5.異世界転移は突然に
いや、拍手だろ。コレ。
今となっちゃ信じてもらえないかもしれないが、去年は本当に友だちゼロ・女子の知り合いゼロの限界陰キャオタクだったんだぞ?
それが……高校生活二日目にして、この快挙である。
帰ってきた男子寮の自室。
ベッドに寝転び、ラインヌの友だち一覧を眺める。
……よもやこれは、夢ではあるまいな? と、ほっぺたを抓るという漫画みたいなことをやってみる。ちゃんと痛い。どうやら現実のようだ。
高校生になった途端に、今まで縁がなかったようなキラキラ系美少女と、趣味を分かち合えるオタク系美少女とお近付きになってしまった。
……おいおい。
ひょっとしてこれ、始まっているんじゃないか?
冴えない俺が特に理由もなくモテまくる、王道学園ラブコメディが……!!
………なんてな。たまたま運が良かっただけだ。あまり調子に乗ると痛い目見る。
しかし……女子とラインヌか。
送るにしても、どう切り出せばいいんだ?
顔文字と絵文字のバランスは?
スタンプってどのタイミングで使うの?
ていうか、今日の今日送ったらキモイか?
『ガッついてんなコイツ』って思われるか?
あああもう、経験値がなさすぎて文明の利器を全然活用できない!!
「………とりあえず、動物系のスタンプでも買っとくか」
一旦深呼吸をして、女子ウケしそうなスタンプを探そうとした……その時!
──カッ!!
突然、俺の視界が強烈な光に覆われる!
「な……なんだ?!」
反射的に閉じた瞼を薄っすら開くと……どうやら光は、部屋の床から発せられているらしかった。
何かの文字で構成された紋様のようなものが円形に描かれており、それが光っているのである。
まるで、アニメでよく見る魔法陣だ。おいおい、こんな厨二心をくすぐるマット、買った覚えはないぞ?
「くっ……!!」
一際強い光に包まれ、俺は再び目を閉じる。
そして……瞼越しに、光が収まったのを認識してから……
……ゆっくりと、目を開けた。すると。
「……………………」
そこは、ベッドの上。しかし、さっきまでいた寮の自室とは異なる場所だった。
まず、広い。とにかく広い。軽くバドミントンのコートが張れるくらいに広い部屋だ。
そして、高い天井。大きな窓。高級そうなカーテンや絨毯。
テーブルやソファ、今俺が座っているベッドなどの調度品も、素人目にも高価であることが伺える。
あとは……なんだかよくわからない、猿のミイラみたいな置物が一体。これもきっと高いんだろうな。
実際に行ったことはないが、まるでヨーロッパにある城の一室のようである。
………いや、『である』じゃねーよ何処だココ?! それこそ夢でも見ているのか?!
周囲を見回しながら、大いに混乱していると……
「こっ、こんにちは」
背後から、鈴の音が鳴るような声がした。
振り返ると、そこにいたのは……
艶やかな金色の長髪。
エメラルドグリーンの瞳。
小さな輪郭に収まった、人間離れした美しい顔。
透けるほどに白い肌。
そして……長く尖った耳。
こういう特徴を持つ人種を、俺は知っている。
と言っても、フィクションの世界の話だが。
……エルフだ。
アニメやゲームで見るような美しいエルフの少女が、そこに立っていた。
彼女は緊張した面持ちで、一つ礼をすると、
「初めまして。わたくしは、ルーチェ・ルーシァ・ミストラディウス。このファミルキーゼ帝国を統治する女王です。貴方は……
「そう、ですが……」
「よかった!
「しょ、召喚?」
「はい。転移魔法で、あちらの世界からこちらの世界へ、貴方様をお呼びしたのです。突然のことで驚かれましたよね。申し訳ありません」
と、胸に手を当て謝罪するエルフさん。
……ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。
「ルーチェルーシァさん……でしたっけ? 一つ確認したいことがあるのですが」
「あぁ、チェルシーとお呼びください。同い年ですから、その方が嬉しいです」
「では、チェルシーさん。その……ざっくばらんな聞き方をしますが」
「はい」
「これはひょっとして…………………異世界転移、というやつでしょうか……?」
なんておかしな質問をしているのだと、自分でツッコミを入れたくなるが……このシチュエーションには、あまりにも既視感がありすぎる。
突然連れてこられた中世ヨーロッパ風の城。
聞きなれない横文字な国名。
『魔法』という厨二なワード。
そして、高貴な身分を自称する金髪美人エルフ。
……どう考えても、「貴方様にこの世界を救っていただきたいのです!」から始まる、異世界転移モノの冒頭シーンだろコレ!!
