第二章その3

 夕食はファストフードのマクミランバーガーで済ませて今日は帰ることになる、陽奈子と灰沢は鎌倉駅の近くに住んでるから東海道線に乗り、大船駅で横須賀線に乗り換えて帰るという。

 江ノ電に乗って江ノ島駅で降り、そこで解散して自転車を取りに行って自宅に帰り着く。

「ただいま……」

 ドッと疲れが押し寄せて来て重い体を引きずって風呂を済ませる、自室の出窓のカーテンを開けると窓の向こうに月明かりの江ノ島が見える。

 透はゆっくり流れる時間を出窓に座って江ノ島を眺めるのが昔からの習慣であり、楽しみだった。

「楽しかった……か」

 カラオケ店を出る前に五人で撮った写真で、唯が向かって左端でスマホを構え、右隣りから水季、陽奈子、灰沢、透で並んでいて試しにSNSで唯のアカウントをチェックすると、真ん中の陽奈子を「新しい友達!」と派手にデコレーションしていた。

 水季の表情も以前に比べて柔らかくなっていて、実は唯が「横顔美人」とタイトルを付けて送ってきた写真も、こっそり保存していた。

 透はもしかすると、輝かしい青春というのを掴み取れるかもしれない。

 その淡い期待を抱いてると、スマホの着信音が鳴った。スマホを取ると透は思わず顔を歪める、田崎からLINEメッセージだ。

『おいチー牛!!』

 余韻に浸り、これからの淡い期待を見事にぶち壊す一文だった。しかも恐ろしくバカデカいブーメランを投げやがったぞこいつ、透はLINEを開いて返信する。

『牛丼はすき家より吉野家派だぞ』

『んなこと聞いてねぇわボケ!! お前今日小野寺さん達と一緒にカラオケ行ってマクミランバーガーに行っただろ!! 写真見たぞ!』

 怒りのスタンプ添えて暴言吐いてくる、唯のSNSを見たのかもしれない、透は少し考えて陽奈子のことは伏せて返信する。

『うん、そうだけど』

『なんだよ非リア陰キャの癖にリア充とカラオケに行きやがって! しかも、可愛い女子とくっついて三密じゃねぇか! ソーシャルディスタンス忘れたのか!?』

 とっくの昔に過ぎ去った新興感染症気分なんだよ? 流行遅れにも程があるぞ! 透が頭を抱えてる間にも田崎は追撃を仕掛ける。

『お前さぁ、小野寺さん達に自転車で江ノ電より速く走れま~すってアピールしてイキがってる?』

『かなりギリギリだったよ』

 田崎は相当頭に血が上ってるらしいく、頭っから否定する。

『ほ~ら出た出た。謙虚に振る舞ってるフリしてよぉ~陰キャの癖にこの前の親睦会で俺と一緒じゃないからって調子に乗りやがって!! お前は喋るだけでムカつくんだよ』

 それで透は思わずカチンと来たが、向こうも恐らく頭に血が上って判断力が鈍ってるかもしれない。さてどう言い返す? 考えてる間にも田崎は暴言を送ってくる。

『おい既読スルーかよ!!』

『聞いてるのかボケッ!!』

『シカトすんな首でも吊ってんのか?』

 しばらく暴言吐かせてみようとわざと無視した結果、出るわ出るわ透への誹謗中傷や罵詈雑言に人格否定のオンパレード、田崎がネット弁慶なのは知ってたがこれほどのものとは……。

『田崎君の好きなアニメみたいだと思うよ、青春アニメとか』

 田崎はアニメが好きって話していたことを思い出しながら返信する。

『お・れ・は青春アニメは大っ嫌いだよ!! 俺が好きなのは異世界転生と日常系だ!! 百合ものはともかく、特に男女の恋愛青春ものなんてが反吐出るわ!!』

 この野郎! 青春アニメが好きな人を敵に回しやがった! 百合が好きならと返信する。

『百合が好きってことは薔薇もいけるのか?』

『いけるわけねぇだろ馬鹿!! 陰キャチー牛顔の癖にリア充の真似しやがって!』

 陰キャなのは否定しないが、チーズ牛丼が好きな人も敵に回しやがった。こいつは敵を作ることの天才か? まあそれはいいとしてどこから情報を得たんだと透は返信する。

『因みにその情報どこから?』 

『グループでLINEしてたらアップされてたんだよ! 写真の右端お前だろ!』

 田崎が写真を送ってくる、確かに動かぬ証拠だがそれのどこが問題だ?

