード様。とても広い視野で物事を見られるお方だ……」
「いや、俺だって仲間がいるからこそできることだ。本来は勇者パーティーがこういう気持ちじゃないと困るんだけどな」
「確かに――」
「――ひぐっ!? だっ、誰かこっちに近付いてくるの!」
「「「っ!?」」」
シルルの発言で緊張感が一気に高まる。
この家は存在感自体を神精錬で折ることによって低くしてるし、普通の人間には到底認識できないはず。ということは……まさか、俺がかつてこの辺で暮らしていたと知っているやつが、なんらかの目的で探しに来たってことなのか……?
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