俺の質問に、エルフ……チェルシーさんは、ぱぁあっと輝くような笑みを浮かべて、
「はい! 貴方様に是非、この世界を救っていただきたいのです!」
「やっぱりぃぃいいい!!」
ああぁまじかよ!!
つか、なんで俺?! なんで今?!
「いや、待てよ?! まだドッキリという線がある!!」
ハッとなってから、俺はベッドから飛び降り、馬鹿でかい窓の外を見る。
すると……
空には月みたいな、しかし月よりずっと大きな惑星が二つ浮かんでいて。
果てなく広がる緑豊かな大地には、至る所から白い骨のような塔が生えていて。
眼下には……城下町だろうか、鎧を着込んだ剣士っぽい奴や、マントを羽織った魔導師っぽい奴が普通に歩いている。
……映画の撮影セットにしたって、規模がデカすぎる。
なによりも、空気が違う。においというか味というか、質量というか……上手く言葉にはできないが、とにかくさっきまでいた東京都内とは、明らかに違う場所だ。
……………まじか。
まじで、異世界転移なのか。
つーかよく考えたら、誰が何の目的で俺なんかにドッキリ仕掛けるんだって話か。
俺はゆっくりとチェルシーさんの方へ振り返り……
一度深呼吸をしてから、言う。
「……用件を聞こう」
「あ、はい。えと、結論から申し上げますと……邪悪なる魔王・ヴィルルガルムを永久に葬り去るため、貴方様のお力をお借りしたいのです」
……ん? ヴィルル……ガム? なんかどっかで聞いたような……いや、気のせいか。それにしても、魔王だなんてまたベタな……
と、半眼になる俺をよそに、彼女は深刻そうに俯く。
「破滅と絶望を無限に振りまく存在、ヴィルルガルム……この世界の民は数百年もの長きに渡って、この魔王の存在に苦しめられてきました。というのも、ヴィルルガルムは何度倒してもまた数十年すると復活し、再び破壊の限りを尽くすのです」
「復活……?」
「そうです。しかも、その姿かたちを毎回変えて……ある時は巨大な獣、またある時は実態のない煙のようなモノ……人の姿で生まれ変わったこともあると、文献には記されています」
言いながらチェルシーは部屋の隅にある本棚の一番上に手を伸ばし、「んしょ、よいしょ」と背伸びをして一冊の本を取り出そうとする。
かかとを上げたり下げたりし、なかなかに難儀している様子だったので、横からひょいと取って渡してやる。
「ほい。これで合ってるか?」
「あっ、すみません。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、彼女は見たこともない文字が並ぶその分厚い本をパラパラと捲っていき……とあるページで手を止め、俺の方へ見せてきた。
「これが、ヴィルルガルムの身体に現れる紋様です。どんなに姿かたちを変えて生まれ変わっても、この紋様だけは毎回身体のどこかに浮かび上がっているのです」
そこには……なんだっけな。『ウロボロス』と言うんだっけか。悪魔のような羽が生えた二匹の龍が、互いの尾を噛み、サークル状になっているような絵が描かれていた。
「なるほど。これが魔王である証、ってことか」
俺の言葉に、こくこく頷くチェルシーさん。可愛い。動きがいちいち小動物みたいだ。
しかし……何度滅ぼしても姿を変えて復活する魔王か。たしかに厄介だな。
なんて、俄かには信じがたい夢みたいな話を、とりあえず真面目に聞いているわけだが。
チェルシーさんが続ける。
「代々、ヴィルルガルムを討伐する使命を担っているのが、このファミルキーゼ帝国の王族・ミストラディウス家の人間なのです。王族にのみ伝わる特別な魔法を用いることでしか、ヴィルルガルムは倒すことができません」
「で、君がその王族で、ヴィルなんとかをやっつける義務があると」
「そうです」
「君一人で、か? 他に王族は?」
何気なく聞いたその疑問に……チェルシーさんは長い耳を少し下げ、視線を落とす。
「……十年前、前国王であったお父さまと、王妃であったお母さまは……ヴィルルガルムと戦い、相討ちとなって命を落としました。他に親族はありません。なので今はわたくしだけが、この国を護ることができる存在なのです」
