未来都市での自然派サラダの作り方

System》装置起動、標準:大正時代…


大正時代、日本は劇的に変化した。

近代化の波は都会から田舎まで広がり、日本の昔ながらの風景を塗り替えていった。

東京に近い山奥の村、坪八村もその流れに飲み込まれそうな雰囲気は合った。ガス灯を提供する会社が村長の家にまで来ていたのだ。

しかし、結局ガス灯がこの村に来ることはなかった。


なぜなのか。

ガス灯会社の営業マンが肩を落として坪八村を後にしていた時、村長の家の中では、塩原邦夫村長が会社の契約書を破っているところだった。52歳にしてはがっしりとした体と白髪を、ろうそくの明かりが照らしている。

邦夫が自分の権限で、商談を止めたのだった。

しかし、時代の流れに村長一人の意思で逆らっても、穏便に事が終わるはずもない。


ドタドタドタ。

荒々しさを感じさせる足音が、契約書を捨てている邦夫村長の所に近づく。

「お父さん、いい加減にして下さい!」

苛立ちを露わにした少女が、乱暴に障子をあけ部屋に駆け込んできた。


「なんで、私が商談をはじめようとしていたガス灯会社さんを追い返したりしたのっ」

よく手入れされた艶のある長髪をなびかせて、少女は村長に詰め寄る。

怒りを感じさせる瞳が、村長の顔を睨みつけていた。

燭台の明かりで、暗闇の中に少女の姿が浮かぶ。

年齢は15歳。色白な肌だが、怒りのあまり頬にすこし赤みがさしている。

切れ長の目とすっと通った鼻のラインは高貴さを感じさせ、とてもかわいいのにずっと見ていることはできないような圧がある。


塩原和子。

実際、その顔立ちに違わず、和子は利発さと男勝りの気の強さがある。だから今も村の経営について正面から、父の邦夫村長を批判しているのだった。


「和子に黙って勝手なことをして、すまなかった」邦夫は和子に深く、頭を下げた。「和子に商売の才能があることは知っている。でもこの村を新しくすることはやめてくれ」

「なんで?」

そう言って首をかしげた和子の表情には、どうしてもわかってくれない父親へのいら立ちがにじんでいた。

「村長として、村が変わるのが怖いの?」

「違う。前にも和子に教えただろう。この村はずっと、昔ながらの暮らしをしなければならない。そういう呪いがわしらにかかっておるのだ。」

「呪い?私も前にいった言葉をかえすけど、今は大正時代ですよ。この科学の時代に呪いなんていう馬鹿なことを根拠に村の発展を拒むのですか!」

怒りを抑えきれない声音で、和子が叱責する。

「お父さん、この村は良い蚕にめぐまれ、養蚕業で財産を築けた。それでいて東京からのアクセスは良い。ガス灯の管を引いたり、機械を養蚕業に導入したり、近代化ができる村なんです」

それでも村長は、苦し気に俯いて、ただ黙って首を横に振り続けた。

「もう!これほど言ってるのになんで、わかってくれないの」

和子は、走って部屋を飛び出した。


「待て」

引き留めようとする邦夫の声を背中に「ちょっと、外散歩してくるから」とだけ言い残し、和子は家を飛びだした。

聡明な和子らしからぬ、子供っぽい行動。

だけど本当は、和子は、父親の邦夫のことが大好きなのだ。だから、これ以上父を傷つけたくなくて家を飛び出したのだ。

何ていい子なのだろう。そして、こんなに親思いなのにケンカしなきゃいけないなんて、かわいそうだ。


そう思ったは、透明化を解除し、空中から一気に降下して、和子の背中にナイフを突き刺そうとした。


しかし、和子が振り返り、素早く体をひねってかわしてしまった。

勢いあまって地面を転がる私に、「誰ですか?」と警戒感が滲んだ声で、和子が尋ねた。

「へー、避けて怒るなんて予想外」友達からサプライズを受けたように、私は素直な賞賛を送った。「和子ちゃん、やっぱりメンタル強いよねぇ。この時代の女の子はもう少し弱いものだけど」

もっと怯えるかと思っていたのに、意外にも和子はキッと睨みつけてきた。鋭い眼光が私に向けられている。

「あなた、何者ですか。」


「私の名前は112338です。って言っても分からないよね。この時代はまだ、識別番号じゃない文字による名前だし。いやーやっぱりそういう文明が未熟な感じエモいよねぇ」

「いい加減にして下さい」和子ちゃんは、興奮のあまりグダグダとしゃべる私を怒鳴った。「何なんですか。あなたは?」

「私は、あなたのお父さんが祟りと呼んでいたものです」

「じゃあ、科学を超えた存在だってことですか」

「ううん。違うよ」私は首を振って否定した。「その逆。私は未来からきた。今から1000年後の日本から。つまり科学を超えた存在ではなく、ものすごく発展した科学の存在なんだよね」

「それなら、まあ、よかったです」

「へぇ、受け入れるんだ」

和子ちゃんは私を見て、元気に頷いた。「はい。科学を否定する存在よりは、未来から来た人のほうが納得できます」


私は思わず笑う。

「ほんとに、和子ちゃんって生まれる時代まちがちゃったよねー」

「ふふ。私もそう思います。あの、未来って男女差別ってなくなってたりするんですか」

「ええ。そんなもの無いですね。」

「おぉ良かった。人権運動ってちゃんと実るんですね」

そんな和子ちゃんの様子を見て、私は「なるほど」と思う。和子ちゃんは青踏なんかを読んでいる新しい女ってやつなのか。だから現代的な考え方をして、私が未来から来たと知って嬉しそうだったのだろう。