『どこが問題だ? 陰キャのチー牛がリア充になっちゃいけないのか?』

『そんなの常識中の常識だ!! 非リアがリア充になるなんて、完全な裏切りじゃねぇか!!』

 裏切り以前にいつ仲間になったんだよ、ただのみっともない嫉妬で暴言を吐くルサンチマンじゃないか! 透は溜息吐いてる間に田崎は煽ってくる。

『お~い裏切り者~クラスのみんなにあのこと言い触らすぞ~』

 それで透は神経が凍り付く、自分でも呼吸が荒くなっていくのがわかる、マズイ落ち着け! 過呼吸の対処方法は知ってるはずだ、吸うよりも吐く比率を多くしろ。

 可能なら数秒ほど息を止めるんだ、透はスマホを遠くに置いて息を整える。

 さてどうする? その間にも田崎から着信通知が鳴り響く、罵詈雑言や悪口、暴言で煽ってくる。こんなのみんなが見たら、ドン引きするだろうと思ってると水季、灰沢、唯、陽奈子の顔が頭を過ぎった。

 揺さぶりをかけてやる! 透は今までのやり取りをスクリーンショットを保存した。

『このやり取り、みんなが見たらどんな顔すると思う?』

『えっ? まさか保存したとか冗談?』

 よし弱気になった! きっと血の気が引いた顔になってるだろう一言で返した。

『本気』

『ごめんごめん尾崎、チー牛陰キャなんて冗談だよ冗談! 俺とお前の仲じゃねぇか』

 自分が不利になるとあっさり手の返し、透は馬鹿馬鹿しくなってスクリーンショットを追加で保存すると、一方的に会話を終わらせた。

『もう遅いから寝るよ』

『お~いまだ一〇時四五分だぞ』

『もうすぐ一一時だ、お休み』

 そう言って透はスマホの電源を切り、寝る準備に入ってのんびり週末を過ごした。


 月曜日、何食わぬ顔で学校に登校すると田崎はまだ来てない、羽鳥が透を見るなり嬉しそうに微笑んで挨拶してきた。

「おはよう尾崎、先週金曜日に一敏とカラオケ行ったんだって?」

「うん……灰沢君楽しんでた」

「そうか……一敏に訊いたんだけどさ、恥ずかしそうにして話してくれないんだよ」

 羽鳥はニヤついて言うと、奥にいる灰沢は顔を顰ながら震える。

「余計なことを訊くな啓太」

「まぁたまた、でも少しずつ成長してるみたいで俺は安心したぜ」

 羽鳥は安堵した表情を見せ、灰沢は面倒臭そうに溜息吐いてると田崎が登校してきて挨拶する。

「おはよう、みんな」

「おはよう田崎君、この前のことでちょっといい?」

 透は静かに怒りを露にすると、田崎は事もなげに笑って誤魔化す。

「悪い悪いあれは冗談だよ冗談! もう! 尾崎は昔から冗談通じないし、ノリ悪いなぁ! まぁ悪かったよ、ごめんごめん!」

「……わかった」

 透はそれだけ言って、もういいと言う素振りを見せて席に戻る、胸糞悪い。

 午前中の授業が終わり、昼休みになるが田崎とはもう食べたくないし食べるくらいなら一人でいい、ぼっちと馬鹿にされるが田崎と一緒よりはいいと思っていた時だった。

「唯ちゃん水季ちゃん、一緒に食べよう!」

 教室の扉から身を乗り出して紺野陽奈子が誘ってくる。あらかじめ約束していたのか唯は水季に一瞥して「行こう」と言うと水季も微笑んで「うん」と頷く、どこへ行くかは知らないがこれからワイワイしながら楽しく食べるんだろう。