言葉の最後には顔を上げ、誇らしそうに言うが……
揺れる瞳の奥に、不安や恐怖が垣間見える。
「……辛いことを聞いてしまって、申し訳なかった」
「いっ、いえ。お気になさらないでください。わたくしこそ、気を遣わせてしまって申し訳ありません」
「……で、話をまとめると。この世界には倒しても倒しても蘇るヴィルルガルムっていう魔王がいて。そいつが復活すると、あちこち破壊され民が苦しめられてしまう。それをやっつけることができるのが、王族……つまり、チェルシーさんである、と。そういう話で間違いないか?」
「はい。おっしゃる通りです」
「じゃあ、質問。そこで何故、俺が呼ばれたんだ? チェルシーさんがいればヴィルルガルムは倒せるんだろう? 俺なんかなんの力も持っていない、ただの一般人だ。呼ぶ意味なんてないだろう」
そう。そこがわからない。
これが夢でもドッキリでもない、本当に本当の異世界転移だと百歩譲って認めるとして、何故『俺』なんだ?
今の話から察するに、チェルシーさんの一族が魔王を倒せてしまうのだから、よくある『異世界から来た勇者』だとか『英雄』だとかは不要であるように思えるのだが……
するとチェルシーさんは、「そっ、それはっ」と顔を真っ赤にし、狼狽え始める。
そのまましばらく、「あー」とか「えっとー」と目を泳がせていた彼女だったが……
意を決したようにぎゅっと拳を握り、
「しっ、神託があったのです……繰り返される魔王の復活を封じ、永久に葬りたくば、貴方様をこちらの世界にお呼びし、その…………………わたくしとの、子をもうけよと」
………………………ん????
「あの、ごめ……最後、よく聞き取れなかったんだけど……なに? コオモウケ……?」
「……ですからっ。子どもを作れと……子作りをしろということです!」
「こっ、コドモ?! コドモって、あの?!」
「そうです!」
「……あぁ、もしかして俺の認識している意味と違うのかな。そうだよな、ここ異世界だもんな。そりゃ言葉も違うよな」
「いえ、その子どもです! おぎゃーって泣いて産まれてくる、あの!!」
「いいや違う! そんなはずがない!! だってそんな……こ、子作り、って……!!」
「うぅ……もっと別な言い方をした方が伝わるでしょうか? つ、つまりですね、貴方様とわたくしとで…………………………………セッ」
「だぁあああ言わんでいい! 悪かった! 俺が悪かった!!」
真っ赤な顔をした彼女の言葉を、俺は全力で遮る。
いや、いやいやいやいや。
たしかに異世界に来た途端、冴えない男がモテまくりーっていうのはよくある展開だよ? だけどなぁ。
こんな、いきなり……綺麗なエルフのお姫さまと……
こっ、子作りだなんて……!!
「なんでまた、そんな超展開に……」
俺が漏らした呟きに、チェルシーさんは恥ずかしそうに目を逸らしながら、
「自覚されていないかもしれませんが……貴方様は、常人ならざる魔力をお持ちなのです。それこそ、魔王に匹敵するほどの強大な力を。その魔力と、魔王封じの正統な血が合わされば……つまり、貴方様とわたくしとの間に生まれた子なら、魔王を復活させることなく永久に滅ぼすことができると、神からのお告げがあったのです」
お、俺に常人ならざる魔力が……? また随分と都合の良いような悪いような設定が舞い込んできたものである。当然、自覚などあるはずもない。
倒しても倒しても復活する魔王を、蘇らせることなく永久に葬ることができる存在……
それが、俺と彼女との間に生まれる子ども……?
神のお告げって……そんな胡散臭いモンを本気で信じるっていうのか?
と、喉まで出かかったその言葉を……俺は、飲み込んだ。
何故なら、チェルシーさんが目の前で………
ドレスを、脱ぎ始めていたから。
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