第三章 『姦しい』って言葉、読んで字の如くすぎるよな
1.放課後だよ! 全員集合☆
一睡もできないまま迎えた翌朝、月曜日。
俺は高校の最寄り駅で降りると、チェルシーが暮らすアパートを訪れた。
呼び鈴を鳴らす……が、反応がない。
もう一度押す。やはり、反応はなし。
次にドアをノックする。「チェルシー、起きてるか?」と呼びかけながら。しかし、これも無反応。
ダメ元でドアノブを捻ると……ガチャリと小気味のいい音を立て、
ドアの隙間からそっと中を覗く。
まず目に入るのは、広いとは言えないキッチンだ。
その先のガラス戸を隔てた向こうにあるのが、リビング兼寝室。一国の姫君の住まいとしては、あまりにも質素で手狭な単身向け物件である。
目線を下に遣ると、玄関には女物のパンプスとサンダル、新品のローファーが、かかとを綺麗に揃えた状態で置かれていた。どうやら、いるにはいるらしい。
いちおう「入るぞー」と断りを入れ、部屋に上り込む。それにも応答はない。
しかしたしかに人のいる気配を感じ、俺は思い切ってリビングへと繋がるガラス戸を開け放った。
「チェルシー、起きろ! 朝だ! 学校行くぞ!!」
言いながら部屋の奥へと向かい、カーテンを勢いよく開ける。
すると、壁際に置かれたベッドの上で布団の塊がもぞもぞと動いた。
「…………またか」
はぁぁ、とため息をつく。
この布団の中で蠢いている物体が、何を隠そうチェルシーである。
どうやら彼女、朝が相当弱いらしい。
先週もゴミの出し方を教えるために訪れた際、何度かこうして叩き起こすハメになった。
「まったく……世話のかかるお姫さまだ、なっ!」
俺は布団の端を掴み、それをバサッと無慈悲に剥いだ。すると!
「うぅん……ばぁやってば、まだ夜ですよぅ……」
なんて、寝ぼけたことを呟きながら目を擦る彼女は……
キャミソールとパンティーだけという、あられもない姿で横向きに丸まっていた。
「ちょっ……! な、なんて格好で寝て……!!」
「……あれ? さくましゃん、おはようございまふ……昨日パジャマをお洗濯してしまったので、着るものがなくて…………………って」
身体を起こし、自分の装いをあらためて認識した彼女は、みるみる内に顔を真っ赤に染め……
「すっ、すすすすみません! こんなはしたないところをお見せして……!!」
布団を手繰り寄せ、慌てて身体を隠す。
俺も今更ながらくるっと背を向け、
「いや、俺こそ悪かった! 無断で入って、いきなり布団剥いだりして……」
「いえ……起こしていただきありがとうございます。すぐに支度いたしますね!」
と、彼女が動き出したので、俺はそのまま部屋を出る。
はぁ……まったく、朝からなんて人騒がせな。
まぁ、でも……ああやって恥ずかしがってくれるだけ、まだマシだ。下着姿で迫られるのは、もう懲り懲りだからな。
なんて、この土日の出来事を思い出し、またため息をつく。
それから、目に焼き付いてしまったチェルシーのキャミソール姿を、なんとか忘れようと頭を振っていると、
「お、お待たせいたしました。今日は可燃ゴミの日、ですよね……?」
すっかり庶民じみた姫君が、申し訳なさそうにドアの隙間から顔を出した。
「──休みの間は、何して過ごしてた?」
ゴミ出しを無事に終え、学校へと向かう道すがら。
俺は気になっていたことをチェルシーに尋ねた。
彼女はにこっと笑い、
「ファミルキーゼに帰っていました。ばぁやに国を任せっきりにしてしまっているので、週末だけでも帰らねばと思いまして」
「そうか。ってか、そんなに気軽に行き来できるものなんだな」
「はい。転移魔法を組み込んだミニ絨毯を持ってきていますから、いつでも帰れますよ」
よかった……あのアパートの一室で、一人寂しく過ごしていたわけじゃなかったのか。