「それで未来人さんは何をしにここに来たのですか」

「そりゃあ、和子さんを殺しにきたのですよ」

私の正直な答えに、和子ちゃんは目を瞬かせた。「え?」

そして、私の言葉の意味が飲み込めていくにつれて、和子ちゃんはいきなりの殺害宣言に怯えはじめた。年相応、時代相応の弱弱しい女の子の顔になっていく。そのギャップもかわいいと私は思う。


「言ったでしょう?あなたのお父さんが祟りと呼んでいるのは私だ、と。この村を発展させようとした人を殺してきたのは、私ですよ。だから今、和子さんを殺そうとしているんです」

「なんでですか」和子ちゃんが怯えた様子で、訊ねた。「あなたが未来からきたのなら、この村の科学技術が不十分なことぐらいわかるでしょう?」

「この村は、未来になっても昔ながらの暮らしを続けている唯一の村になる。あなたのようなこの村を発展させようとする行為はこの村を普通の村に変えてしまう。そのもったいなさがわかりますか」

「は?嘘でしょう」和子ちゃんは唖然とした。「あなたたち未来の人が、観光地として楽しむために、今の村人が不便な暮らしをしていても、がまんしろというのですか」

「はい」

「信じられない」

「まぁ、この時代の人にはこの村の貴重さがわからないでしょう。未来の無機質な街をみていないのですから。」

「それを言うなら、あなたたち未来の人だってこの時代遅れの村で暮らす不便さを知らないじゃないですか」

そう言って怒る和子ちゃんをかわいいな、と改めて思う。怯えと怒りの入り混じった顔。この野生感が魅力的だと思った。しかし、困ったことになった。私はこんなにもかわいい和子ちゃんを殺したくない。


和子ちゃんが引き下がってくれれば殺さなくてもすむはずだと思いながら「ねぇ、和子さん。この村への開発をやめると約束してください。そうしたら私は何もせずにここを去ります」

と、提案してみた。

和子ちゃんは私を見て唖然とした。「なんで、急に殺すのをやめたのですか。哀れみですか」

「いいえ、和子ちゃんが可愛らしくて、殺したくないのです」

「は?」

本気で意味が分からないという表情を浮かべて、和子ちゃんは私を再びにらむ。どうせお前たち未来人はろくでもない奴らだろと言いたげな顔だった。

「もしかして、嘘の希望をちらつかせて、弄んでるのですか?期待させといて、最終的に私を殺すのでしょう、だまされませんよ」

「いいえ、私はそんなに非道な人間じゃないですよ。」

的外れな非難を向けてくる和子ちゃんに、私は心外だなという顔で肩をすくめた。


「何が、そんなに魅力的だというのです?私より美人な女の子なんて、この村ですら何人もいるでしょう?」

「和子さんの豊かな表情もあなたの時代ではめずらしくもないでしょう。ですが、私のいる未来ではもう見ることはできない。みんな感情を制御する薬剤をのんでますからね。この村と同じで、私たちの住む無機質な世界からみれば、あなたたちにとっては普通のこともとても美しい宝石なのです」

「…わかりましたよ」私の熱弁をきいて、和子ちゃんは渋々といった感じで頷いた。「私は許します。最期に握手してお別れしましょう」

「はい」私は握手に応じようと、手を伸ばした。


その瞬間、和子ちゃんの手のひらのなかが、銀色に輝いた。

あっと思うよりもはやく、その銀色の物体を握った和子の手が私の首に触れた。

首に、鋭い痛みと熱感がじんわり広がっていく。視線を下におろすと首から出血していた。

どうやら和子ちゃんは、手の中に小刀を隠し持っていたらしい。

「嘘をついて切りつけるなんて、やるね」

私の賞賛を、和子ちゃんは首を大きく振って否定した。

「嘘はついてないです。これは、私の父のぶんなのです」

「へぇ、どういうこと?」

「今まで私は幼稚な怒りを間違った相手にぶつけていました。でも実際は父も、あなたたち身勝手な未来人の被害者だったんですよね。私が許しても、私の父を踏みつけた罪は償わせます」

なるほど。やっぱり和子ちゃんの心はどこまでもまっすぐで、魅力的だ。

生気のない顔をした市民しかいない私の世界では、見ることはできない姿。

でも、私を傷つけた以上、見逃すことはできない。

「本当に残念です」

そんな声が口から洩れていた。


私の余裕そうな声をきき、和子の表情に恐怖が浮かぶ。

よく考えると、この時代の人間は体内に医療ナノロボットを入れてないから、首を切られたら死ぬのが普通なのか。

そんな時代の和子ちゃんからしたら、血を流していても「お別れ」を残念がっている私は化け物に見えるのだろう。これ以上怖がらせるのも、かわいそうだ。

私はポケットからプラズマ銃を取り出し、私から逃げようと走り出ししている和子ちゃんの背中に向けた。

「バイバイ」

引き金を引いた瞬間、和子ちゃんの体は蒸発した。

私の目から、自動的に涙がポロポロこぼれる。そのまま私は、大正時代から離脱した。


System down》時間遡行装置解除…帰還


眼を開けると、無機質な現代のビル群が視界を汚くうめていた。

和子ちゃんと比べて同じ人間とは思えないほどに無感情な会社員の集団。空中を飛び交う、風情の欠片もないドローンの群れ。

私はたまらず、今の坪八村にワープした。


そこには、さっき大正時代に見たのと何も変わらない、情緒あふれる自然の村があった。

平日なのにたくさんの観光客で賑わっている。

和子ちゃんの死も無駄ではなかったのだ。

むしろ和子ちゃんの犠牲に思いを馳せた時、この景色の尊さが倍増したようにすら感じられた。

その日私は一時間村に滞在した。その間、ずっと涙は止まらなかった。

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