第五章 異世界転移拒否したはずなのに、結局こういう展開に突入するのか
1.お風呂は静かに入りましょう
「……ふぅ」
まったく、散々な目に遭った。
あの後、池に落とされた俺はチェルシーに引き上げられ……
先生に、なんでこんな不審者みたいな格好をしていたのかを尋ねた。
すると、
「いやー、おばけなんかより生身の人間の方がよっぽど怖いんだぞ、ということを生徒たちに解らせたくてだなー」
いや、きもだめしってそういう場じゃねーから! まじで肝が冷えたわ!!
おもちゃのナイフを弄びながら気怠げに言う
「……はいはい、悪かったよ。お詫びに教員用の露天風呂浸からせてやるから、それでチャラな。教頭にはチクるなよー? 落留だってセンセーの胸めっちゃ揉んだわけだし」
って、必死すぎてそんなんわかんなかったわ! この不良教師が!!
……と、いうことで。
俺は今、教員用の露天風呂に浸かり、冷えた身体を温めているというわけである。
生徒用の屋内大浴場と違い、高級旅館顔負けの立派な岩風呂だった。
山の景色が一望できる開放感。ゆったりと身体を倒し空を見上げれば、満点の星空が広がっている。
妙ちきりんなコスプレをして生徒を脅かしているだけだというのに、こんな豪勢な風呂に浸かっているとは……いいご身分だな、教員サマ方は。
と、ため息をついてから……俺はぼんやりと、チェルシーとの会話を思い出す。
『これは、この気持ちは、一体何なのでしょうか?』
「………………」
……あの時、何と返すのが正解だったんだろう。
「仲間はずれみたいで、寂しく感じたんじゃないか?」
そんな風にぼかして伝えても、きっと彼女はそれを素直に受け止め、飲み込んでいただろう。
……うん、やっぱりそれが最適解だったんじゃないか? だって……
………それ、嫉妬じゃないか?
なんて、俺の口から言えるかよ。
「……あぁぁ」
ダメだ。あの上目遣いと、握った手の感触を思い出すだけで、また鼓動が加速する。
普段ぽやぽやしているからツッコんでばかりだけど、普通に可愛いからねあのコ。
その上性格もすこぶる良い。純粋で、責任感が強くて、いつだって自分のことより周りのことを考えている。宿敵であるヴィルルガルムのことさえも救いたいと願っていた。
そうなんだよ……あいつ、めちゃくちゃ可愛いんだよな。
食べ物を美味しそうに食べる顔も、俺の冗談を本気で信じる真っ直ぐな瞳も、芽縷や煉獄寺と戯れる楽しげな笑顔も……
全部全部、俺の目には眩しすぎて。
もちろん芽縷や煉獄寺だって可愛いし、いい奴だとは思う。だけど……
チェルシーは、なんだか放っておけないというか、目が離せないというか……ずっと見ていたいというか…………
……いや。いやいやいや。何考えてるんだ、俺。
あの
何より俺自身がそう決めたんだろう? 異世界転移を拒否して……彼女と子をもうけることを拒んだのだから。
一緒にいたい。だなんて、思ったら駄目だ。
彼女は自分の国のために、俺を籠絡しようとしているだけなのだから。
あの婆さんに、そうさせられているだけなのだから。
……嗚呼、そうだよ。そもそもみんな、俺の魔力目当てで寄ってきたんだ。
まったく、どいつもこいつも俺の純情な心を弄びやがって……
俺は鼻の下まで湯に浸かり、悶々とした気持ちを吐き出すようにぶくぶく泡を吹く……と。
──ガララッ。
誰かが、脱衣所の戸を開ける音がした。
あれ、もしかして宿舎の人が清掃に来たか? 葉軸田め、詫び風呂に入れてやるって言うならちゃんと宿の人に話通しておけよ。
「すんませーん。まだ入ってまー……」
す。の音が、喉から出ずに止まる。
何故なら。
「し、失礼いたします……」
ひたひたと素足を鳴らしながら、裸体にバスタオルだけを巻いた……
……チェルシーが、目の前に現れたから。
「は…………はぁ?! ちょ、何やってんの?!」
「お背中を流しに参りました。元はと言えばわたくしを護るために、あのようなことになってしまったわけですから……せめてものお詫びにと思いまして」
狼狽えまくる俺の正面で、彼女が足先からゆっくりと湯に入ってくる。
「ま、ま、待ってくれ。これはさすがにマズイって! こんなとこ先生に見つかったら…」
「それならご心配なく。先生方には全員、催眠魔法をかけてきました。朝までぐっすり熟睡です♪」
え、えぇー……用意周到―……
時折発揮される彼女の行動力(闇)に愕然としていると、チェルシーは少し頬を赤らめて、
「……ありがとうございます。わたくしを護ろうと、武器を持った相手に立ち向かってくださって……あの時の咲真さん、とってもかっこよかったです」
「あ、いや、あれは、その……」
そんなことより胸! タオルからこぼれそうだから!! もっとちゃんと押さえて!!!
見てはいけないと思いつつやはりどうしても目がいってしまう。仕方がないだろ、こんな立派なモンが目の前にあったら、そりゃあ見るわ!