「あとは、咲真さんから教わったこちらの世界の"じょーしき"を復習しておりました。電車の乗り方……食堂の食券の買い方……ハンバーガーの注文の仕方……納豆は腐っているけど食べられる……あ、具合が悪くなったら『119』で、男性にしつこく絡まれたら『110』、ですよね?」
言って、鞄から
ほら、お年寄りがよく使っている、かんたん操作で必要最低限の機能だけが入った格安のヤツがあるだろ。彼女が持っているのはソレだ。入学手続き同様、"幻術魔法"とやらを使って書類を誤魔化し、契約したらしい。
そんな"簡単スマホ"を掲げ、得意げに笑う彼女の姿に……
俺は思わず、肩の力が抜けてしまう。
「……なんか、チェルシーと話してると安心するわ」
「あんしん?」
「そう。気が抜けるというか、緊張感がなくなるというか……」
「えぇっ。それはダメです。『恋』はもっとこう、ドキドキするもののはずなのに……!」
「もうしばらくドキドキはいいよ……心穏やかに過ごしたい」
そう言ってため息をつく俺を、チェルシーは不思議そうに見つめ、
「咲真さん……お休みの間に、何かあったのですか?」
金色の髪を揺らしながら、小首を傾げる。
俺はなんと答えるべきか迷い、天を仰いで、
「あー……ほんと、何が起こっているんだろうな。俺にもさっぱり」
なんて曖昧な返事をするので、彼女はますます「?」な顔をする。
わかりやすすぎるその表情に、俺はつい頬が緩みそうになりがら、
「……とりあえず、チェルシー。今日も学校終わりに、時間もらえるか?」
「はい、もちろんです! 今日は何を教えてくださるのですか?」
キラキラと期待に満ちた眼差しを向ける彼女。
その熱い視線に、俺は小さく息を吐いてから、
「……カラオケ、興味持っていただろ? 連れて行ってやるよ。……
テンション低めに、そう答えておいた。
* * * *
『放課後、駅前のカラオケ店に来てくれ。そこで今後について、詳しく話そう』
昼休み。
俺は煉獄寺と芽縷に、そんなラインヌを送った。
程なくして、煉獄寺からは「わかった」の一言が、芽縷からは「OK!」というスタンプが返ってくる。
二人とも週末の出来事が嘘だったかのように、普段通りの学校生活を送っていた。気まずさを感じているのは、どうやら俺だけのようだ。ほんと、女って生き物は怖い。
そして放課後。
カラオケ店にいち早く着いた俺とチェルシーは、割り当てられた個室の中で二人を待つことにする。
その間、チェルシーは初めて入るカラオケ店の設備をしげしげと見回し、パチパチ弾けるメロンソーダを酸っぱそうな顔で飲むなどしていた。
先に現れたは、煉獄寺の方だった。
ドアを開け、部屋に入ろうとした瞬間にチェルシーが目に入ったのか、暫し固まる。
「あっ、煉獄寺さん!」
そう、チェルシーに呼ばれると、
「…………………」
そのままドアを閉め去っていこうとするので、「こらこらこら!」と急いで引き止める。
「……落留くん。これは一体……?」
ソファに座りながら、いつも以上に低い声音で呟く煉獄寺。
チェルシーにも芽縷にも、そして煉獄寺にも、この場にこのメンバーが来ることは伝えていない。煉獄寺は、ここにいるのは俺だけだと思い込んで来たのだろう。
「この後説明する。もう一人、ゲストを呼んでいるから。そいつが揃ったら……」
と、噂をすれば何とやら。俺が言いかけたタイミングで、再び部屋のドアが開いた。
俺を含む全員が、入って来たもう一人の人物に視線を向ける。
すると、そいつもこちらを見回し……
「……おお、咲真クン。まさかいきなり『よんぴぃ』から入るなんて……なかなかいいシュミしてるね!」
「違うわ! ってか、これ以上お前の初期イメージ崩すような発言しないでくれる?!」
超正統派美少女キャラ……だったはずの芽縷に、俺は涙ながらに訴えるのだった。
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