 せめて透は陽の当たる場所で食べたいと思いながら水筒と弁当を持って立つ。

「あれれ~尾崎どこに行くの? ぼっち飯は寂しいよ?」

 田崎の口調はクラスメイトを気遣ういい奴のように聞こえるが、今の透には神経を逆撫でするには十分だった。

「俺は陽の当たる場所で食べたいだけさ」

 平静を装って吐き捨てて教室を出ようとした時だった。

「ならさ! 尾崎君も一緒に食べよう! そうだ、ついでに灰沢君もおいでよ!」

 唯は何の前触れもなく誘ってきて、透は思わず「えっ!?」と唯を見つめる。灰沢は苦笑しながらも満更ではない様子で苦笑しながら弁当と水筒を持って立つ。

「ついでって奥平、俺はおまけか?」

 すると羽鳥は嬉しそうに微笑んで送り出す。

「満更でもねぇじゃねぇかよ一敏、お前――」

「誰かと楽しい時間を過ごすことを覚えろ、だろ?」 

 灰沢は先読みして言うと、羽鳥は嬉しそうに頷く。

「そうそう、大分わかってきたじゃねぇか!」

「行こうぜ……尾崎」

 灰沢は柔らかな笑みで言うと、透は困惑しながらも「ああ……」と頷きながら一緒に教室を出て、早速唯は提案する。

「折角だからさ、尾崎君の言ってた陽の当たる場所で食べよう!」

「うん、食べよ食べよ!」

 陽奈子が同調する。透は唯に気を遣わせてしまい、申し訳ないと思いながら謝る。

「ごめん奥平さん、気を遣わせてしまったね」

「尾崎君は悪くないよ、それにごめんなさいよりも嬉しい言葉を言ってあげて」

 意外にも水季が自分から言ってきて、静かに驚愕したが透は恥ずかしいけど、大切な気持ちを伝える。

「あ、ありがとう奥平さん、誘ってくれて」

「どういたしまして! 水季も言うじゃない!」

 唯は何の濁りもない笑みでウィンクして水季を褒め称える。彼女は仄かに赤らめながら謙遜する。

「私は……唯のハッキリ言えるところを、見習わなきゃって思っただけなの」

「この前も思ったけど水季って、芯の強い女の子かもね……あたしって結構打たれ弱いからさ」

 唯の慈しむような眼差しで言う。その通りかもしれない、あんなに神秘的で儚いげな美しいイラストを描けるようになるにはたゆまぬ努力、即ち続ける意志の強さが必要だ。

 食べる場所は校舎の傍にあるベンチで食べることにした、他愛ない話をしてるうちに教室でのことが馬鹿らしくなってきたが、一敏は水筒のお茶を一口飲んでジッと見つめて訊いてきた。

「なぁ尾崎……田崎と何かあったみたいだな」

「ちょっと灰沢君! 今はそんなことを――」

 空気の読める唯は目の色を変え、咎めようとするが透は右手をかざして止める。

「いや、いいんだ。ああ、金曜の夜にLINEで暴言吐かれてね」

 透はスマホを操作して保存しておいたLINEのスクリーンショットを見せると、一敏は微かに表情を引き攣らせ、唯はドン引きして呆れた表情になる。

「うわぁ……チー牛陰キャって、こいつ自分の顔を鏡で見たことないの?」

「うん……こんなの絶対に許しちゃいけないよ」

 水季は平静を装ってるように見えるが内心では憤ってるようにも見える、陽奈子はストレートに怒りを露にする。

「そうよ尾崎君! こんな奴の相手をしてたら、だんだんエスカレートしてノリとか冗談を免罪符にして取り返しのつかないことになるわよ!」

「陽奈子ちゃんの言う通り、ああいう人って絶対に許さないといけない空気とタイミングで謝ってきて、許さないと空気や立場悪くなるように仕向けるわ」

 水季の言うことには妙に説得力があると、唯も過去を思い出してるのか、苦虫を噛み潰したような表情になる。

「うわぁ……あるある、そんな光景見たことあるような気がする……」

「それで田崎君は僕が楽しく過ごしてるのが気に食わなかったらしいんだ」

 透はみんなにスクリーンショットを見せながら言うと、一敏は瞼を閉じてまるで重大な決断を下すかのようにゆっくり見開いた。

「尾崎、こいつのことはもう関わらなくていい、ああいう奴は口ばかりだ」

「私もそう思うわ、だから……」

 陽奈子は険しい表情で言って間を置くと、向日葵の花を咲かせるように無邪気な笑顔になる。

「一緒に帰って、明日もみんなでお昼食べよう!」

「えっ?」

 透は意味がわからず、一敏も首を傾げると唯は意図を察して微笑んだ。

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