第二四話 超える者


「オルフ様、大事なお話とは……?」


「ああ……俺が騎士団を追放されたのはな、とある理由で団長様に忌み嫌われたからなのだ……」


 灰色の町の一角にある袋小路にて、壁を背に座り込んだ男が目前でひざまずく女に対し、絞り出すように低い声を出す。


「そのことについてはもちろん、それがしも存じております。オルフ様が異例のスピードで副団長まで昇進し、さらに多くの人望を集めたことで団長様の嫉妬を買ってしまったからだと……」


「それは建前上だが、真実は違うのだ」


「ええ?」


「あの方には惚れた女性がいたのだが、その人の心が別にあると悟ったからだ」


「そ、それは一体……?」


「話すべきかどうか迷ったが……言うことにする。もう俺に残された時間は少ない」


「オルフ様……?」


「あの方が密かに思いを寄せていたのはシェリー、お前だ」


「なっ……」


「俺は親子ほど年が離れているお前を、病死した実の妹のように可愛がってきたし、お前も本当の兄のように俺のことを慕ってくれた。それがあの方には何より気に入らなかったのだ」


「そ、そんな……まさか、それがしのせいだったとは……」


「すまない。お前が責任を感じると思ってこのことは黙っていたが、真実を告げる前にこの世から消えてしまうことだけは避けたかったのだ……うっ?」


「オ、オルフ様?」


「お……追い出されたとはいえ、孤児でしかなかった惨めな俺を、ここまで引き上げてくれた団長様には感謝している……。ただ、心残りが一つだけあるとしたら、それは、お前――うぐぐ……がああああぁぁぁっ!」


 オルフの体が見る見る膨れ上がっていく。それは大男という範疇を遥かに超越しており、まさに強力なモンスターの代表格である巨人といえるものであった。


『ウゴオオオォォ……』


「はっ……」


 巨人となったオルフが足元で呆然と立ち尽くすシェリーを片手で掴み、光をなくした眼前へと運んでいく。


『ガッ……!?』


 糸を引きながら大口が開かれたそのとき、巨人は顔をしかめるとともに片膝をつき、掴んでいた獲物も落としてしまった。その足にはオークの面影を残す少女が噛みついているところだった。


「――うっ……? あ、あ、あなた方は……」


 さらに、地面に落下する寸前のシェリーをキャッチしたのはフードを被った小柄な人物で、その隣にはハンマーを背負ったラフな格好の男がいた。


「話は聞かせてもらった。コアの始末は俺たちに任せろ」


『グッ……グオオオォォォォッ!』


 怒り狂った様子の巨人が男に襲い掛かるも、振り下ろされたハンマーの振動により麻痺状態に陥ったところで懐に飛び込まれ、胸をありえない速度で殴打されたことにより周囲の壁を崩しながら背中から倒れ、次第に元の大きさへと戻っていった。


「オルフ様ぁっ……!」


 血相を変えてオルフの元へ駆け寄るシェリーだったが、最早彼が起きることはおろか動くことすらもなかった。


「倒すのが一歩遅かったようだ。もう少し早ければ助かっていたかもしれない。すまなかった……」


「うが……助けられなくてごめんです」


「ひぐ……救えなくてごめんなの」


「……ひっく……いえ、そんな滅相もない……」


 シェリーは赤い目を擦り、ハンマーを持つ男の前まで歯を食いしばって歩くと、深々とひざまずいた。


「ハワード様……それがしはシェリーと申す者。貴殿の神鍛冶師としての伝説の数々、かねがね聞いております。よければ、それがしもご一緒させてはもらえないだろうか? 貴殿を追放したという腐った勇者パーティー、それにオルフ様をこんな風にしてしまった迷宮術士を倒すために……!」


「ああ、もちろん構わない。大切な人を失ったばかりで辛いだろうに、すぐ立ち直れるその強靭な精神力があれば大丈夫だろう。な、ハスナ、シルル?」


「別によいと思うです」


「うん、あなたもあたしたちと一緒に行こうよ!」


「あ、ありがたき、幸せ……」


 シェリーの声は掠れていて小さかったが、はっきりと周囲に届くものであった。

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