刺激的すぎる光景に言葉を詰まらせる俺の元へ、チェルシーはちゃぷんと水音を立てて近づき……身体を寄せてくる。
「……ごめんなさい。お詫びだなんて、嘘です。本当のことを言うと……さっきから、咲真さんのことで頭がいっぱいで。ただ、咲真さんに会いたくて……」
「………ちょっ?!」
ぴた、と。
タオル一枚隔てただけの身体を、俺の身体に密着させて……
「……咲真さんに、触れたくて。どうしようもなくなって……来てしまいました」
俺の胸板に押し付けられ、むにゅっと形を変える柔らかな双丘……
そこから、強く脈打つ彼女の鼓動を感じる。
きっと俺の鼓動も、彼女に伝わってしまっているのだろう。
「……何故でしょう。初めは咲真さんに触れることが、あんなに怖かったのに………今は、触れたくてたまらない」
それから、彼女は俺の背中に手を回し、ぎゅっと抱きついてきて。
「触れられたくて、たまらないのです。こんなはしたないわたくしを……軽蔑しますか?」
そう、尋ねてきた。
熱を孕んだ瞳。
濡れた唇。
上気した頬。
密着した、肌の感触。
彼女の何もかもが、欲望に、衝動に身を委ねよと、全力で煽ってくる。
……そうだ。このまま欲に飲まれてしまえば……そういう関係になってしまえば、彼女とずっと一緒にいられる。
俺が、自分の気持ちに素直になれば……
……って、何考えてんだ。駄目に決まってるだろ、そんなの。
ここで流されたら、最初に彼女を拒絶した意味がなくなってしまう。
でも、もう……
目の前の彼女の瞳に、吸い寄せられるようで……
「………チェルシー……」
頭がぼうっとする。
まるで、ピンク色の靄の中にいるみたいだ。
暴力的なまでの誘惑に、俺はうわ言のように彼女の名を呼んでから……
彼女の身体にそっと、手を……
手を……………
………触れようとした、その時。
「……ん?」
ふと、視線を感じ……風呂場の入り口に目を向ける。と……
暗闇の中、ギラリと光る二対の目が、こちらをじぃっと見つめていた。
扉の陰に隠れ、こちらを覗いていたのは……
「芽縷! 煉獄寺!!」
である。
俺の声に、二人はパジャマ姿でひょこっと現れ、
「やっべ。バレちった☆」
「……やはり芽縷の小型カメラを設置して中継すべきだった」
「でもさぁ、どうせならやっぱ生で見たいじゃん?」
「ナニをだぁぁあっ!!!!」
遠くの山々にこだまする勢いで絶叫する俺。
しかし二人は悪びれる様子もなく、
「ま、遅かれ早かれ出てくるつもりだったし、いっか。あたしたちに構わずどうぞ続けて?」
「続けるってナニをだよ?!」
「……わかってるくせに」
「わかってるから聞いてんだよ!! さてはお前ら、共謀してチェルシーをここへ送り込んだな?! どういうつもりだ!!」
「だってさぁー、咲真クンとチェルちゃん見てるとなんかもどかしくてムズムズするんだもん」
「……もうくっついてしまえばいい。物理的に」
「物理的に?!」
「あたしたちはその"おこぼれ"をもらえればいいかさ。ちょこーっと子種を分けてもらえればいいから。そしたらみんな幸せになれるでしょ?」
「ばっ……バッカじゃねぇの?! お前らほんと……バッカじゃねぇの?!」
発想があまりにあんまりすぎて、語彙力がログアウトする。いや、馬鹿だろ。馬鹿っていうか、馬鹿だろ。
「何考えてんだよまったく! ってか、よく考えたら鍵は?! 脱衣所の入り口にしっかりかけたはずなんだけど?!」
その指摘に、煉獄寺は「ふん」と鼻を鳴らし……
後ろ手に持っていたものを、ぼちゃんと湯の中に放り投げてきた。
ぷかーっと浮かび上がったソレは……鍵付きの、ドアノブだった。
「……鍵なんて、
こっ、こいつ……ドアノブごと引きちぎりやがったぁぁあッ!!!!
「あ、ちなみに防犯カメラにはダミー映像流しているから、薄華ちんがドアノブ引きちぎったことはたぶんバレないよ♪」
軽いノリでそんなことを言ってのける芽縷。
教員を眠らせたチェルシーといい……お前ら、目的のために手段選ばなすぎだろ! 一歩間違えなくても犯罪だからな?!
そんな恐ろしい犯罪者集団を前に戦慄していると、芽縷が「ふっふっふ」と笑い、
「もー咲真クンてば。あたしが言ったこと、忘れた?」
「……初めてのお泊り。こんなチャンスを、逃すはずがない。その想いは、皆同じ」
「そうそう。あたしたちは咲真クンと子作りするのが目的なんだからさ。ね? チェルちゃん♪」
発言のバトンを渡され、俺の隣でチェルシーがぴくっと震える。
彼女は頬を赤らめ、少し俯くと、
「……そうですね。ファミルキーゼの女王としてのわたくしは、それが目的です。けど……」
ぱっ。と顔を上げ。
俺の瞳を、真っ直ぐに見つめながら、
「等身大のわたくしは…………王家の使命などなくても、ただ咲真さんに触れたいと……触れてもらいたいと、そう思っています」
泣きそうな、切なげな表情で、そう言った。
そのセリフに、芽縷と煉獄寺が「おぉ」と声を上げるが……
俺はもう、全身が熱くなり、いよいよ何も言えなくなる。
そんな……そんなこと言われたら……
俺は……俺は…………
……と、彼女の言葉に答えようとした、直後。
「姫さまぁぁああああっ!!」
そんな、
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