第三章その1
第三章、宣戦布告の体育祭
尾崎透が決意して二日後の月曜日、制服も中間服になり始めた頃。
休み時間中に透は田崎達に近付いて話しの輪の中に入り込み、一〇分間という限られた時間内で体育祭の話題を出す。
「なぁ、もうすぐ体育祭だけどみんなはどう思う?」
「ああマジでかったるい以外なんでもないよ、クソ暑いし何で勝手に盛り上がってるリア充を応援もしなきゃいけないんだよ」
田崎は露骨に忌ま忌ましげな表情に変わる、予想はしてたがここまで露骨に嫌うとは思っていなかった。
「僕も正直あまり好きじゃないな、インドア派だし」
本来なら上位グループにいてもおかしくない市来達成が首を横に振りながら言う。
「俺デブだからさ、体動かすのは好きだけど走るのは得意んじゃないんだよね」
身長一八八センチに体重一〇〇キロのどっしりした体格に丸刈りで愛嬌のある顔立ち、入学式の時に中学時代は相撲部で高校ではダンス部に入り、ニックネームはデブゴンだと自己紹介した
「うむ、僕としては体育祭は嫌いではないイベントだが、女子の体操服がブルマではないのが残念」
痩身でアンダーリム眼鏡にボサボサ天然パーマで知性的な顔立ちの優等生である
「おいおい気持ちはわかるが今世紀初頭に絶滅したぞ、俺も生で見たことはないからなんとも言えないが」
「なんだいそのブルマって?」
透は思わず訊いてみると、一色君は眼鏡をクイッと上げて話し始める。
「ブルマとは女性が運動する際に着用する限りなくパンツに近い衣類のことで一九六〇年代~二一世紀始めまで、女子生徒の指定体操服になっていて、諸説はあるが元々は一九世紀の女性解放運動家のアメリア・ジェンクス・ブルーマーが発案――」
喋り口が速くなって饒舌になる瞬間、四時間目の授業の始まりを告げるチャイムが鳴ると一色は「またの機会に」と言って席に戻った。後でググって調べてみるかと思ったが昼休みにはそのことを忘れ、水季達と五人でいつもの場所で弁当を食べて過ごす。
そして透は三時間目の休み時間の時のように、頃合いを見計らってみんなに聞き出す。
「そういえばもうすぐ体育祭だよな?」
「そうだね、今年はハチマキどんな風にしようかな……中三の時はねじりハチマキだったし、中二の時はポニテリボンだったし、中一の時はリボンカチューシャだったから今年は迷うな」
唯はハチマキコーデに悩んでるようだが、それさえも楽しんでる様子で陽奈子がズバリと発案する。
「ネコミミなんてどうかな?」
「いいね! でも可愛いけど、あたしより陽奈子の方が似合いそうかも!」
唯の言う通り小柄で愛らしい陽奈子にはピッタリかもしれない、水季も体育祭に関しては少し憂鬱気味のようで溜息吐く。
「体育祭か……あんまり好きじゃないな」
「まぁこれから暑くなるからね」
透は無理もないと頷く、水季のように静かに一人で描くタイプにはキツイ一日だろう。
灰沢はどうだろう? 透は灰沢に訊こうと視線を向けると、彼は水筒のお茶を一口飲んで言うハッキリ言う。
「俺は楽しみにしてる、啓太や直美と一緒に遠慮なく騒げるからな」
「その通りよ灰沢君! なんでも楽しまなきゃ勿体ないよね」
唯は首二回縦に振って頷くと、透は二人に訊いた。
「灰沢君、奥平さん、実は俺……体育祭あまり好きじゃなかったんだ――」
灰沢と唯は「うん」とほぼ同時に頷くと、決意を口にする。
「――だけどせっかく高校入ったんだし、灰沢君が誰かと楽しい時間を過ごすことを覚えるように、僕も体育祭を楽しむことを覚えたい」
透は体育祭の目標を口にする、体育祭が非リアが嫌うイベントだ。
ならば心の底から楽しむことに決めれば田崎を慟哭させることができる、真剣な眼差しでゼロコンマ数秒の間が長く引き延ばされると、唯が優しく微笑む。
「そんな難しい顔して考えなくていいんだよ」
「……そうだ、俺からも言えることはあまり深く考えないことさ」
灰沢も精悍な笑みで微笑んで言うと、水季と陽奈子は何か思うところがあるのか、温かな眼差しで透を見つめていた。
更に数日経ち、中間テストをそこそこの成績で終わらせた翌日、ロングホームルームの時間になると赤城先生は級長二人に壇上へと上がるよう促すと、透はついに来たかと身構える。
「それではこれから体育祭に向けて出場する競技を皆さんで決めてもらいます。
赤城先生は「皆さん」という言葉を強調して体育祭の競技を書く、暗記してるのかメモを見てる様子もない。
「それでは今から各競技に出場する人を決めたいと思います」
級長の野口君が壇上に上がって始まると、石澤さんが一旦後ろを振り向いて黒板を確認すると教室に視線を行き渡らせる。
「ではまず最初に一〇〇メートル走に出場する方を決めます」
赤城先生は全て競技を書き終え、パンパンと手を払って窓辺に置いてあるパイプ椅子を開いて座り、見守るような眼差しになる。
さてどれに出場するか? 透はあまり目立ちたくないが決意を固めた以上やらなきゃいけない、因みに灰沢は男子一〇〇メートル走、羽鳥は大胆にもクラス対抗リレーのアンカーで第一走者が野球部の中林、第二走者がサッカー部の木村、第三走者が灰沢と決まり、唯はスプーンリレー、水季は障害物競争と決まる。
他にも綱引きに全員参加の応援合戦と締めのフォークダンスがあるという。
透は一五〇〇メートル走に綱引きと決まったがこの際、競技はなんだっていい。スウェーデンリレーに決まった田崎の方をチラリと見ると、まるでこの世の終わりのように青褪めた表情を見せていた。
放課後になると透は自転車を押し、すっかりいつもの光景となった水季、唯、灰沢、陽奈子と高校前駅まで歩いて帰る、唯は陽奈子に訊いた。
「そういえば陽奈子って体育祭で出場する種目決まった?」
「うん障害物競争とスプーンリレー!」
偶然にも水季と唯が出る競技で唯は「おおーっ!」と嬉しそうに声を上げる。
「あたしとスプーンリレーで一緒じゃん! 同じ組なら負けないよ!」
唯は意気込みを見せる、因みに一組と三組が赤組で二組と四組が白組だ。
「水季ちゃん、一緒の組になったら絶対に負けないから!」
「うん、望むところよ陽奈子ちゃん!」
水季も負けないと意気込みを見せると、灰沢は透に気遣う口調になる。
「尾崎、一五〇〇メートル走頑張れよ」
「ごめん、勝てそうにないしあまり自信ない」
透は本音を言うと灰沢は気さくに微笑む。
「一番を取れなんて言わない、最後まで歩かずベストを尽くして走り切ればいい。それに一五〇〇メートル走で手を挙げる奴は誰もいなかったからな」
灰沢の言う通りだ。競技はなんでもよかった自分を呪いそうだが、それでは楽しい体育祭を迎えられるとは言い難い。
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